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立ち向かう覚悟
 
 奥には熱帯雨林に生えている植物で構成されたミニジャングルが広がっていた。
「ジャングルとは懐かしいでありますな。昔やったサバゲーを思い出すであります」
葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、そう独り言を呟くと罠に注意を払いながら、第五葡匐でジャングルの中を進んで行く。
吹雪の今の格好は、スキンヘッドに刺青を入れたカツラを被っている。これは、持ちネタのコリマ校長に扮している。他の参加者と会った時に、このコリマ校長のモノマネで戦おうと思っていたのだが、吹雪が来た順路は、レプリカ展示が置いてあるゾーンでこれでもか! と言わんばかりに罠が張り巡らされていたのだ。そのためなのかは判らないが、吹雪はそのゾーンの中で他の参加者を見かけた事は無かった。
「やれやれ、葡匐がなければ危ない目に合っていたかと思うとぞっとするであります」
 そう言うと、先ほど見つけた罠の一つクレイモア地雷について思い出していた。
 
△▼△▼△

「ああ、やはり兵器はいつ見てもほれぼれするでありますなぁ」 
吹雪は、つい、にやけそうになる顔を手で隠しながらレプリカの兵器の展示を長い時間眺めていた。後ろには、発動を解除されたトラップ達が轍のように置いてある。
この場に吹雪のパートナーが居れば、時間が無いと言って展示ケースから無理やり吹雪を引っぺがして奥へと進んでたであろう。
今この時が吹雪にとって幸せな時間だと言えるのだが……
「……あまり長く居すぎると、他の参加者に忘れられてしまう気がするでありますな」
 逆に誰にも当たらないと言うのも吹雪にとっては寂しい気持ちにさせてしまう。
 そんな気持ちを振り払い、部屋の奥へと進もうかと右を向く。
 一瞬、天井の明かりで透明な何かがきらりと光ったのを吹雪は見逃さなかった。第四葡匐で周りの罠を発動させないように慎重に進んで行く。
「ワイヤー……?」
 きらりと光った物の正体は、細いワイヤーだった。視線でワイヤーが何処に繋がっているのか調べて行くと、床の模様にペイントされた一つの小さなクレイモア地雷が床に設置されていたのだ。
 クレイモア地雷と言うのは、約七百個の小さな鉄球と爆薬が箱に中に詰っており、床に張ってあるワイヤーに触れると、箱が爆発を起こし爆発地から扇状に鉄球がばらまかれ対象となる敵の兵の足または、脛に高速でぶつけ戦力外にさせると言う怖い兵器なのである。
「……とりあえず、信管を抜いて無効化させるでありますな」
 吹雪はうつぶせの状態のまま、腰に付けているポーチからピンセットを取り出すと慎重に信管を引き抜いた。
 信管を地雷から少し離れた場所に置くと、クレイモア地雷そのものを除去しようとピンセットから小さなハサミへと交換する。そして、蓋を指で閉めながらワイヤーを切ろうとした直後だった。
 ゴトゴト。カタカタ。とクレイモア地雷自体が微かに動いたのだ。その振動は、吹雪の指にまで伝わってくる。
 ごくり。と生唾を飲み込みながら、吹雪は蓋と信管を繋いでいたワイヤーを切るとそっと蓋の隙間から中を見る。
 中は暗かったが、何かの触角や脚のようなものが見えた。
 (……もしや、これは黒い悪魔Gなのでは)
 地雷の中身が黒い悪魔詰めだとしたら、人生で一番厄介な精神攻撃と言えるだろう。
 吹雪は、蓋を指で押さえながら蓋を結んで固定させようと切ったワイヤーを探す。が、地面に落ちたワイヤーは床と同化して居て見つけるのが困難だった。
 そうこうしている間に、指が疲れてきてしまい一瞬の隙が生じて蓋から指を離してしまった!
 自由になった吹雪は、慌てて起き上がると安全な後ろへと走る。
 蓋が床に落ちるのと、その中身が落ちて来るのはほぼ同時だった。
 吹雪は安全な場所につくと、走って来た方へと振り向く。最初に目に入ったのは、黒い悪魔の形ではなく、鼠色をしたただの小さなダンゴ虫だった。
 黒い悪魔では無かった安堵か、吹雪は深いため息をつくとダンゴ虫の方へと近づこうとしたのだが、その気力は一瞬で吹き飛んでしまう。
 なぜかというと、蓋が開けられた地雷の下に小さなダンゴ虫の山が出来ていたからだ。
「……鉄球の代わりにダンゴ虫とは。笑えないけど粋な精神攻撃でありますな」
 吹雪は疲れた表情でそう呟くと、ダンゴ虫入りクレイモア地雷を避けながら奥へと進んで行ったのであった。

△▼△▼△

そんな事を思い出しながら、ジャングルを進んで行くと一部開けた場所に当たった。
 吹雪は葡匐をやめると、立ち上がり周りに罠が無いか辺りを見渡した。
(おや、そこに居るのは誰だね?)
 突然男性の声が吹雪の脳内へと響いてきた。はっとした表情で吹雪は声を掛けて来た主を見る。
そこには参加者達が奥へと進めないよう立ち塞がるコリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)が居た。
まるでゲームの中ボスのようだと吹雪は思った。
(ふむ? 気配はしたと思ったのだが、返事が無かったな)
(居るであります。コリマ校長殿)
 独り言のように呟いたコリマの言葉に、吹雪は同じようにテレパシーで返事を返した。
(ああ、居たのか。すまないが君の名前を教えてほしい。なにせあまり説明を受けていなくてね、誰が参加者なのかさっぱりなんだ)
(はっ! 自分は葛城 吹雪であります)
自分の名前を言いながら、吹雪はついコリマに対して敬礼をしてしまった。もちろん吹雪はコリマの眼が見えていない事は判っている。
(葛城君か。なるほど。と言う事は君が私の対戦相手になるということか)
(コリマ校長殿が自分の対戦相手でありますか……)
(私が対戦相手と言うのは駄目かな)
(いえ、コリマ校長殿が対戦相手というのはチャンスであり、燃えるのであります!)
(そうか。ならば、私も君に敬意を払い全力でいかせてもらう)
二人がネタを見せようと動こうとした瞬間、
「ちょっと待ったー! 俺様達も居るのを忘れないでくれ」
後ろから変熊とにゃんくまが乱入してくる。
乱入者の出現によって、吹雪はコリマに向けてストップと声を掛け、乱入者が出たと伝える。
(乱入者かい? すまないが君の名前も教えてくれないか)
そうコリマは変熊に向けて声を掛けるのだが、あいにく変熊はテレパシーの能力を身に付けて居なかったために、コリマと直接会話はできなかった。
「君の名前を教えてほしいのだが……」
仕方なく、吹雪が間に入り二人のやり取りのサポートを手伝う。
「俺様の名前だって? 俺様は変熊 仮面だ! おっと、コリマ校長の名前は知っているので今更自己紹介は不要さ!」
「ボクも忘れないでほしいなー。名前はにゃんくま 仮面! よろしく」
前髪を掻きあげながら、変熊はキザっぽく言うのだが、
(名前は変熊 仮面とにゃんくま 仮面であります)
名前以外の言動は全て吹雪の独断でカットされてしまった。
(変熊君か。さて、対戦相手が増えてしまったな)
(コリマ校長殿、心配は無用であります。自分がこのヘンタイと対決するであります。コリマ校長殿はボスらしく自分達の戦いを見て居てほしいであります)
(……君とタッグを組んだ覚えは無いのだが。……しかし他に案はなさそうだな)
コリマは軽くため息をつくと、吹雪と変熊達から一歩後ろへ下がった。
「今、誰かに変なあだ名をつけられた気がするな! っと、コリマ校長? 何故後ろに下がったんだ?」
 吹雪とコリマの会話を聞いていない変熊は、コリマが後ろに下がったのを見て疑問を投げかける。
(それは、私が案を出したからだ)
 吹雪は変熊達の方を向くと、テレパシーを飛ばしてコリマの代わりに答える。
「むっ!? テレパシーだと! 貴様が言った案とはなんだ」
 勝手に戦闘態勢を作る変熊を見ながら、吹雪はさらにコリマのモノマネをする。
(簡単な事だ。私とヘンタイ君が対決をし勝った方が本物のコリマ校長殿と対決をするのだよ。ちなみにレディーファーストで私が先行だ)
(……最後の案は聞いて居ないのだが)
 吹雪が言った後、すかさずコリマから突っ込みが入るが吹雪はその言葉をスルーする。
「校長と一騎打ちか。いいだろう! 受けて立つ!」
 変熊はぐっと拳を握って吹雪を睨みつけた。
(私のモノマネについて来れるかな)
 ニヤリと笑いたい衝動を抑えながら、吹雪はさらにコリマのモノマネをする。
「コリマ校長のモノマネって具体的にどんな事をするの?」
 相手のモノマネがいまいちピンとこない様子のにゃんくまが、吹雪に向けて内容を聞く。
(………淡々とコリマ校長殿のモノマネをするだけだ)
「それってさ、ただ単に会話の受け答えを対戦相手とするってだけでしょ。お姉さんは見た所パートナーが居ないみたいだし、ちょっと不利な気がするなぁ」
(……そ、そう言われると不利な気がして来たな。やはり、私もパートナーを連れて来るべきだったかな)
 にゃんくまの鋭い突っ込みに急に不安げに言いだした吹雪に「おいおい。大丈夫か?」と、変熊は一言呟く。
(……それとも、モノマネではなく一発ギャグの方がよかったであろうか。ヘンタイ君、君はどう思うかね?)
「いや、対戦相手に自分のネタ選ばせる人って居ないと思うぞ。って、俺様をヘンタイと呼ぶな……」
 変熊は、吹雪の問いかけに無い無い。と否定的なジェスチャーをしたが、ヘンタイと呼ばれがっくりと肩を落とす。
(では、モノマネではなく一発ギャグを……)
「途中で変更するのはやめろ!」
 何処からか取り出した、小型の地雷を設置しようとする吹雪に向けて変熊はさらなる突っ込みを入れたのだった。
結局、来る途中で拝借した地雷は爆発する事無く捨てられることとなった。