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第6章 骸骨王 2

 六黒は敵だ。美羽たちはそう言った。ジークは信じられなかったが、六黒は自らそれを肯定した。その通りだと。契約者など自分にとっては取るに足らん存在。邪魔なだけで、滅するのみだと。ジークはその言葉に呆然とした。
「下がってろ、ジーク!」
 ジークを背後に押しやって、ガウル・シアード(がうる・しあーど)が六黒に躍りかかった。ワイヤークローで、六黒の腕を捕まえる。ワイヤーにはアルティマ・トゥーレという冷気の呪文がかけられていた。わずかに氷結した腕と、ガウルを見比べて、六黒はにやっと笑った。
「久しいな、ガウル。いまはレン・オズワルドの犬か?」
「そんなつもりはないがな。強いて言えば相棒か。私もあいつも、お互いを必要としているだけだ」
「友情とかいうものか。ふん、くだらんな」
「くだらんかどうかは、自分の目で確かめてみせろ!」
 六黒は力任せにワイヤーを引きちぎった。が、次にレンが飛び出し、六黒の背後に回った。手に持った魔導刃ナイト・ブリンガーの刃が、六黒に振り落とされた。
「ぐ、おおぉっ!」
 凄まじい光の属性が乗った一撃が、六黒をふき飛ばした。だが、六黒は同時に拳をレンに叩き込む。ふき飛ばされた六黒は体勢を立て戻した。ガウルとレンの二人も、体勢を整えて六黒と正面から向き合った。
「魔鎧か。しぶといものだな」
 レンが言った。六黒の身体に装着された骨のような強化外骨格を見ていた。
「狂骨と呼ぶがいい。我が最強の鎧よ」
「六黒! どうしていつも俺たちの邪魔をする!」
「決まっているだろう。最強の力を求めているためだ。そのためには、骸骨王の力を奪うことも、貴様らを滅ぼすことも、同じこと!」
 ジークはびくっとなった。最強の力を追い求める六黒の姿に、自分の姿が重なった。
 美羽が六黒に叫んだ。
「そんなの、単なる自己満足の破壊魔じゃない! 仲間と一緒に、みんなを、大切なものを守るほうが、よっぽど強くなれるよ!」
「果たしてそうか? 真実は己の目で見ているものだけとは限らん! 貴様らがそのつもりなら、それをわしに証明してみせろ!」
 美羽は六黒に挑みかかった。六黒の剣と美羽の剣が何度もぶつかり合った。美羽の剣は光に包まれた剣だった。刃渡り二メートルはある巨大な大剣だ。しかしそのパワーにもかかわらず、六黒はたくみにそれを受け止めていた。
 そのときだった。どんっと壁に穴が空き、一人の男が飛び込んできた。ジークたちのもとまで力任せに吹き飛ばされたのだ。男はジークたちの後ろの壁に激突し、ようやく止まった。ずるずるとくずおれる。コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が急いで駆け寄った。男は息も絶え絶えだった。
「あなたは、竜造さんっ!?」
 男の正体に、コハクはにわかに驚いた。
「お前、コハクか? くそっ、なさけねえ姿見られちまったぜ」
「そんなことより、なんでこんなところに!」
「そんなの決まってんだろ。あいつを倒しにきたのさ」
 竜造の吹き飛んできた穴から、のそっと別の影が現れた。それは、骸骨兵の骨を二倍にして、無数の装飾品と装備を身につけたような姿のスケルトンだった。六本の腕に六本の剣。みながひと目で分かった。こいつが、骸骨王だ。
「ふん、一人で挑んできた威勢の良さのわりには、あっけなかったな。それで、今度は全員が相手かな? 我はいっこうに構わないが」
「コハク、ここはいったん、休戦みたいだぜ。奴を倒さねえとどうにもならねえ」
「うん、分かったよ」
 コハクはうなずいた。
「レンよ。ここでわしは退散させてもらおう」
「なんだと! 六黒、どこに行く気だ!」
 六黒は美羽から距離を離し、出入り口に向かった。一瞬だけ、六黒はジークを見た。ジークもまた六黒を見て、視線がぶつかり合った。決めるのは自分だ。六黒がそんなことを言った気がした。そして、六黒の姿は出入り口の奥に消えた。
「待って! ちょっと、待ってよ!」
 ジークは六黒を追おうとした。だが、肩を誰かに掴まれた。
「追っても無駄ですよ、ジークくん。それに深追いも禁物です。いまは、あいつをどうにかしないといけませんから」
 リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)だった。美しい翡翠の瞳が骸骨王を見る。ジークは無理やりリュースの手を引っぺがすことも考えたが、諦めた。リュースの目は力強く、ジークの心に入り込む。
「それで、良いんです。今は何が大切で、何が大切でないか、それぐらいはわかるでしょう?」
「ああ。分かるよ」
 ジークはうなずいた。骸骨王は契約者たちに向けて、六本の手を広げて言い放った。
「さあ来い、人間ども! 我が相手になろう!」

 作戦はジークの魔法に決定打を委ねるものとなった。ジークが魔力を溜めに溜めて、敵にぶつけるのだ。そのためには、ジークが魔力を極限まで高めるための時間が必要だった。
「私たちがジークさんの時間を稼ぎます。だから、絶対に成功させましょう」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が言った。ジークはうなずいた。目をつむって神経を集中させ、呪文の詠唱に入った。自分の覚えている中で最も効果の高い光の魔法『バニッシュ』の魔力を極限まで高める作業だった。
 ベアトリーチェは美羽やコハクと一緒に、骸骨王へと挑んだ。銃を持つ。イレイザーキャノンと呼ばれるビーム砲を放つ銃だ。骸骨王に次々とそのビーム砲を撃ち込んだ。武器の聖化を施したビームは、骸骨王にとっても脅威だった。敵は複数の剣を使い分けて、それをたくみに弾き返す。が、同時にそれは動きを止める役割になっていた。
「今です! 煉さん、恭也さん!」
「ああ、あとは任せろ!」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が飛び出した。やさぐれたような顔をした青年と、精悍な顔立ちに真っ直ぐな光を瞳に宿した青年。二人とも剣を持っている。恭也はしかも二刀流だった。
 だんっ、と恭也の二本の剣と骸骨王の剣がぶつかり合った。クロスして絡み合う刀身。ぐぐっと力と力がせめぎ合う。恭也はにやりと笑った。
「よう王様。脆そうな姿だがカルシウムとってるか?」
「ほざけ小僧。スケルトンの王に勝負を挑んだこと、後悔させてみせる!」
 骸骨王のパワーに、恭也は吹き飛ばされる。だがそこで、煉が躍りかかった。がいんっと剣と剣がぶつかり合った。
「ちっ、六本の剣とは厄介な!」
「これが我が骸骨王の力よ! 貴様ら人間など、足元にも及ばんわ!」
 骸骨王が吠える。恭也が煉の横から剣を振るった。骸骨王のもう一方の手に持った剣がそれを受け止めた。
「どうかな? お前が六本でも、俺たちだって人数は足りてるんだぜ!」
 恭也はだんっと骸骨王をパワーで吹き飛ばした。骸骨王がおどろく。まさか、ここまで人間に力で圧されるとは! 煉と恭也の剣が次々と骸骨王を襲い、スピードでも圧倒した。
 と、そこで、リーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)が何かに気づいた。
「しまった! ジーク! そっちに新手がいったわよ!」
 新手? ジークはかすかに目を開く。骸骨王の影から飛び出し、ジークに複数の影が迫ろうとしていた。それは三人だ。幼い少女と、少年。それに槍を持った男だった。
「危ない!」
 そのとき、ジークを守ったのは富永 佐那(とみなが・さな)だった。薄茶の髪をひるがえし、佐那は二つの剣で敵を打ち払った。
 敵は辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)たちだった。骸骨王に加担する幼き暗殺者だ。仲間のアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)を引き連れ、ジークに狙いをすましてきたのだった。
「悪く思うなよ。コレも仕事でのぉ」
「そりゃ、色々事情があるでしょうから、悪くは思いませんけど。もうちょっとタイミングってもんがありませんか?」
「グッドタイミングじゃったじゃろ?」
 刹那が跳んだ。頭上から短刀で攻撃を仕掛けてくる。アルミナがそれを援護するように、ファイアストームの魔法を放った。
「やっばぁ! エレナ! ジークさんを頼むよ!」
「分かりました」
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)がジークを連れて飛び退いた。とっさに避けたからいいものの、ジークの身体に炎の嵐による火傷がつく。エレナはそれを命のうねりで回復させた。
「ごめん。わざわざ手をわずらわせて」
 ジークが言った。エレナはにこっと笑った。
「別に良いんですよ。私たちは仲間ですから。違いますか?」
 思わずジークは黙りこんだ。仲間? 本当にそうだろうか。そんな風に自問自答した。
「せっちゃん! ボクも戦うよ!」
「おぬしは引っ込んでおるのじゃ、アルミナ!」
 刹那がアルミナを前には出さないようにする。後方からの魔法支援を期待しているのだ。
「わたしは……戦闘は苦手なんですけどね」
 そんなことを言いながらも、ファンドラは槍をたくみに操って前線に出る。佐那がそれから必死でジークを守っていた。
 自分に比べたら、よっぽど敵の刹那たちのほうが仲間と一緒に戦ってる。ジークは自己嫌悪に陥りそうだった。自分の姿がまるで、六黒や骸骨王に見えたからだ。本当になりたかったのは、そんな魔法使いでもなければ、冒険者でもないはずなのに。
 ジークは魔法の集中を再開した。佐那のためにも、みなのためにも、ここで戦うしかなかった。自分の最大限で。
 その頃、恭也と煉が骸骨王の六本の腕のうち、半分以上を切り落としていた。骸骨王は追いつめられる。
「これで最後だな、カルシウム野郎」
「そんなこと断じて認めん! 我は骸骨王! 我がスケルトンモンスターの誇りにかけて、貴様らに負けるわけにはいかんのだあああぁぁ!」
 どんっと骸骨王の力がこれまで以上にあふれた。邪悪な闇のエネルギーが骸骨王に集まる。散らばっていた部下たちの骨が骸骨王へと集まって、骸骨王の身体が巨大なものとなった。
「やばい、ジークっ」
 煉がすがるようにジークを見た。
「出来た!」
 そのとき、ジークの魔法がついに完成を見せた。光の魔力が溢れている。骸骨王はそれを見ておどろきを隠せない。まさか、こんな小僧が。
「どいてくれ、みんな!」
 次の瞬間、浄化の光が骸骨王にぶつけられた。骸骨王が悲鳴をあげる。絶叫か、雄叫びか。判断がつかないぐらいの悲鳴が光の中から聞こえ、やがて聞こえなくなった。光は塵一つ残さぬほどに骸骨王を浄化させたのだ。
 光が消え去ったとき、後には骸骨王の姿はなく、身につけていた剣だけがカランと床に転がった。
「終わった……」
 ジークも煉も、みなも息をついて膝をついた。
「ふふ、ツメが甘かったわね、煉。あとちょっとで、骸骨王に最後のあがきなんてさせずに倒せたかもしれないのに」
 リーゼロッテがクスッと笑った。
「うっさい。これでも、一生懸命やったんだよ」
 煉はむすっとしながら答えた。ジークは呆然としていた。終わった。それがようやく実感として心にきたのは、少し時間が経ってだった。振り返ると、みながいた。ジークの肩をぽんと恭也が叩いた。魔力を使い果たして動けなくなってるジークの腕を、恭也と煉が担いだ。
「ちょ、ちょっと……」
「いいから。大人しくしとけよ。今日の功労者だろ?」
「帰ったら祝杯でもあげよう。恭也、セッティングはよろしくな」
「俺かよっ!?」
 みなで笑い合った。ジークはふと周りを見回した。幼い暗殺者の姿はもうなかった。依頼主である骸骨王がやられたときに、姿をくらましたのか。竜造の姿もない。六黒といい、彼女たちといい、身勝手なものだ。ジークはまた会えるだろうかと考えた。
 その時は答えを教えたいと思った。自分の思う、強さを。