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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【10】


「壮太、まだかな」
 ドッペルゴーストで見た目は三人になったミミのうちの一人が独り言を呟きながら、上下二連式のデリンジャーから銃撃を行っている。
 彼女が銃弾で隠しているのは、壮太が行っているトラップの設置だった。
 その間にもセイレーンは先ほどから空を飛び回っていた。
 頂の花だらけの地面には迂闊に近づけないのだ。植物使いであるエースによって、その花々が腕や足、それに翼を絡めとろうとしてくるからだ。
 そんな彼女を上空のある位置から待ち構えているのは姫星だった。
 息をひそめ、暗闇の中セイレーンが間合いに入ってくるのだけを伺っている。
「(真上からチャンスを狙いますよ!)」
 隠れ身の状態を続けていると、陣の銃弾を避けようとしたセイレーンは遂にこちらの狙いの場所へとやってきた。
 地上から計っておおよそ、皆が彼女に近接格闘を仕掛けられそうな距離だ。
 瞬間は、今だ!
 空飛ぶ箒から飛び降り、柄を蹴った力で空を走るようにセイレーンに向かう。
「ジゼルさん、今助けます! チェストォー!!」
 落ちてゆく姫星の化け物のように変化させられても尚華奢な少女身体を、音の刃が傷つけて行く。
 頬を掠めた。腕に突き刺さった。太腿にも一つ喰らっている。
 それでも姫星は目を開いたままだ。
「耐えますッ!!」
 落下の力は速度をぐんぐん加速させる。
 セイレーンはこちらしか見ていない。
 否、見せていないのだ!
 即死攻撃など怖くは無い。周囲の人間から視線を外す事こそが姫星の狙いなのだ。
 変化した歌を耳にした途端、セイレーンの黒い瞳をまともに見ていた姫星の唇に鉄の味が溢れ出す。腹の中に直接手を突っ込まれ掻き混ぜられるような感覚が気持ち悪い。それの所為なのか分からないが目からは涙があふれた。
「(さあ、今がチャンスです!
 皆さん、私に構わずジゼルさんを助けて下さい!)」
 誰もが姫星を心配し、彼女を助けようと動こうとしていた中、一人姫星のメッセージを受け取って大地は両手剣の突きをセイレーンの羽根に突き刺した。
 悲鳴が聞こえたが、致命傷は狙っていない。
 そのまま捕獲しようと更に間合いを詰め手を伸ばしたが、音の刃がこちらへ向かってくる。
 斜め後ろに跳んだ大地とは逆の方向から、ローザマリアが行った。
「(貴女の一撃、また一撃がメッセージだと言うのなら……!)」
 刃を甘んじて受けながら突進し、光りの剣は反対の羽根を突き薙いだ。
 その瞬間にセイレーンは舞い上がり、手応えから掠めただけだったと分かる。
 しかし翼に二つの傷を作ったセイレーンの翼の速度は落ちつつあった。
「(いけそうだ!)」
 と合図を受けて、唯斗は気配を殺しながら隠密行動を続けている。
 陽動部隊は同輩の耀助だ。
 傷ついた羽根で地上と空を行き来しながら応戦するセイレーンへクナイを投げる事で、上手く彼女を導いている。
「(ホント、頼むぜ?
 結構命懸けよ?)」

 突然ゲーリングの前に飛び出してきた忍者の姿に、傭兵部隊とセイレーンは反応し、主を守ろうと唯斗を一斉に狙い撃ちにする。
 致命の一撃は軌道を逸れ、その拳と共に唯斗は白い花の中に倒れた。
 薄れて行く意識の中で、耀助によって助けられた唯斗は思うのだ。

「(俺等の勝ちはゲーリングを潰す事じゃない
 ジゼルを取り戻す事だ。
 ぶっちゃけますと、ンな小物なんざいつでも潰せるっつーの)」



 この世界は暗い。
 視界は自分のものであって自分のもので無い何かに奪われ、まるで映画でも観ているようだった。
 何時も目の前に居る男は、自分をセイレーンと呼ぶ。
 それは私の名前じゃない。
「違う、違う、違う……」
 幾ら否定しても自分の名前を呼んでくれる人は、友達は此処には居ない。
 私はここに居ると歌う声は誰にも届かない。まるで存在すら薄れていくようで、大切にしていた友人たちの名前も自分の名前すらも忘れ、闇の中の少女は消え往く意識を手放そうとしていた。

「貴女はジゼル、ただの女の子のジゼル!」

 ふと、耳に聞き覚えのある声が飛び込んだ。
 開いた瞳に映るのは、血を流し、剣を振るい戦う人々の姿だ。
 あの人達は誰だったろうか。朦朧とする世界で理解の出来ないままに無感動に見ていると、突然意識の中に誰かの想いが矢のように飛んできた。

「ジゼルさん!」

 自分の名前を思い出した。
 少女の心の中へ、矢を届けたのは唯斗だった。
 陽動させ、その間にゲーリングへ渾身の一撃を入れる。それすらもフェイクだった。
 彼が狙ったのは、セイレーンの位置の固定だった。
 主を守らせる為に動かし、そこへパートナーの妹の、睡蓮の祈りの矢を届かせたのだ。
 こうして名前を思い出せば、次は何処からか歌が聞こえてきた。
 こんな状態でも歌だけは分かる。そうあれは確か『人魚の唄』だ。
 人間の男に恋をした人魚が唄ったと伝えられている唄。それを何かに重ねているのか、懸命に心を込めて歌っているのは黒い髪に黒い瞳のなのに肌は透明な程白い男だった。

 ほんの少しの覚醒の日々を繰り返すうちに、あれ程大切にしていた歌う気持ちすら失くしていたのに、今は、どうしても伝えたい気持ちがあった。
 それは自然と歌になり、彼の内側から現れた。
 弱った声帯から出る音は思っていた通り細く頼りなく、何処迄も透明で、共に音を重ねた経験を持つリカインが気が気で無いという顔でこちらを振り向いたのが見えた。
それでも
 君に出会った日を、君との思い出を、君への気持ちをのせて――

「(この声は、君に届くだろうか)」
 伸ばされた手に、ジゼルははっきりと思い出した。
「東雲!!」
 名前を叫んで虚空に手を伸ばす。

 深い眠りに入る直前、東雲は『今度こそ目覚める事は出来ないかもしれない』と思う。
 何時か確実に訪れるそれは『今』かもしれないし、『もっとずっと後』かも知れない。
 強くなって行く『眠気』に、何時来るとも分からないその日に、またそうなってしまう前に、君に伝えたい。
「(ジゼルさん、おかえりなさいって言いたいんだ)」
「東雲! 東雲! 私ここだよ! ここにいるよ!」
 相手を掴もうと伸ばし合った手は届かない。
 それでも歌は届いている。
「ありがとう東雲、今そこに行くから……お願い、待っててね……」

 戦いの中、ふと見てはいけないと言われたセイレーンの顔を見てしまった雫澄は、彼女の頬を伝うものに息をのんだ。

「…………泣いてる……」



「あ。化粧と鼻水、付けちゃった」
 ぐすぐすと赤い鼻をタオルで拭いながら、キアラはぐしょぐしょにしてしまったアレクの背中を見ていた。何とか隠蔽しないと色々マズい。
「ぜえったい怒られるっスねこれ。やばいなぁ……」
「な! ならこれをっ!!」
 鼻息荒くやってきたジーナが、手にしていたのは王子様風の衣装だ。
「じなぽん、それまだ諦めて無かったのか。あれっくさんにそういうのは厭だって断られたんだろ?
 ていうかそれ、コスプレ衣装……」
 衛のツッコミをハリセンツッコミで弾いているジーナは続ける。
「これを! このデカブツマッチョに着せて! そしてパルテノペー様にはウェディングドレスを着せて!
 そして――」
 ふんすふんす言っているジーナの肩を樹は掴んで後ろに隠し、ため息をついた。
「ジーナはどうしても結婚式を見たいんだな。
 私の時に見られなかったのを、よっぽど根に持っているようで……」
「結婚式……あ。そうだ。それで思い出したっスよ」
 後生大事に抱えていたキャリーバックから高そうな生地で作られた服を取り出して、キアラはじゃーん! と叫んだ。現金なものでもうすっかり元気らしい。
「ちょっと凄くないスかこれ。
 うちの新しい軍服案っス」
「……重そうですね……」
 加夜の口から出た素直な言葉通り、キアラの取り出したそのブルーの軍服に赤いサッシュがされたその服は装飾過多だった。
 要するに勲章だらけなのである。一体何を参考にしたのか分からないが、兎に角何時もの軍服をダサイダサイと改造しまくっていた彼女にとってはこの位が丁度いいのだろう。
「参考にしたのは貴族の正装っスから、これなら結婚式も出来るっスよ」
 ばちこーんとウィンクしたキアラに、ジーナの目が輝いた。


 それから数分もしない後、ジゼルの目覚めによってこちらも目を覚ましたアレクは、瞬間らしくなくワットだかワイだかとにかくWで思いきり叫んだ。
「貴様かキアラ! これ俺の爺様の!! なんつーもんをコスプレさせてくれやがってんだよ恥ずかしいより最早これは恥だ! つーか誰だよコレ着せたの!!」
「あれっくさんはやっぱりボクサーパンツ派……」ぷぷぷと笑う衛にアレクが追いついてポニーテールの髪を引っ掴んだ時、妙な威圧感を感じてその場に居た楽しい仲間達は後ろを振り向き、ちょっと引きつった笑顔になった。

 イルミンスール魔法学校のエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)
 シャンバラ教導団の金 鋭峰(じん・るいふぉん)
 蒼空学園の馬場 正子(ばんば・しょうこ)
 三校長のそろい踏みであった。


「渦中の男にそれを見張る様に申し付けた女生徒、おまけに生徒会長副会長まで一体どれだけの生徒が此処に居るのやら……
 わしはおぬしらには勝手に動いてはならぬと念を押したはずだが一体これはどういう事な――」
「コスプレ大会です」
 アレクの雑過ぎる言い訳に話しを途中で遮られて、正子が驚きの表情止まっていると、念を押す様に全員が声を揃えて大声で続く。
「「コスプレ大会です!!!」」
 ヤケクソ気味のそれにエリザベートは本気で笑っているが、金の口元はそれとは違う意味で歪んでいるのだろう。全員を見ていた視線の照準を一つに絞ると、金はアレクに向かって本気で弾を当てにきた。
「成る程。コスプレ大会とは、楽しそうだな『アリクス・ミローセヴィッチ』『大尉』」
 ヤケクソに引きつった笑いは沈黙の無表情に代わり、その場の視線が一斉にアレクに集中するが、当の本人は『形だけは』手を腰にAttentionを受けた下官の姿勢でケロリと答えた。
「ここに渡る前に退役しています閣下」
「ふむ、私の調べでは『予備軍役』という話だが、まあいいだろう。
 では、『ヴォイヴォダ』」
 こちらには相当に腹が立ったのか気まずいのか、常に忘れた事の無い軍閥の上下関係の敬畏を投げ捨てアレクは聞こえよがしに舌打ちをする。
「おや、こちらの称号はお嫌いだったかな?」
「五年前に俺が殉じるはずの国は消し飛びました。既に別物に変わった――王も貴族も無い国にその称号は要りません。呼ぶならどうぞ一般生徒とでも呼んで下さい。つーかあんた本当に性格悪いんだな」
 低い声で捲し立てられ、おまけに悪態を付けられても全て気に止めずに透明な表情に皮肉と威圧感だけを乗せて金は続けた。
「それにしても君は随分と優秀な隊をお持ちのようだ。我々よりもそして空京警察よりも先に『既に配置に付いている』とは」
「本物の組織より餓鬼の遊び仲間程度の方が小回りが効くというだけですよ閣下」
「ほう、君は話しに聞いていたよりも謙虚なのだな。200名以上も『遊び仲間』が居るというのに。初めに聞いていた時は一個小隊、先日の君自身による報告では二個小隊だったはずだが、実際は中隊クラスではないか。そろそろ君の階級で率いるには限界かな?
 いや、『テイフォン級』の実力があるなら軍の階級社会等然したる問題にもならないのだろうか」
「あははご冗談を! そもそも俺があのテイフォン級なんてそんなまさか!
 厭だな悪質な噂ですよ一体誰が流したんだか」棒読みの疑問に、エリザベートが回答する。
「私ですよぅ」と。ニヤニヤ笑ったまま。
「この小童、どうも加減を知らないようで入学早々に二回の模擬戦で当たった全ての生徒――確か50人くらいでしたかねぇ……を、病院送りにしてくれたのですよぅ。しかも伝説の装備木の棒で。
 それ以上被害を拡大させない為に教師達に『テイフォン級カッコ笑えないカッコ閉じ』だから模擬戦に参加させるなと手引きしたのですが、何時の間にか生徒にまで噂が回って『テイフォン級カッコ笑いカッコ閉じ』になり、何時の間にか『なんかあの人(笑)テイフォン級(笑)の実力があるみたいだけど(笑)ボッチだよね(笑)』になってしまったんですぅ。
 でもその方が面白いからそのままにしておいたんですけどねぇ」
 呵々かと笑うエリザベートに、皆声も出ない。二人の校長による苛烈な言葉責めに抱えた頭を沈めているアレクを見て、唯一の常識人である正子だけが止めに入った。
「おぬしら、そろそろ本題に入ってやるべきであろう」金はアレクに向き直って今度こそ本題へ入った。 
「ここへ着たのは勿論君のパートナー、ジゼル・パルテノペーについて話す為だ。
 彼女は今や本物の兵器となった。武器商人の手に渡り、正しく無いものの力となろうとしている。
 『大量破壊兵器』の攻撃による結果が訪れるのは一瞬だ。
 それは君が一番よく分かっているであろうが」
 アレクは眉を顰めている。本当に、言葉通り良く知っているからだ。なんて嫌な所を抉ってくるのだろう。
「今、セイレーンへの攻撃が一瞬でも止めば、ゲーリングの指示でこの場は火の海と化す。しかし攻撃を続ける彼らの中にセイレーンを――否。同門、友人であるジゼル・パルテノペーに止めを刺せる、殺害出来る者は皆無であろうな。
 そして残念ながら我々もまた、今この瞬間には兵器セイレーンへの抑止力を持っていないのだ」
「つまり俺に死ねと……彼女と心中しろって事ですか」
「それは選択肢の一つとして考えてくれていい」
「数ある選択肢の中で言えば、それが最良でしょうね。
 彼女も人を傷つけるくらいなら死を選ぶ方がマシらしい」
 鼻で笑ったアレクだったが、突然その襟を乱暴に掴まれて引き寄せられた先には羅刹の如き怒りの表情のカガチだった。
「救いたいんだろジゼルちゃんを!? 『今度こそ』救いたいんだろ!!
 じゃあ死ぬとか簡単に言ってないで足掻けよクソッタレ!!」
「足掻くって生きてる人間の権利よあたし死んでるけど
 そうじゃない? サーシャ。
 キミも死なないで生き残って此処まできちゃったんだから、
 折角だから足掻けばいいわよ」
 アナスタシアが静かに言葉を燻らせると、フレンディスがアレクを庇うように金との間に入っていた。
「先ほど申し上げた通り私はジゼルさんの為に貴方を守らせて頂きます。
 ですからあなたは責任を果たして、ジゼルさんが生きる限り死にたくても生き続けて貰います故……覚悟して下さいませ」
「ボーズ、テメーは何の為に戦うんだ?
 人間は右手と左手で持てる分しか護れねぇぜ」
 気持ちはナイスミドルのままの衛が言うと、樹がお決まりのため息をつく。
「ジーナ、マモル。
 お前達は『王子様』に『人魚姫』を救わせて幸せな結末を迎えたい、そういうことなのだろう?」
 頷く二人に、樹はカガチの腕を払っていたアレクを見据えた。
「隊長改め王子、お前がジゼルを救え。
 活路は我々が開こう。
 葦原の忍び娘も、黒いのも、犬も手伝ってくれるようだし
 ……まあ矢鱈と敵の多いお前さんの事を狙ってくる輩を、いなす事が主な目的になりそうだがな」
 苦笑している樹のあとに、口を開いたのは加夜だった。
「ジゼルちゃんに埋め込まれたブラッドストーンの石言葉は『困難を乗り越える』です。
 アレクさん、私達と一緒に乗り越えましょう」
 そらせない清廉な瞳を受けて、アレクは首を振る。
「サムライだのニンジャだの犬だのチビだの随分頼もしいセーフガード(護衛)だな。
 ――という訳で中々死ねないみたいなんですが、どうしましょうか」
 そう振られて、正子は静かに言った。
「帰れる準備は整えよう。だがわしらに出来るのはそこまでである。
 どうするのかはおぬしが決める事」
「私は例の選択が『最良』だとは思っていない。
 選択するのは勿論君だ、君にとっての最良の結果になるよう尽くせ」
「折角ここまで見に来てやったんですから、面白いものを見せてくださいねぇ」
 アレクは三人の校長に背を向けて、更に腕組みしてふんぞり返りいつも通り妙に偉そうな上から目線で皆を煽った。
「いいぜ、折角こんな服だ。上官じゃなくて公人としてオーダー出してやるよ。
 『守れ』じゃない、『付いてこい』だ。全力で行く。振り落とされるな」

 走り出したアレクの付いてこいという命令はつまりそのまんまである。
 
「マジで足はえええッ!!!」