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今日はガチで雪合戦!

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<part4 荒ぶる雪>


 荒れ狂う雪の中、合戦は激しさを増していた。
「うーっ、もう指が木の枝みたいにカチコチになってきちゃったよう……」
「ファイトですよ! 弾薬係も必要なんですから」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は上園 エリスを励ましながら一緒に雪玉をこしらえた。
 そうは言ってもベアトリーチェ自身も長い戦いで消耗しきり、体の芯まで冷えている。早々に決着をつけなければ、寒さで昏睡状態に陥ってしまう恐れすらあった。
「この辺の弾もらうよ〜っ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がエリスとベアトリーチェの作った雪玉を腕いっぱいに抱え上げた。そして怪力の籠手で雪兵たちに剛速球を投げまくる。
「せいっ! せいっ! うりゃー!」
 雪玉を喰らって続々と地に伏していく雪兵たち。しかし彼らも負けてはいない。雪に囲まれているという最強の利点を活かし、湯水のように溢れ出て雪玉を乱射してくる。
「舞香、ワタシのそばから離れちゃ駄目アルよ!」
 奏 美凜(そう・めいりん)は氷の大盾で桜月 舞香(さくらづき・まいか)を守った。雪玉が大盾に弾かれて空に浮き、雪原に突き刺さる。ちなみに、ミィナに特製生姜湯の調理法を教えたのも美凜である。
 どこから沸いて出たのか、今度は雪隊長が何十体もの集団となって押し寄せてきた。身長三メートルの雪だるまが軍を成しているのは、まさに壮観。
 美凜がつぶやく。
「お、多いアルね」
「どんなに多かったって、退くわけにはいかないわ! 相手は女の子の服を狙う変態たちよ! チア服取られてたまるもんですか!」
 舞香の語気は荒い。
 そこへ、戦場の外から藤林 エリス(ふじばやし・えりす)が駆けつけた。
「舞香、援軍に来たわよ!」
「エリス!」
 顔を輝かせる舞香。
「そんな変質者の亡霊に負けてんじゃないわよ! 百合園の根性見せなさい!」
 エリスは檄を飛ばし、寒冷地仕様の魔法少女戦闘服に変身した。
「は〜、なかなか過ごしやすいお天気ですねー」
 マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)は雪深い地域に埋蔵されていた過去があるので、寒さにも平然としたものだ。
 エリスとマルクス著 『共産党宣言』は空飛ぶ魔法で直近の雪兵たちを空に浮かばせた。じたばたする雪兵たちを操り、雪隊長の集団に高速で投下する。ある意味、同士討ち。
 二人が雪兵を弾として投げ込み続けるにつれ、雪隊長の成れの果てが雪原に雪山を成していく。
 けれども、雪兵と雪隊長は増え続ける。
 ――このままでは、らちが明かない。
 そう、エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)は思った。既に二体ずつの雪巨人と雪竜は亡いが、雪兵たち同様、いつ新たに生成されてしまうか分からない。この好機を捕らえずしてどうするか。
 エリザベータは小型飛空艇を騎馬のごとく駆り、百合園旗を翻して戦場に声を響き渡らせた。
「皆の者、私に続け! 将を狩るぞ!」
 それに大勢の契約者たちが呼応した。彼ら彼女らも長引く戦線に痺れを切らしていたのだ。
 先頭を切って雪将軍へと突き進むエリザベータに、美羽、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)桜月 綾乃(さくらづき・あやの)などの契約者たちが続く。美凜を魔鎧として装備した舞香もだ。
 その前に雪兵と雪隊長の軍勢が立ちはだかった。
「行かせんでござる!」「我らの目が黒いうちは、将軍に指一本触れさせぬ!」「我らの目は黒いのか!?」「白……ではないか!?」「もとい!」「我らの目が白いうちは、将軍に指一本触れさせぬ!」
 軍勢は激しい剣幕で契約者たちに詰め寄せてくる。
「なにがなんでも通らせてもらいますよ!」
 綾乃がホワイトアウトを詠唱した。
「あんたたちの目、奪ってあげるわ!」
 エリスがブリザードを詠唱した。
 大地を揺るがし空間をねじ曲げるかのような猛吹雪が、軍勢を襲う。肌をかする雪片のもたらす痛みに、エリスは思わず声を漏らした。
 だが、これだけでは諸刃の剣。百合園軍も進行方向を定めることができない。
「うわー、凄い雪ですねー」
 マルクス著 『共産党宣言』が空飛ぶ魔法↑↑で上空に浮かび、戦場の様子を観察していた。無線機で地上の契約者たちに連絡する。
「そこを南東の方角に真っ直ぐですよ!」
 契約者たちは指示に従い、一寸先も見通せぬ白の闇の中を懸命に進軍した。
 遭遇する雪兵を氷の武器で薙ぎ払い、叩き飛ばす。視界を奪われた五里霧中のうえ、死神を思わせる絶対の凍気が皮膚を苛み、骨の芯を喰らう。
 体力の消耗はなはだしく、美羽の足取りも重くなる。
「なんだか……眠くなってきたよ……」
「眠っちゃ駄目ー! 起きて! 起きて!」
 美羽の体を揺さぶるコハク。
 エリスが力なくつぶやく。
「もう……ゴールしてもいいわよね……?」
「まだよ! あたしたちのゴールはもっと先なのよ!」
 舞香はエリスのほっぺたを軽く叩いて眠気を消し飛ばそうとする。
 皆のエネルギーが今まさに尽きかけんとしたとき。
 契約者たちの後方から、妙なる歌声が聞こえてきた。ロシアから伝わる、勇壮な軍歌。それは意気を奮い立たせ、気力を呼び戻し、契約者たちの体を熱くさせる。
 魔女っ子アイドル、アスカ・ランチェスター(あすか・らんちぇすたー)が歌っているのだった。
 白銀の雪原に映える金色のマイクを握り締め、力の限り、大きく腕を振って歌を届ける。
「みんなぁー、頑張って! 私も精一杯応援するからっ!」
 まるでアイドルのコンサート会場に迷い込んだような台詞。
 しかし、契約者たちは百人力を得て吹雪の中を突き進んだ。

 そして、ついにたどり着く。
 天空を貫かんばかりにして仁王立ちする、雪将軍の正面へと。
 雪将軍は契約者たちに至近まで迫られてなお、地面に刺した大太刀に泰然自若と体の重みを預けていた。
 藤林 エリス――アスカいわく天学・F・エリスが雪将軍に宣告する。
「年貢の納め時ね。降参するなら今のうちよ」
「カッカッカッ」
 雪将軍はさも面白い諧謔を耳にしたかとでも言いたげに、豪快な笑いを放った。目をぎょろりと回し、大太刀を地面から引き抜く。
「士道とは死ぬことと心得たり。降参などという言葉は、生まれながらに負け犬と定められた塵芥のみが使うものじゃ」
「そう、だったら仕方ないわね……。どちらかが朽ち果てるまで、雪玉を交えましょ!」
 交渉決裂。穏やかな外交の余地なくば、残されるは外交の延長である戦争しかない。
「インフェルミーナの姫騎士エリザベータ・ブリュメール……参る!」
 エリザベータが小型飛空艇で雪将軍の足元に突貫した。
「その意気や良し! しかし、研鑽も経験も覚悟も足りぬッ!」
 雪将軍の大太刀が宙に大きな弧を描く。エリザベータは大太刀を避け、氷で作った長槍の突きを雪将軍に繰り出した。だが、軽い。雪将軍の鎧には穴一つ開かない。
「はああああっ!」
 エリザベータは隙を狙って雪将軍の足に最大の突きをぶつけた。
「……むむ!?」
 雪将軍の体のバランスがわずかに崩れる。
 コハクが雪で作った大槍を手に雪将軍へと疾駆。彼の背中には三対の神々しい翼が生えていた。人のものとは到底言えぬ勢いの速力が、運動エネルギーが、大槍を雪将軍の大太刀に叩きつける。
 激しい衝撃。コハクの手がびりびりと痺れた。雪将軍の手っ甲から大太刀が弾き飛ばされ、残像と共に回転して雪面に落ちる。
「今だよ、美羽!」
 コハクが叫んだ。
 美羽が走り、怪力の籠手で大太刀を拾い上げる。大太刀のあまりの重量に揺らめく美羽の体。
「てえええええええいっ!」
 美羽はその大太刀を、雪将軍の兜に打ち込んだ。鳴る打撃音。将軍の巨大な兜に亀裂が鮮烈に走る。しかし依然、砕けるまでには至らない。後少しというところで、一押しが足らない。
「まいちゃん!」
「ええ!」
 綾乃が空飛ぶ魔法↑↑で舞香を上空に放り投げた。
 舞香は白陶の大空に高々と舞い、足を空に突き上げ、長髪を大地へ振り乱して体を回転させる。
 急降下。甲高い風切り音が空気を切り裂いた。舞香のピンヒールが、氷術をまとい最早氷の暴力と化したそれが、真っ直ぐに雪将軍の兜に激突する。
 激しい破裂音と共に、兜が……砕け散る!
 呆然と目を剥く雪将軍、静まりかえった軍勢、軽やかに地面に降りる舞香。
 勝利の雄叫びが、契約者たちを揺るがした。