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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

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「嫌な予感っつーのは当たっちまった訳だが。

 あのアレクサンダルっつー男、どうにも引っかかるんだよな」
「マスター『そんなことはどうでもいい』んです。
 『如何なる事情であれ』私はあの方を許せないかもしれません。

 ……いえ、何でもありませぬ。今はまず救出活動に専念致します」
 あからさまな位普段と違う態度を見せる彼のご主人様フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に、ポチの助は慌てていた。
「ご主人様お任せ下さい!
 この超優秀なハイテク忍犬たる僕の力にかかれば余裕で解決です。
 さあエロ吸血鬼やアホ脳筋は引き立て役として働くのです!」
 ポチの助の首輪と引っ張って持ち上げながら、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はフレンディスを見た。
「これはなフレイ。俺の当て推量もいいとこだけど――あいつジゼルを殺す気はないんじゃないか?
 あのボケボケジゼルのほぼ唯一誇って良い『武器』なんて声だけだろ。未だに剣も銃も魔法もまともに扱えないんだぜ?
 だったらその声を奪って組織の破壊対象から除外し、
その後は自分の傍におくなり、他の力……なんてボケ娘に扱えるのか分かねーが――
 を、与えて組織の一員として生かすつもりだった、とか、そんなんじゃねぇかな。

 そもそも空京の怨霊事件の日に、
 あいつは俺らに『ジゼルを連れて行く』つって、無事に『ジゼルを連れて帰って来た』。
 あれだけの術の使い手ならあの場でだってどうにでも出来たものを、
律儀にも傷一つ付けずに連れ返した。
 それって件の一日あの何処飛んでくか分からない弾道ぼけ娘を守りきったって事だろ。
 いやそれこそ正月のバイトの日にも居たぜ?

 ……これって何かおかしいだろ。
 あいつがジゼルの力に気づいたのは何時だ? ジゼルをどうするつもりなんだ? 

 フレイ、今はジゼルの事で頭に血が昇ってんのは分かる。俺も少なからず腹は立ってる。
 だがアレクサンダルの真意を知らなきゃ俺達はとんでもねぇ失敗をするかもしれない」
「様子が変でございやがりますね……。
 アレクって人は、パルテノペー様を逃がしたいのでしょうか?
 それとも身近に置いておきたいのでしょうか……?」ベルクの横で首を捻るジーナに、衛は自分の意見を述べる。
「んあ? 仕事と私的な心とで板挟みになってんじゃね?
 破壊はしなきゃならねぇ、でも彼女は生きさせたい。
 それで『魔女』に逆らってるとか……。
 ってか、『王子様』にでもなろうとしてんのか? 『人魚姫』のさ」

「随分とファンタジックな話ししてるな」
 後ろからやってきたのは、ここまで追いついて来た唯斗と耀助だった。
「生かしたくて王子様になったら人魚姫死んじゃうけど?」
「あー……だから??」
「『Alexander』……名前からすると王子様じゃなくて大王様の方かもね。
 うーん、敵は敗北知らずの双角王かぁ。はー怖い怖い」
 ケラケラ笑っている耀助を、ベルクは眉根を寄せて見ている。
「つーかな、一番聞きたいのはお前だ耀助。お前何を黙ってる」
「――詮索は余りお勧めしませんよ」
「詮索しないで何が葦原だ」
 言い切ったベルクの視線を受けて何時の締まりのない笑いを消した耀助は、
非物質化していた端末を取り出し、中の画像を開いた。
 バロック建築の屋敷の前で微笑んでいる小さな少女。
 年の頃は10くらいだろうか。長く豊かな黒い髪に、琥珀色の瞳をしているが、
その姿は彼らが探している人物によく似ていた。

「…………ジゼル……の2pカラー?」
「それは無い。
 が。いやしかし髪の色も目の色も違うのに何処となく雰囲気が近いものがあるな」
 唯斗と樹の意見を聞きながら、ベルクは妙に鋭い勘で答えを見つけた。 
「いやこれ、アレクサンダルの方に似てるんだろ」
「そーです。彼の妹さん」
 画像を一枚おくって次に出てきたのは更に昔のようで
子供らしい屈託の無い笑顔で笑いあう幼いアレクと妹の二人の姿だった。
「俺は似てると思わないけどねこの兄妹。それから――」また一枚写真をおくる。
 温度の感じられない銀の机の上に乗せられた『何か』。
 黒い髪と耳を認識したところでフレンディスらはそれが人の遺体だと気づき息を飲み込んだ。
「これも妹さん。
 発見者はお兄ちゃんね」
 端末を非物質に変え、耀助は視線を上げた。
「五年前に地球の隅っこでやってた紛争、知ってる?
 大量破壊兵器根絶なんてご大層な目的を持つ事に理由があるとすれば、恐らくそれがきっかけだろうね」



「アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ。
 実はねこの人、わざわざ忍っぽく裏ルートカッコ笑い的な調べ方しなくても検索すると出自くらい余裕で出てくるんだわ。
 だってお父さんが辺境伯、お母さんが隣国の王様の姪子さんだからね。つーことは世が世なら伯爵様か、設定盛り過ぎだろ。
 よーするに由緒正しき軍人家系てやつで、
教育こそ厳しかったみたいだけど、どう考えたって生活に不自由は無かっただろうな。
 で、そんな彼がですね。某国に留学中の13歳になる年の春、故国で内紛のきっかけが起こった。
 事件としては大した事が無くても、それまでの感情と経緯が暗ければ結果は大きくなる。
 王家対民衆。最終的には国土を東西に二分した紛争に発展した訳だ。
 情勢を知った奴は帰郷を望んだらしいけど、いいとこの嫡子っつーのは難しいね。
 跡取りに生きていて欲しい貴族なお母さんと、戦って死んで欲しい軍人なお父さんとで
離婚スレスレの泥の掛け合いになっちまったらしい。

 結局帰れたのは一年後。お父さんがMIA(行方不明兵)になって病んじゃったお母さんが自害したお陰で
家督を継ぐ事になってから。
 でも丁度帰って来た時に、市内にミサイルが飛んで来た。冗談みたいなタイミングだよな。
 パラミタの機晶技術流用で調子こいた某国の実験まがいの軍事介入だとか言われてるけど、その辺はまあ……置いとく。
 運良く市内に入る手前の道路を走っていた乗車中の車は横転、運転手の叔母さんは即死。
 助手席に居た奴はフロントガラスが当たっただか突き刺さっただかで虹彩異色症の上弱視。
 踏んだり蹴ったりで帰宅したら妹さんが死んでた。
 その後は傷害事件だの遺産相続騒動だのえとせとら、で行方不明。
 此処にきたのもはっきりとした時期は分かんないよ。
 イルミンだと日本語喋れる事すら知ってる奴、少なかったから。


 ――と言う訳で雅羅ちゃんの依頼は果たしたつもりだけど、
それ以上は踏み込むべきじゃないと個人的に判断しました。

 同情してやんのは簡単なんだけどな。人間の心って面倒だ。
あの野郎ぶっ殺してやると思っててもこれ聞くと責められないだろ。だから黙ってた。
 迷ったら戦えない。敵も味方も、正義も悪も曖昧になる。

 結果ジゼルちゃんを助ける事が出来なくなるかもしれない、だろ?」
 両手を横に広げてサラリと片付けた耀助の流した視線に射抜かれて、フレンディスは視線を下げる。
「じゃあ俺達はここで、もう上行くわ」
 再びへらついた笑顔に戻って、耀助はバディの唯斗を進む様に促す。

 数歩歩いて戻ってくると、耀助は下を向いたままのフレンディスに耳打ちした。
「君は多分それでいいんだよ。悩まないでいいんだ。
 ジゼルちゃんの友達として、フレンディスちゃんその立ち位置は間違ってないんだよ」