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【すちゃらか代王漫遊記】任侠少女とアガルタの秘密

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【すちゃらか代王漫遊記】任侠少女とアガルタの秘密

リアクション


プロローグ

 ハーリー・マハーリーは、閉じていく扉から視線をはずし、机に両肘をついて目を閉じた。
 まぶたの裏に彼の姿を思い浮かべれば、先ほどまで目の前にいた少女の目じりが彼とそっくりだったな、と思ってハーリーは笑みを浮かべた。何かに怒っているような、悲しんでいるような、喜んでいるような……奇妙な笑顔。
「ハーリー様。よろしかったので?」
 秘書が静かに尋ねてくるのに、やはり目を瞑ったまま「かまわねーよ」と彼は返す。
 そして今度は脳裏に銃声が響き、銃を撃った衝撃と人の体に咲く赤い華がつい先ほど見た光景のように映し出され、笑みが消えた。
「しかし。彼女は」
「放っておけ」
 冷たく言い放ち、ハーリーが目を開けて立ち上がる。
 ハーリーはよく覚えている。今回のように密かに行われた会合。そこに倒れる少女の両親と――銃を手にした自分。
「……今日の予定は?」
「はい。11時より会議。昼休憩を挟みまして13時より〜」
 今日もまた、ハーリーの忙しい一日が始まる。


***   ***


 というやり取りがあった日から何度か太陽が沈んだ。
「どうも周囲が騒がしいと思えば、そのようなことになっていたとはな」
 ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)が買い物から帰り、そのときに耳にした噂を主であるドクター・ハデス(どくたー・はです)に報告すると、ハデスはメガネをキランっと光らせた。
 ハデスはペンを手にとり、何かを書き始める。冒頭の文字は、『巡屋一家へ』。
 噂とは、アガルタの総責任者であるハーリーがC地区の裏の支配者探しをしているというものと、その候補に巡屋一家なるものたちが挙がっているというものだった。
 秘密喫茶をC地区に建て、そこで過ごしているハデスたちにとって、見過ごせるものではない。他にも様々な組織が動き出していると聞いている。

「我等オリュンポスのシマである、この街に手出ししようという輩がいるとは……ククク、面白い!
 その巡屋一家とやらとオリュンポス。
 どちらがこの暗黒街の元締めに相応しいか、勝負して白黒付けようではないか!」

 いつからオリュンポスのシマになったのかは不明だが、ハデスは手紙の表に『果たし状』と記して満足げにうなづいた。

「喫茶の方はどうされるんですか」
「む。営業を止めるわけにはいかんな」
 ヘスティアの疑問に、ハデスはむっと唸る。それならコレだ、と勝負内容を決めた。手紙をヘスティアへ渡す。
「ではこれを巡屋一家とやらにもって行け」
「かしこまりました、ごしゅじ……博士……じゃなかった。ハデス店長」
 どじっ娘メイドは受け取った手紙をしまい、再び店の外へと出た。

 ヘスティアは店――看板どころか窓もない、ただの壁にしか見えない偽装された建物――を一瞬だけ振り返り、巡屋が最近たむろしているという店へ向かうために前を向いた。
「前から思っておったのじゃが、そなた……馬鹿じゃろ」
「だって気にならない?」
 とある喫茶店に向かおうとしていた2人組――ミア・マハ(みあ・まは)レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)がそんな会話をしていたのは、ヘスティアが後ろを向いていた時だった。
 そして前を向いてすぐに目に入った人影にヘスティアは当然避けようとした。避けようとしたが、足元には都合よく(?)空き缶が転がっており、どじっ娘の称号を持つヘスティアにそれを避けられるわけもなく、盛大に転んでレキたちへと突っ込んだ。
「いたたたた」
「はわわっすみません」
 慌てて謝るヘスティアだが、必死すぎて懐から手紙が滑り落ちたことには気づかなかった。レキが気づいて拾い上げる。
「いいよ。気にしないで……って何か落とし……っ!」
 果たし状と書かれたその紙に書かれた文面。特にジャンボパフェを食べ切れたらどうのこうの〜、というところをみたレキ。ミアが「やっぱり馬鹿じゃな」と呆れた目で見ている。
(こ、これは秘密喫茶からの挑戦状!?)
「そなた宛ではないがの」
「支配者がどうとかよく分からないけど、ジャンボパフェを一番先に制覇するのはこのボクだよ。
 他の人に奪われてなるもんか!」
「え? あの」
「……すまんの。あとで店にいくと店長に伝えてもらえるか」
 真っ赤に燃えているレキに戸惑うヘスティア。ミアが呆れつつ、フォローを入れる。

 そう。果たし状の内容とは、秘密喫茶のジャンボパフェを食べきれれば巡屋一家に協力する、というものだった!

 こうしてここに、争いの火蓋は切られた。
 秘密喫茶のジャンボパフェ。果たして今回、これを制する者が現れるのか!?
 次回、『パフェってなんでしたっけ?』 お楽しみに!
※続きません。

「ジャンボパフェ食べ切れたらって、面白い勝負のつけ方ね」
「ふむ。あまり聞いた事はないな」
 龍さんと天さんの言葉に、巡屋 美咲(めぐりや みさき)メガネのずれを直しながら「私もです」とうなづいた。彼女の隣には、こわもての男たちも「あっしらもです」と同意していた。
 ここはC地区の中でも大通り(A地区側)に近く、人が大勢集まる場所にある一軒の飯処。和風なたたずまいの店の名は武流渦。店主の天さんは、夜桜が風に舞う風情が描かれた黒地の着物をさらりと着こなし、髪も思わず「姉御」と呼びたくなるように結い上げた女性……ではなく。女装した黒崎 天音(くろさき・あまね)であり、板前の龍さんはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。
 わざわざC地区に店を出したのは、ただたんにこの場所の雰囲気を「面白そう」と思ったからだ。そして美咲たち巡屋一家がここにいるのは、天音がこの場所を拠点として貸し出しているから。資金のない巡屋一家の拠点では、少々狭すぎる。かといって、広い場所を借りる資金もないので、美咲は天音に感謝している。今では天お姉さんと呼んでいるほどに懐いていた。
 店内が騒がしいC地区には珍しく喧嘩がご法度とというのも、暴力が苦手な美咲にとっては随分と助かっている。まあ喧嘩OK! という店も少ないだろうが、この店の店員たちは全員腕っ節がよいので喧嘩が起きてもすぐに収まる。常連客が増えた今、この店で喧嘩をしようという者はほとんどいない。
「おや。ヤスさん。いらっしゃい。良い魚入ってるけど、どうする?」
「そりゃぜひとも。いや、楽しみでさぁ。じゃあそれといつものお願いしまさぁ、竜さん」
「了解した。少し待っていてくれ」
 少し遅れてヤスがやってくると、天音もブルーズもそんな風に自然とで迎えるほど、巡屋一家と親交を深めていた。
 昼前のまだ比較的忙しくない時間帯には、
「最近どう? お嬢も巡屋の人も、もうアガルタには慣れた?」
 一杯だけ、と猪口に酒を注ぎながらのんびり会話することも多いほどだ。
 もちろん彼らだけでなく、C地区にすっかりなじんでいた。おかげで少し耳を済ませれば周辺の地理だけでなく、住民たちの人間性や相関図、C地区にある遺跡のこと、最近の街の雰囲気などが手に取るように分かるほどになっていた。

「ヤスさん。おかえりなさい。遅かったですね」
「すみませんお嬢……いえ。組長。町を歩いていましたら、あっしらに協力したいという御仁がおられまして」
 ヤスは朗らかに会話をした後、美咲に駆け寄った。ヤスの背後には、ボサボサの黒髪に丸めがねをかけた、冴えない男がいた。学者のように見えるが。
「……足元 掬宇(あしもと すくう)だ。
 私が研究に没頭するためにも、君たちがC地区をまとめてくれると助かるからな。ぜひ協力させてほしい」
 最近の町の騒動(覇権争い)で研究に集中できなくなり、早く騒動を治めるために乗り出したのだとか。協力先を巡屋にしたのは
「君たちが一番まともそうですから」
 だそうだ。
 美咲が「よろしくお願いします」と頭を下げて自己紹介をした。今はとにかく協力者がほしいのだ。それに、ヤスが連れてきた人なら、という信頼もあった。
(潜入は成功、ですか。やはりこの娘。今までこの道にかかわったことがないようですね。容易いものです)
 足元 掬宇。改め、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は心の中で笑った。
(混沌と災厄の種。そうそう簡単に絶やさせはしませんよ)

 こうして、いつもと同じでいつもと違う。C地区の朝が来る。