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リアクション
【有刺鉄線電流爆破スパ 其之壱】
予選ブロックのひとつ、有刺鉄線電流爆破スパ。
舞台となっているのはそのまま文字通り、ニルヴァーナ創世学園内の大型スパであるが、今回、仁瑠華壮聖五十連制覇の実施の為に一時的に改装が加えられている――と説明するのが本来の筋なのだが、最早その様変わりのしかたは半端ではなく、全く別の施設ではないかとさえ思える程の変貌である。
これはもう、ある種の異空間だといい張るしかなかろう。
幾つもの大型浴槽の縁にはすべからく有刺鉄線が張り巡らされ、タイル床のそこかしこには、その裏側に電流爆破地雷が仕掛けられている。
加えて、湯煙が立ち込めている為に視界が悪く、他の参加者とどこで、どのようなシチュエーションで出くわすのか、分かったものではない。
極めて劣悪な条件であるといって良かったが、それはどの参加者にも平等にふりかかる問題である。
有利不利は、一切無いと考えるべきであろう。
そんな中、規模としては比較的大きいスチームサウナ内で、早くも最初のバトルが繰り広げられようとしている。
「キタキタキターーーーー! 電気の神様降臨キターーーーーーー!」
いきなり電流爆破地雷を踏みつけ、全身をびりびりと震わせていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が、いつもの布面積が小さいビキニスタイルで甲高い声を天井付近にまでぐわんぐわんと響かせている。
その傍らでは、これまたいつものワンピース水着姿が悩ましいセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、矢張り同じようにびりびりと全身を小刻みに震わせながら、しかしその表情には変な自信のようなものがみなぎっている。
「み・な・ぎ・っ・て・っ・き・た・わ・よ・ぉ!」
平時なら、決してここまで吹っ切れたリアクションを見せない筈のセレアナだったが、電流で脳幹がイカれてしまったのか、普段の彼女からは決して想像も出来ないような飛びっぷりである。
ふたり揃って声にビブラートがかかっているのは、余程に強烈な電流を浴びてしまった証拠であろう。
このふたりの前に立ちはだかるのは、弁天屋 菊(べんてんや・きく)であった。
菊はサラシを巻いた胸の谷間にぐいっと手を突っ込むと、そこから【変熊のかんづめ】を取り出し、腹の底から響くような声音で咆哮を放つ。
「変熊っ! かもぉーん!」
この、かもぉーん、という呼び方がちょっとしたミソであり、若干、
「かめぇーん!」
と聞こえなくもない、微妙な吼え方である。
要するに、仮面とカモンを引っかけた、親父ギャグであった。
セレンフィリティとセレアナの電流リアクション芸と、菊の変熊コールは、ほぼ同時にお互いの鼓膜を激しく刺激していた。
この時、両者は顔面の筋肉を総動員して、口元が笑いの形に歪もうとするのを必死に堪えている。
セレンフィリティは親父ギャグに滅法弱く、菊の変熊かもんコールでKO寸前にまで追いやられていた。
一方の菊も、地雷で派手に爆発しながら尚もびりびりと全身を震わせつつ、派手に叫んでいるセレンフィリティとセレアナのリアクション芸に、半分涙目になってしまっていた。
最早、このまま両者相討ちで終わってしまうのか――。
バトルロ笑イヤル・有刺鉄線電流爆破スパ予選ブロックは、いきなり波乱めいた幕開けである。
実のところ、菊にしてもセレンフィリティ達にしても、最初の標的に定めていたのは、この有刺鉄線電流爆破スパに参戦している筈のサニー・ヅラーであった。
両者はサニーさんがこのスチームサウナ内のどこかに潜んでいるとの口コミ情報を聞きつけ、我先にと飛び込んできたのであるが、そのサニーさんと出会う前に、鉢合わせになってしまったのである。
いわば、サニーさんへの挑戦権を賭けた戦いであったが、よもやお互いがお互いの弱点を突き合う熾烈な展開になろうとは、どちらも予想していなかったに違いない。
セレアナはセレンフィリティの、今にも吹き出しそうになっている口元をはらはらしながら見守っている。
ほんの一瞬でも口元が笑みの形に歪んでしまえば、その瞬間に勝敗は決してしまうのだ。
何とかもう少しだけ持ち堪えて――セレアナが心の中で必死にパートナーを応援していた、まさにその時。
奴が、現れた。
「いらぁしゃぁい」
鼻にかかった独特のダミ声が、両者の横っ面をはたくようにして投げかけられる。
もう少しで頬が緩んでしまいそうになっていた菊とセレンフィリティは、皮肉にも、それぞれが打倒の相手として付け狙っていたその人物に、救われた格好となった。
両者の間に割り込んできたその人物こそ、窓辺のマーガレットことサニー・ヅラーそのひとであった。
特徴のある太い眉と綺麗に分け揃えられた七三分けの黒髪、そして場違いなまでにその黒さが際立つタキシードと、まさにいつも通りのサニーさんである。
そしていつも通りといえば、いきなりどこからともなくマンボのメロディーが大音量で流れ出し、サニーさんはひとり、意味不明な踊りを披露し始めた。
セレンフィリティとセレアナは、また始まったよコレ、と揃って呆れながらもその場に棒立ちになり、サニーさんの踊りが終わるのを待つことにした。
一方、菊は。
(こ、こいつが……サニーさんか……)
何を思ったのか、変に身構えてしまっていた。
マンボのメロディーとは全くもってマッチしていない妙なダンスに興じるサニーさんに、どこか自分と同じ香りを感じたらしく、侮れない、などと警戒している始末である。
サニーさんも大概妙な男だが、菊の感性も時々、おかしなところがあった。
やがて、マンボのメロディーが終了した。
バックコーラスが締めの『ゥゥウッ!』というお決まりの唸り声を放つと同時に、サニーさんが右掌で七三分けを払い上げる例のキメポーズをビシっと決めると、何ともいえない空気がスチームサウナ内に充満する。
セレンフィリティとセレアナはやれやれと肩を竦めているが、菊は何となく腹が立ってきて、仏頂面のままその場に佇んでいた。
そんな両者の反応などお構いなしに、サニーさんは勝手にその場で司会進行気取りの行動に走り出した。
「さぁお待ちかねっ。ご待望の自己紹介タイムでございますっ」
まるでお見合い番組にでも招かれたかのような錯覚を覚えつつ、それでもセレンフィリティは挑戦的な眼差しをサニーさんにぶつけた。
「ここであったが百年目っ……! 今度こそ負けないんだから!」
続いて、菊はサラシに巻いた棟を反り返らせ、ふふんと鼻を鳴らす。
「あたしゃパラ実の弁天屋というケチな女さ。宜しくな」
だが、その瞬間。
サニーさんはそれまでの明るい表情から一変し、むくれた顔つきでスチームサウナの外へと歩き去ってしまった。
「あぁっ、ちょっと待って……ま、窓辺のマーガレット、セレアナでございまぁす!」
苦し紛れにセレアナがサニーさんのモノマネをしてみたが、もうこうなってしまうと、サニーさんは例のアレをやらないと、一切機嫌が直らない。
ここでセレンフィリティか菊が、自己紹介で何かボケていればサニーさんを馬鹿笑いさせて敗退させることも出来たであろうが、ふたりともタイミングを逸してしまったらしく、今や主導権はサニーさんにある。
(しまった……親指君と小指君ネタを仕掛けるべきだったわ……!)
戦略ミス、という訳ではなかったが、菊との遭遇でそこまで頭が廻らなかった。
これはもう、不運というしかない。
しばらくして、サニーさんがスチームサウナ内に戻ってきたものの、壁際の小窓脇に佇んで、悲しげな背中を三人に見せてきた。
もうこうなると、矢張りお約束のアレをやるしかないのだが――セレンフィリティは、やるべきかどうか、迷った。
このシュールなやり取りをしてしまうと、セレアナが吹き出してしまう可能性があったからだ。
ここは戦術的に、アレをやらないというのもひとつの選択肢だったが、しかし天は彼女達を見放した。
菊が、先手を打って出た。
「師匠……すんませんでした、師匠」
その瞬間、サニーさんが物凄く嬉しそうな笑みを湛えて菊に振り向いた。
「もぅ、エエねやっ」
この時、サニーさんの敗退が決定した。
いかなり理由であれ、サニーさんは笑ってしまったのである。お約束とはいえ、自らの敗北と引き換えに笑みを見せてしまったのだ。
そして――。
「……ぶふっ」
セレアナもまた、小さく吹き出してしまった。
菊とサニーさんのやり取りが、見慣れているとはいえ、あまりにシュールに過ぎた。
この展開が予想出来たからこそ、セレンフィリティは敢えて「すんませんでした師匠」に踏み切りたい衝動を必死に抑えたのだが、最早万事休す。
セレンフィリティが、しまった、と顔を引きつらせたその時、突然スチームサウナの入り口ドアが派手な音を立てて左右に押し開かれた。
見ると、ゴム製バットを携えたフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)と金元 ななな(かねもと・ななな)のふたりが、猛チャージしてきていたのである。
「えっ……えぇぇ!? ケツバット要員て、あんた達だったのぉ!?」
狼狽するセレンフィリティを余所に、フリューネとなななは仕事に徹する職人のような真剣な面持ちで、セレンフィリティとセレアナの形の良いヒップラインに、渾身のケツバット殴打を叩き込んできた。
「きゃんっ!」
「あいたぁ!」
ばしーん、と渇いた音が盛大に鳴り響く。
更にフリューネはサニーさんの尻にも容赦無いケツバットの一撃をお見舞いした。
「オヨヨ」
「……オヨヨじゃないでしょ、サニーさん。ハイ……じゃなくてムッシュWも、ご機嫌斜めよ」
フリューネの呆れた声を、菊は漠然とした意識の中で聞いていた。
更に、菊やセレンフィリティが驚愕する人物が、そこに現れた。
「敗者はそこか!」
見ると、大型乳母車をがらがらと押してきた馬場 正子(ばんば・しょうこ)が、フリューネやななな以上の猛然たる勢いでスチームサウナ内に突っ込んできていたのである。
「うぉっ!? 正子、あんたが乳母車要員だったのか!?」
「その通り! 負ければ菊よ、うぬとて容赦はせぬぞっ!」
いいながら、正子はセレンフィリティ、セレアナ、そしてサニーさんの三人をちぎっては投げ、ちぎっては投げの要領で、次々と乳母車の中へ放り込んでゆく。
今や三人とも、正子にされるがままであった。
敗者を乳母車に収容し終えると、正子は乳母車を押してスチームサウナの外へと飛び出していった。その後にフリューネが、暑い暑いとぼやきながら続く。
最後になななが、
「んじゃ、頑張ってね〜」
などと呑気に手を振りながら、菊の前から去っていった。
一連の嵐ような出来事に、菊は半ば呆然と、その顛末を頭の中で再生させている。
(なんてこった……)
ふと、全身に身震いが走った。
(仁瑠華式美法亜不闘阿から早や二か月……既にここまで、混沌の世界が広まっていたっていうのか!)
愕然たる思いだった。
この勢いでは、パラ実は取り残されてしまうのではないかという恐怖感が、菊の胸中に渦巻いていた。
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