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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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第4章 火の海


 ここにこうして、戦闘用の空飛ぶ箒・ファルケから燃える船を見下ろしていると、ここは戦場なんだなぁ……と、思えてくる。
 ふつうの人間のつもりで──特に、何かと優秀な人材が集う薔薇の学舎においては──いる皆川 陽(みなかわ・よう)だったが、自身が契約者であることの自覚はあった。
 契約者は、ふつうの地球の人から見れば異分子で、ふつうではない。だから、なんとなく居づらくてパラミタに逃げてきて、学校ではみんな普通そうするものみたいな風潮だからなんとなく魔法も勉強してきたけど。
(自分の力や知識って誰かの役に立つようなものなのかなーってフと思ったんだけど、ね)
 それでも自分から何かしてみたいって思って、みんなから外れないように、でも隅っこにこっそり混じって、周囲を見回しながら、河川から引き上げられている人たちを食べようとする魚の怪物や、残骸に密集して乗って、海を漂っているゾンビの群れに向けて、フェニックスを召喚したり、火柱を落としている自分。果たしてこれは「ふつう」なんだろうか、それとも「ふつうの契約者」なんだろうか。
 そんなことをちらっと考えていると、視界の端に何かが映った。
「ね、ユウ──ちょっと」
「え? 何? 今忙しいんだけど」
 メイド服を着た少女──にしか見えない少年ユウ・アルタヴィスタ(ゆう・あるたう゛ぃすた)は、隣の箒で五月蠅そうに答えた。
 彼はちょうど、しびれ粉をぱらぱら風上から敵に向けて撒きながら、波間に漂う要救助者(で、イケメン)を探しているところなのだ。
「あれ、あの幽霊船の中に人が残ってるよ。どうしようか」
 陽はまだ燃えていない一隻の小さな幽霊船の上に、契約者らしい女性の人影を発見した。その船の側面を、火船の衝角(ラム)が狙っている。
 だが、帰って来たのはつれない答えだった。
「バーカ! ダーメ! クーズ! ちょっとは人様の役に立てるような事でもしてみたら? いつまでもパパンよろしくパートナーにだけ仕事させてないで、自分ひとりでやるこったな」
 パートナーの尻を叩くように言うと、あ、イケメン見っけ! と、ユウは貨物席を取り付けた空飛ぶ箒シーニュで、早速飛んで行ってしまう。
「ねぇ〜、お兄さん、オレの箒に乗ってって〜♪」
 濡れて張り付く黒髪に白い軍服。当然鍛えられた肉体。波間に漂う海兵隊の青年に、笑顔で愛想を振りまいて、クネクネしながら迎えに行くパートナーを見送って、陽は仕方なくあの狙おうとしている火船に飛んで行って、乗組員たちに声を掛けた。
「火を付けるのは待って! 契約者が乗ってるの! 人数は多分、4人──」

 その時、船に残っていた契約者は四人二組のパートナーだった。
「……止まってくれたみたいですね、亜璃珠様」
 乗って来たガーゴイルを石化させていたマリカ・メリュジーヌ(まりか・めりゅじーぬ)は、ほっと胸をなでおろしてパートナーを振り返った。
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は軽く頷きつつ、周囲に視線を巡らせた。
 武器が置いてないために都合がよい、と降り立ったのは最上階甲板。
 一段高いそこにいるゾンビやらスケルトンやらを上空から“歴戦の魔術”で冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が追い払ったのだが、後甲板、前甲板からも続々とそれらが、生の匂いを嗅ぎつけて殺到していた。
 亜璃珠はその様子に怖じることなく微笑む。
「正規軍に出来ない事をするのが私達の仕事、でもあるでしょう。ふふ、大和撫子に行動力は必須、なんですのよ」
「ええ。ご無沙汰していたとはいえ、アンデッド如きに後れは取りません。
 ですが、私たちの姿がどれくらいの間見えているか、またいつ火船が幽霊船に突っ込むか分かりません。巻き込まれるのは御免ですし、手早く済ませなければ。
 ──お姉様、何か感じますか?」
 小夜子は亜璃珠の前に立ち、彼女の背後をパートナーのエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)に守らせながら問う。
 事前にレッサーフォトンドラゴンの上から観察してもい、基本的な船の構造は聞いてもいたが、外から見て分かるようなことは、特別ない。尤も、詳細については、既にほとんどがぱっと見で船籍が分るような状態ではなく、持ち主がはるか昔に死んでいる可能性もあったので、判断できない。
「そうね何か特別な価値があるようなものはなさそうだわ……予想はしてたけど、船内で手がかりを捜索するしかないわね。
 あんまり期待できそうにないかも。最悪ない、という事実が分かるだけでいいわ」
 小夜子は分りましたと返事をして、先頭に立ってゾンビやスケルトンの群れに飛び込んでいった。それを彼女の斜め後方から、マリカの“クロスファイア”が援護する。
 彼女たちは敵の全てを相手にすることなく、むしろ無視して一直線に船尾に向かっていった。おおよそ、こっちに船長の執務室があるらしいということを聞いていたからだ。
 時の流れで脆くなった甲板をうっかり壊さないように気を付けながら、ねっとりと張り付いた藻や海藻に足を取られないように気を付けながら、四人は船長室や士官室、そして動力源があるか確かめるために、下の甲板の方まで潜っていった。
 中に入り込むたびに吐き気を催す嫌な臭いが強くなっている。
 潮の匂い、金具の錆びた血のような匂い、絡みついた藻、ゾンビの死肉や体液がそこここにぼとぼとと落ち、うごめき、ひどい様相を呈している。ゾンビとスケルトン、敵のアンデッドとして、契約者にとって強さという観点からはそう変わらないが、気持ち悪さの点では天と地ほどの違いがあった。
 暗い船内で視界を確保するため、ノクトビジョンという暗視ゴーグルを被った小夜子やエノン、“ダークビジョン”の魔術を使用していた亜璃珠とマリカには、それが見えてしまっている。
 特に小夜子は先頭で、かつ唯一、この中で自分の肉体を武器としているのであり……。
「……気にしないことにしましょう」
 そう決めて、拳や脚で感触をものともせず、“歴戦の武術”によるカンで、掴みかかってくるゾンビたちを回避し、骨を砕き踏み砕いていった。
 亜璃珠は船室に残った頑丈な箱を見付けると、壊れた鍵を無理やり壊し、中に入っていたボロボロの手紙を摘まみ上げる。殆どかすれて読めなかったが、日付から数十年前のものだと知れた。
「かなり前に沈んだみたいね……。それに動力も見つからない。これって、動力が人外、物理的なものがあるにしても、それは補助的なモノじゃないかしら?」
 敵にしても、自分たちの領域に入り込んだ人間を倒すという害意はあるらしく、生前の知能もいくらか残っているのか、剣や弓、メイスなどの武器や魔術を扱うものもいたが、戦術レベルの知能はないいようだった。
 役割分担をし、狭い場所で敵を絞って戦おうとする亜璃珠たちのようなことはしない。
 いや、この船を降り立つ船に選んだ時に何となく思ったのだが、例えば船団を組んだときには選ばれるような旗艦、指揮をする船、意志といったものが、なかった。浮かび上がった船の損傷度や装飾、時代はばらばらで、隊列もない。いわゆるボスというような強力なアンデッドも、いない。
「共通点と言えば……当たり前と言えば当たり前なんだけど、船で、乗ってるのが水死者ってことくらいかしら?
 アンデッドは恨みとかで蘇るっていうけど、こんなにバラバラの船と水死者が何か特定のものを恨むことなんてないでしょうし……無理やり蘇らせられたんじゃなきゃこんなに一気に蘇らないわよね」
 亜璃珠はとりあえず分かったことを、今は樹上都市に到着したであろう百合園の友人にテレパシーで送っておく。
「それじゃ、長居は無用ね」
「こちらから行きましょう」
 後方からもゾンビたちが追いかけて来る。エノンが盾を構えて防ぐその後ろで、マリカは船室の壁を焼いた。ボロボロになった板を小夜子が蹴破る。すぐ下が喫水線で波が揺れていた。
 小夜子がプロミネンストリックで外に飛び出して、乗って来たドラゴンやガーゴイルを呼び──四人は空へ戻った。


「全くどこに行ったのかしら……戦場に紛れ込んでられても困るけど……」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、姿の見えないまたたび 明日風(またたび・あすか)の事を思った。
 人の話によれば、樹上都市に行きたいとか言っていた彼を見たということだったが、本人から連絡もない。しかし乗り物は無粋だ、と船も敬遠するような性格だ。
 いや、そもそも樹上都市への航路はちょっと前から閉ざされていて……どうやって大樹に行くつもりなのか。
「ま、とりあえずはこっちの解決が先かしらね」
 旗艦にちょこちょこと取りついてくる鮫やら魚やらを、リカインは甲板の上から翼の靴で飛び立っては迎撃していく。
 “咆哮”することによって共鳴した衣レゾナント・ハイは、リカインの拳に力を与えてくれた。
 パートナーであるアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)の守護天使の双子も、張り切っていた。
「こっちから脱出してくださーい」
 小型飛空艇・ヘリファルテに乗って剣で魚を払いつつ、誘導していたアレックスだったが、小舟のひとつが魚たちに取りつかれているのに気付くと、ばっと海の中に飛び込んでいった。
 背中から伸びた“護りの翼”が、溺れた水夫を包み込んだ。
(姉貴、後は頼む!)
 いくら“禁猟区”をかけておいたからって、無謀だろう──と、サンドラはその様子を見てやれやれと首を振った。
 彼女なら風術で火のコントロールもできるし、遠距離攻撃の手段も持ってるし、それに……、
「兄貴、そんなことしなくてもいいのに」
 必死なアレックスには悪いけれど、サンドラは仕方なく“空飛ぶ魔法↑↑”をかけた。
 かけたらば、ずりずりと、水を飲んでげほげほしている水夫と、息を必死に止めて魚に羽根を毟られているアレックスの体が海の上に浮かび上がってくる。
「これじゃまるで魚釣りだよ、兄貴。……ほら、船に上げるよー」


「燃える船より萌える船だよね……おっ、あれは……?」
 双眼鏡『NOZOKI』をご丁寧にも“顕微眼(ナノサイト)”で覗いているのは、ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)だった。
 真っ先に幽霊船を発見し殲滅する──つもりではあったが、だが、それではもう一つの目的は達成できないのではないか?
 とりあえず親衛隊員二人に“指揮官の大砲”を撃たせつつ、彼はじっくりとゾンビやらスケルトンから、生前の姿──ようするに体型だのなんだのを妄想して楽しんでいた。
 これを彼は「煩悩などではなく、戦場を楽しむ余裕があってこそ冷静な判断が出来ると信じています」と主張するだろうが、それを信じる者はいなかっただろう。
 しばらく舐めるように眺めまわしてようやく気が済んだのか、ブルタは“アルキメデスの投石機”で、「萌える水」(勿論、中身はタダの燃える水だった)をぽいぽいと投げていった。
(こっちの方がよほど効率がいいのにな……)

 そうして、幽霊船の全ては海に沈み……。
 結局、契約者たちの力によって、火船予定の船の半分は使用されずに残ることができた。
 要救助者も、囮をしていた契約者たちが、そのために開けていた自身の背中に、拾って載せ、怪我人には治療を施していく。
 既にある程度の打ち合わせはしてあったが、海に落ちた者たちは{SFL0011160#ミアの}“空飛ぶ魔法↑↑”で次々と浮き上がらせ、速やかに回収されていった。
 羽純が小舟をロープで繋ぎ合わせ、それを自身の乗るドラゴンの尾に繋いで誘導する。
 怪我人は医務室に速やかに運ばれ、手当てを受けた。
 フランセットは状況を一同を確認すると、
「よし、一旦乗組員の編制を整える、その後希望者は火船と共に、港に帰還せよ。
 ──これからこの船は、樹上都市へと向かう」