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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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THE 合戦 ~ハイナが鎧に着替えたら~

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3ターン目:【シェーンハウゼン】 〜 ROUND3 〜

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「ふむ、なるほど。大体わかったでありんす」
 ハイナは出撃した後、特に何もすることなく仲間と共に騎兵隊を引き連れて、平原をうろうろしていた。
「鶴翼の陣は、多くの利点があり強力な半面、相手が小兵力でも複数の方向から攻めてくる場合には不利になる。部隊間の情報伝達が比較的取りにくいため、予定外の状況への柔軟な対応には適さない。……でありんすか。昔の人は偉いでありんすな」
 馬にまたがったまま読んでいた兵法書をぱたりと閉じて、ハイナは戦場に視線をやる。
 過去の兵法家の教えに従い、小兵力を鶴翼の陣のあちらこちらにけしかけてみた。一軍団ずつ相手にすれば、兵力が1000でも戦術次第でそこそこいい勝負ができるだろう。
 現在のところ、思った以上に効果が上がっているのではなかろうか。 
 ここから眺めているだけで戦況が刻一刻と姿を変えていくのがよくわかった。
「果たして、あの総司令官は準備万端整えた万全の陣形を崩すでありんしょうか? それならばそれで、わっちは別のルートを通らせてもらうでありんすが……」
 ハイナは、戦わなくても武将としてのレベルが上がっていた。チート級の主人公補正であった。
「そのクレーメックだが、先ほど敵の密偵を捕まえたので挨拶代わりに一つ単純な手を打っておいた。引っかからんとは思うが、怒るだろうな……」
 ほくそ笑んだのは、ダリルであった。
「参謀として我が軍のために策略を使ったのは理解しておるが……わっちは、そういう戦法は好きではないでありんす」
 借りていた兵法本を返してから、不機嫌そうに馬を進めようとするハイナ。それをルカルカがなだめる。
「待ちなさい。あなたは時が来るまで動かないの。私たちに任せておけば問題ないんだから」
 ずっとハイナの傍にいて、シャンバラ軍の総兵力を掌握し指揮しようとしていたルカルカは、先ほどから戦いたくてうずうずしているハイナを押し止めるのに苦労していた。
「ハイナはとても大切な存在なんだから、敵の前に晒すわけには行かないでしょ。お願いよ」
 ルカルカは、翔が敵に集団で襲われて戦死した話は聞いていた。ゲーム内での出来事なので外に戻れば普通に会えるがそれでも悲しいものがある。
「もう誰も死なせたくないのよ」
「むぅ……」
 ハイナは不承不承頷いて、遠く離れた敵陣を見た。
「死ぬでないでありんすよ……」
 相手はどう出るだろうか……。



 さて、先ほどから繰り広げられている戦いだが、ほぼ同じ時系列で発生していると考えていただきたい。
 展開の都合上、ターン制にして章分けしてあるが、いずれもさほど時間的なタイミングのずれはなかった。
 ハイナが仕掛けた同時多発的攻撃であり、【シェーンハウゼン】はそれぞれの戦場にゆっくり対応している暇はなかったのだ。


 というわけで。
【シェーンハウゼン】鶴翼の陣の右翼で激しい戦いが繰り広げられている頃、反対側の左翼陣営でも戦いが始まっていた。
 森に程近い左翼に陣を敷いていた、マルクス・クラウディウス・マルケルスは、紀元前268年生まれの共和制ローマの英霊であった。政治家でありながら軍人でもあり、第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争)中、ハンニバルに対して積極果敢に戦闘を仕掛け、「ローマの剣」と称された。しかし、南イタリアでのハンニバル軍と戦闘中に待ち伏せ攻撃を受け、戦死を遂げた。
 その無念を晴らすべく、今回の戦いには完全勝利と行きたいところであった。彼に身体を貸しているのは、シャンバラ教導団中尉のマーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)である。
 彼もまた、ヴァーチャシュミレーターの訓練最中に暴走事故に遭遇し、この世界にやってきたのだ。彼もまた、このバグゲームに疑問を抱いてはいなかった。この世界に現れたからには、ただ総司令官とともに、敵と戦うのみである。
 その彼が、シャンバラ軍が真っ直ぐにこちらにやってくるのを見て、配下の兵士たちに防御体勢を取らせた。
 そんな周到でソツのない左翼先頭の第三軍団に、さっそく突っ込んできた一団があった。
「皆の者、我に続け! 数を頼りの雑兵匹夫など恐るるに足らず!」
 古代ローマの重装歩兵に対抗するは、スパルタの重装歩兵。
 マスターから1000の軍勢を借り受けた四方津坂 彪女(よもつざか・あやめ)が、兵力差など何するものぞ、真っ先に攻撃を仕掛けてきたのだ。
 たちまちにして、辺りは剣戟に包み込まれる。
 彼は、指揮下の軍団に対しては、教本で学んだローマ軍の組織運用法に沿って、大隊長や百人隊長などの中下級指揮官に十分な裁量権を与え、戦場の状況に応じて臨機応変に戦う事を認めていた。彼らは忠実であると同時に有能であった。必ずやその成果を発揮し、期待に答えてくれるであろう。
 彪女は知っていた。この軍団の総司令官が大きなUの字型の陣形の中心部にいることを。にもかかわらず突撃に左翼軍団を狙ったのは、ハイナの頼みもあったからだが、可能な限り敵の注意をひきつけるのに適した攻め場だったからだ。
 右翼側ではすでに攻撃が始まっている。両側から兵力を削られたら敵はどう行動するだろうか。援軍を送ってくるか陣形を崩すか……。いずれにしろ、ずいぶんと時間は稼げるだろう。
 その間に、ある作戦が遂行される……。
(御武運を……!) 
 スパルタ兵……。僅か三百人で大軍を翻弄したと名高い、屈強なる男たち。
 彪女は、最精鋭の兵で密集陣形『ファランクス』を組み、第十一軍団の歩兵たちをぐいぐいと押しつぶしにかかる。
(仮想空間とはいえ、この風景、熱気、闘争心……血が滾る……)
「思う壺ですわ。あなたたちの力、存分に見せて差し上げなさい!」
 マルクス・クラウディウス・マルケルスは、数を頼りに彪女の軍を取り囲み、全面からの攻撃で粉砕してやろうと指示を飛ばす。
「……」
 そうはさせじ、と彪女はかわしにかかった。敵に捕まらないよう引き始める。
 相手が後退したのを見て、ルキウス・エミリウス・パウルスの重装歩兵がさらに前進し攻撃を加えようとしてきた。
 第十一軍団の兵力3000。彪女の軍の三倍。その差が出たのか、スパルタ兵たちは圧倒されるようにじりじり押されて下がっていった。
 それをさらに追ってくる第十一軍団兵たち。もう一度彪女の軍を取り囲もうと進撃速度を上げ回り込もうとしてくる。
「お待ちなさい! 深追いは禁物ですぞ!」
 マルクス・クラウディウス・マルケルスが注意を投げかけるより先に。
「突破せよ!」 
 追撃で薄くなった部分を狙って彪女がスパルタ兵を突入させた。
 ドドドドド……、と十分に溜め勢いをつけられた『ファランクス』の突撃が、第三軍団の先陣を切り裂いていく。兵力で圧倒していたはずのローマ歩兵たちは、被害を出し後退していった。
(ふむ……。「釣り野伏」に近い戦法か。なるほど、異国の兵法もなかなか面白い)
 彪女も深追いはさせず陣形を組みなおし、敵の別部隊の反撃に備える。
(小部隊にまで指揮権を与えていたのが失敗とは言いませぬが、戦の中早まる者もおるようで、止めるのはなかなか難しいですな)
 兵士たちだって一人一人性格が違う。押さえ込むにはやはり軍団長の強権を使わねばならないのだが。まあ、兵士たちを責めはしまい、とマルクス・クラウディウス・マルケルスは小さく苦笑する。
 そこへ……。
「圧倒的大軍を擁し、優位に事を進めようとしていたみたいですけど、早くも弱点を露呈したようですね」
 1000の『騎馬隊』を率いたジャンヌ・ダルクが、勢いをつけた最速突撃で戦いに加わってきた。
 彼女は、パラミタでの名前はアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)
 メタ的には、数少ない武将イラスト保持の参加者、『【2022・8】オルレアンの乙女【If】』であると紹介しておこう。
 つまり、彼女の部隊もまた生粋の『騎馬隊』なのであった。
「紫月殿より派遣された増援も来たか。これはありがたい」
 彪女はジャンヌ・ダルクの軍と連携を取るように敵陣へと自軍を押し進めた。
 ジャンヌ・ダルクは【震える魂】や【熱狂】で自軍の士気を高めて戦意を向上させ、兵士たちの状態をベストに保つことに成功していた。彼らは敵軍の長槍の陣に臆することなく戦い始める。
「この戦い……絶対に負けられないんだから!」
 ジャンヌ・ダルクは相手に反撃の機会を与えず、【咆哮】、【捕らわれざるもの】で、敵兵に容赦なく畏怖を与えて出鼻を挫き、リーチ自慢の長槍兵を獲物ごと叩き斬った。
 続けざまに【一騎当千】、【歴戦の武術】などを駆使し、第三軍団を蹂躙し始める。
「そこまでにしておけ!」
 左翼後方の第七軍団からヘンリッタ・ツェーンリック(へんりった・つぇーんりっく)が派遣されてくる。
 右翼のメンバーと同じく、暴れまわる強力な武将を押さえ込む役目だ。イコンプリンツ・オイゲンで武装し、誰が相手でも十分対抗できる。
「来ると思っていました」
 ガッチリと防備を固めながら牽制してくるサミュエルに、ジャンヌ・ダルクは油断なく向き直る。彼女も、敵がイコンを出撃させてきたときの対策は立ててあった。
「……」
 次の瞬間、二人は無言で激突する。
 ガガガガガ! とお互いの打撃音が響き渡る中、古代ローマ兵も、スパルタ兵も、『騎馬隊』も、それぞれ一歩も譲らずガッチリ四つになって戦い続けている。
 数は違うものの、双方互角。
 長い消耗戦の始まりだった。

▼第三軍団:3000→2900