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リアクション
「な、なにか空気が怪しくなってきたわね……」
そんなカフェの異常を感じ、ユダとエヅリコに付きっきりだった瑛菜は身震いした。
あまりここで喧嘩し続けるのはまずい。
「ね、ねえみんな。一度他の場所に……」
行かない?
そう言おうとした時であった。
「どんなペットを飼うか争う二人……まだまだ青いわね。ベリーベリーブルーだわ……!」
ふ、ふ、ふ、という含み笑いと共にレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)がユダとエヅリコに語りかけた。
「な、なんだよあんた……」
唐突に現れて大言を述べるレオーナをユダは怪しげな目で問いかけた。
「ペットの真髄は飼うことではない!そのことを教えてあげるわ!」
そう言うと彼女は長さ20mはあろうというロープを取り出した。
「はっ!」
その一端を放り投げると、まるで新体操のリボンのように華麗に操る。
周囲からは「おおっ」という歓声が上がる。
が。
「これがペットの真髄!“飼われる”ということよ!」
くわっと目を見開いてユダとエヅリコを見る。
華麗に宙を舞ったロープは彼女の肉体を縛り上げ、体の一部を強調し、まるで亀の甲を連想させる縛り方であった。
周囲からは「お、おぅ……」という戸惑いの声が上がる。
「とういうわけで瑛菜ちゃん」
「え?」
空いている手でレオーナは瑛菜に何かを手渡した。
それは二本の鎖である。
ちゃらり、と音をたてるそれを辿っていくと。
「わくわく……!」
一本はレオーナの首に巻かれた首輪に。
「……恥ずかしい」
もう一本はなぜかレオーナと同じ縛られ方をされているクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)の首輪に繋がっているのであった。
「ワンワン、ご主人様!私達の禁断のペット関係……二人にお見せしましょう!」
「……わんわん」
「え、ちょ、なにこれ!あたしはそんな趣味は……」
「ワンワン、いいえご主人様!愚かな私たちはあなたのペットです!」
そう言うとレオーナとクレアは2人して瑛菜の足元に擦り寄ってきた。
「装備している茨の鞭と、ダークネスウィップは、いつも私達を叩くために使われているでしょう…?さあいつものように私達を叩いて下さい!!」
「……申し訳ございません、瑛菜様」
レオーネは嬉々とした表情で、クレアは涙ぐんだ目で助けを乞うような表情で彼女を見上げている。
ユダとエヅリコ、そしてその周囲に集まった野次馬達は一斉に瑛菜から離れようとした。
「ちょ、ちょっとみんなして引かないでよ!ええいもう、いいかげんにしなさい!」
瑛菜は鎖を地面に叩き付けた。
レオーナはガン、とショックを受けたような表情をすると「よよよ……」と瑛菜にすがり付いた。
「ワンワン……ご主人様、あのめくるめく調教の日々は嘘だったんですね……あれだけ私達に激しく鞭を振るってくれたのに……」
「……しくしく」
「ちょ、誤解を生むようなこと言わないでよ!」
たまらずに瑛菜はこぶしを握ると。
「この……いいかげんにしなさい!」
「あ痛!」
「きゃん!」
レオーナとクレアの脳天に鉄拳を食らわせるのだった。
その時、クレアは思った。
(ああ、どうして私まで……はっ!瑛菜様に助けてもらいたい……つまり、飼われたいと思っている私……?もしやレオーナ様の仰る通り、飼われる喜びに目覚めてしまったと言うの……!?)
彼女は今日、目覚めてはいけない方へ目覚めてしまったのかもしれない。
「なんだ、もう喧嘩止めちまうのか?」
いろいろと周囲で激しい騒動があったせいか、ユダとエヅリコの喧嘩は少しずつ治まりつつあった。
しかし、それを良く思っていない野次馬もいた。
単なる無責任な暇つぶし連中である。
「つまんねーなぁ。さっきの姉ちゃん達も面白かったが、瑛菜さんにどこかへ連れてかれちゃったし。なんかけしかける?」
「そうだな。ケルベロスでも見せればあの坊主『ケルベロスが飼いたい』なんて言いだすんじゃないか?」
「は、そりゃぁいい。たしかケルベロスを飼ってる奴が……」
「あまり喧嘩を煽るようなことをするなら、出て行ってもらうぞ」
「あぁん?」
唐突に声をかけられた野次馬の一人は、ドスの効いた声で振り向いた。
そこにいたのは、凄然とした態度の源 鉄心(みなもと・てっしん)であった。
「周りを交えた議論自体は良いことだ。中にはペットを飼育している者からの貴重な体験談も混じっているからな。だが、キミ達はただ単に煽りたいだけだろう?」
「なに言ってやがる。俺たちは純粋にあいつらに最良のペットを選んで欲しいだけだぜ。ケルベロスなら番犬にぴったりじゃねぇか」
「ケ、ケルベロスはそもそもビーストマスターでなければペットにできませんわ!それにあ、あれは……100階以上のダンジョンの奥底に来た者を主人と認めて付き従う生き物。初心者がいきなり手を出すには……荷が重すぎですわよ」
と野次馬達の真横からすこしおどおどしながらもイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が言った。
「……うさ〜」
その反対側からはうさみみとうさしっぽをつけたティー・ティー(てぃー・てぃー)も現れる。
ユダとエヅリコの喧嘩を煽ろうとしていた野次馬は、鉄心・イコナ・ティーによって囲まれる形となった。
「……ちっ、つまんねぇな。行こうぜ」
「あ、ああ。そうだな……」
囲まれては分が悪いと思ったのか、野次馬達は去っていった。
「さて、これで喧嘩の元になりそうなのはいなくなったかね。まったく……喧嘩になりそうっていうから来てみたが、どうでもよすぎて言葉もないな。……というわけで、キミ達」
と鉄心は議論を続けるユダとエヅリコに視線を向けた。
いきなりの事態に2人はきょとん、とした表情をしている。
「生き物に『カッコいい』や『かわいい』といった人間の主観だけで優劣を決め付けるのはよくないな」
「そうです。『かっこいい』『かわいい』でどっちのペットが一番だなんて、不毛な言い合いはやめるのです……」
ティーは優しく2人に語り掛けた。
「生き物の優劣を論じて、結果が出たとして、それが何になるのですか?皆が同じ動物を飼えば良いとでも?」
「ん、むぅ……」
「それは……」
ユダもエヅリコも考え込む。
そんな彼らを見て、ティーは頭のウサミミを揺らす。
「だいたい、ペットならうさぎが一番に決まってるうさ〜。うさぎの繁殖力は、哺乳類トップクラスうさ〜」
「まぁ、好きになったものの良い所は目に付くものだし、同じ種類の同じ姿かたちをした生き物でも、個性は様々だ。話し合うことは悪いことではないし、納得のいくまで相談するといいだろう」
「ああっ、無視しないでくださいうさ!うさぎは、さびしいと死んでしまううさ……うさ〜!!」
「ちょ、突っ込んで欲しかったのティー!?」
イコナの声にティーは「うさ〜!」と悲しげに答える。
そんな彼女を慰めるようにワイルドペガサスのレガートはティーの頭を鼻先で撫でるのであった。
「……ありがとうさ〜。でもレガートさんはペットじゃなくて友だちうさ〜。それに私、本当はペットにするなら犬が……」
レガートは彼女の頭を撫でながら口をもごもごと動かしている。
まるでなにか食べているような……。
「って、うさみみを齧らないでください!レガートさ〜ん!」
議論はまだ続いている。
無駄に喧嘩を煽るような連中は追い出したものの、ユダとエヅリコにとってペットはどちらがいいかはまだまだ決まりそうになかった。
そんな様子を傍から見ていたロード・アステミック(ろーど・あすてみっく)は、にこやかな笑みを浮かべてユダとエヅリコへ諭すように言った。
「かっこいい、かわいいと人によって好みが違うでしょう。しかし、ご覧になっている雑誌だけではわからないこともあるのではないでしょうか?」
「ん、まぁ……たしかに」
「うん……」
「お二人が大切育ててくれるなら、その子も幸せでしょうなぁ。そのためにも、まずは本物を見てみる必要があるのではないでしょうか」
ユダもエヅリコは頷いた。
その時、どこかから「ローちゃーん?」と声が聞こえてきた。
ロードは「おや、失礼しますね」と一度人ごみの外に出る。
しばらくして再び戻ってきたと思うと、彼の後ろから数匹のペットを連れた龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)とクリア・スノーウイング(くりあ・すのーういんぐ)、そしてパラミタセントバーナードに乗ったキャロ・スウェット(きゃろ・すうぇっと)が付いてきたのだった。
「話はロードから聞かせてもらった。『かっこいいぺット』か、『可愛いペット』がいいかで揉めているらしいな」
「もー、それじゃぁ話が纏まらないじゃないっ!何でスパッと決められないの?」
ぷりぷりと怒るクリアに「まあまあ」とロードは宥める。
「ならば、実際に会って見れば分かるんじゃないか?丁度散歩途中だったんだ」
と廉は連れていたシルバーウルフをユダとエヅリコの前に差し出した。
それを目にしたユダは目を輝かせるが、エヅリコは「ぴぃ!」と瑛菜の背に隠れるように逃げ出した。
「ほ……吠えない?吠えない?」
「のー!皆友達なのー!みんな意味もなく吠えないのー!」
とパラミタセントバーナードの上からキャロは抗議するように言った。
「そーだよねぇ。エヅリコちゃんはなんでそんな犬嫌いなの?」
クリアはシルバーウルフを撫でながら、不思議そうに聞いた。
エヅリコはというと、
「だって吠えられると怖いじゃない!」
と子供のような理論で答えるのであった。
キャロは哀しげに「のー……」と呟く。
「友達は怖くないのー……きっと誤解してるのー……」
「そうですなぁ。ちょっとエヅリコ殿は犬に先入観をお持ちのようで」
ロードの言葉に「だってだって……」と繰り返すエヅリコに、廉は言った。
「可愛いペットにだってかっこいい所はあるし、かっこいいペットにだって可愛いところはある。それにどんなペットにも手が掛かる事があるだろう。しかし『外見』のイメージだけで全部を決め付けるのはよくないな。ペットを飼うのなら『内面』も気にするべきだ。なんなら家にいる動物を試しに預けてやってもいいぞ。どうせ家は動物で溢れかえってるんだから、一匹や二匹居なくなったって大丈夫……だよな?ロード」
「いやはや、それは……」
と困った顔でロードは答えるのであった。
「この子の名前はスタッカートっていうの。ベルの大切な友人から譲り受けたのよ」
とオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は足元で尻尾を振るシルバーウルフ、スタッカートの背中を撫でる。
エヅリコは相変わらず瑛菜の後ろに隠れていた。
「エヅリコちゃんだったかしら?良かったら触ってみて」
「い、いえ結構です!」
「大丈夫、全然恐くないしむしろ人懐っこいから。こうやって触る機会も大切よ?それにこの子ったら呑気で、普段からこんなふにゃ、とした顔なのよ。しかも好物がカニだから意外にグルメっこ!」
とオルベールはスタッカートの顔をむにむにと揉みこむ。
それをエヅリコは「あわわ」と不安そうな顔で見つめるのだった。
「どうかな〜エヅリコちゃん?私としてはスタッカートは『カッコいい』より『かわいい』寄りの顔してると思うんだけど」
と師王 アスカ(しおう・あすか)はエヅリコと目線を合わせるように体を屈ませた。
「か、かわいい……?」
「あー、たしかにシルバーウルフにしてはカッコいいって感じがしないなぁ」
ユダはスタッカートの頭を撫でつつも、抱いていたシルバーウルフのイメージとは違うその姿に考え込む。
そんな彼を見て「そこよ〜」とアスカは言った。
「二人とも、一番大切なことを忘れてるわぁ。それは『カッコいい』『かわいい』のジャンルに縛られて、お互いの飼いたいジャンルの動物と触れ合う機会を持ててないことよ〜」
「触れ合う?」
「機会?」
オルベールは「そうね」と付け加えた。
「ユダちゃんもエヅリコちゃんも、いままでにペットショップとかには行った?」
彼女の言葉に2人は首を横に振った。
いままでは雑誌や伝聞でペットの情報を得ていただけであった。
「お互いの意見を擦り合わせるものいい事だけど、その実物を見てみないと本当の魅力は分からないものだよ〜」
「アスカちゃんの言うとおりね。ベルはスタッカートの事を大切な相棒と思ってるの。こういうのって経緯はどうあれ、一つの命を預かっていると思うのよね。貴方達にもそういった覚悟や責任も考えて、素敵な相棒と思える子を探して欲しいとお姉さんは思うわ」
オルベールはもう一度スタッカートの背中を撫でると、
「もちろん、仲良くね!」
ぴっと人差し指を立てて二人にウインクする。
それはさっきまでスタッカートを自慢する、優しいだけの表情ではなかった。
「ちなみに私の乗り物兼ペットの『聖邪龍ケイオスブレードドラゴン』は『こわかっこいい』のジャンルだよぉ」
アスカがそう言うと、上空で雄たけびが聞こえた。
「あれはちょっと……無理があるんじゃない?」
オルベールは苦笑する。
えへへ、とアスカは笑うと、
「そうそう、あとこれいつも持ち歩いてるスケッチブックなんだけど〜」
荷物入れから一冊のノートを取り出した。
ペラペラとめくると、その内何枚かを切り取ってユダとエヅリコに手渡す。
「みんなの色んなペットの顔や姿をスケッチしたものなの〜。良かったらどうぞぉ」
それはスタッカートを始め、さまざまな動物の描かれた絵であった。
水彩色鉛筆で描かれた動物達はまるで生きているかのようにいきいきと描かれている。
2人は「わぁ」と感嘆の声をあげた。
「ペットを探す参考になればいいなぁ。あと同じ種類でも顔は微妙に違うから、二人に合うペットもちゃんと探してあげれば見つかる筈だよ〜。こうやって喧嘩しちゃう時間を作るより、一緒に歩こうと思える子を探す時間を作った方がいいわぁ」
こうしてアスカとオルベールは2人に助言をすると、野次馬達をかき分けて去っていった。