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ゾンビ無双

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ゾンビ無双

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4章   引きこもりと変態と救助するものと……


 
 彼女の名前は双葉 朝霞(ふたば・あさか)という。
 今回の任務の参加者である。ただし、参加しただけで何もしていない。
 任務に行く事が面倒くさくなったのである。
 というわけで、彼女はいつも通り、引きこもりライフを満喫する。
 彼女は自室のベッドに横になりながらパソコンを開き、ネット巡回を開始する。動画サイトを見ていると、ゾンビの情報などがメールでどんどん送られてきているようで、メールアプリの表示が画面に出るが、一瞥して、削除する。
(どうせまた、ご立派な学生さんたちが頑張ってキレイに解決するんでしょ)
 カチカチと、マウスのクリック音だけが部屋に響く。
(私に何も出来るわけがない。私が必要な筈もない)
 カチカチカチ。
(私に何かが『出来る』なんてこと、ありえない)
 カチカチカチカチ。
(私は『頑張る』ってことができない……。死ぬ事すら、出来ないんだから)
 彼女は弱い。意思が、メンタルが、何においても弱い。いつでも何かから逃げている。
 だからといって、彼女を咎める者はいない。弱いことは罪ではないし、世界は弱者に優しく出来ているからだ。彼女はそれを知っている。知っているから、今のままでいいと思う。思ってしまう。
(さて、最近始めたMMOでも再開しましょう。そろそろ希少MobがPOPする時間だ)
 彼女のパソコンを触る手は、一向に止まる気配が見えない。
 好きな事を好きなだけして、嫌な事からは逃げ続ける。
 それが彼女、【人間失格】双葉 朝霞の生き方である。



 舞台は屍の街に戻って、街の中でも小さめの繁華街。小さめとはいえ、勿論しっかりと屍のたまり場となっている。
 そんな場所を、のんびりと散歩でもするかのように歩いている者がいた。セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)である。
「ふう。んじゃぼちぼち、ヤっていきますかね」
 言いながら近くにいたゾンビを適当に殴る。【魔闘撃】で魔力を宿しているので、威力は増しているようで、殴った銅がちぎれ飛ぶ。返り血が、彼女にかかる。だが、ゾンビはよろけただけで、ぐわり、と、セシルに襲いかかる。
「あぁ、頭だっけ」
 襲いかかると言うよりは、倒れかかってくるゾンビを、軽く躱す。左足を軸足に、ぎゅる! と回転し、そのまま右足をゾンビの首へ命中させる。いうところの回し蹴りである。ゾンビは首をもぎ飛ばされ、胴体も吹っ飛んで行く。
 そうしていると、セシルのすぐ近くで悲鳴のようなものが聞こえてきた。
 何事かと見てみると、大量のゾンビが、女子高生くらいの美少女を追いかけていた。
「ふむ? 生存者か」
 彼女は一旦【魔黒翼】で空へ飛ぶ。
「えーと、【地獄の門】に【禁じられた言葉】……、あと【融合機晶石】、と」
 彼女は持っているスキルで火属性スキルを強化していき、
「おいたはそこまでよ。屍共。灰に帰れ、【火術】」
 瞬間、炎の雨が降り注いだ。ゾンビは焼尽され、炭と化していく。やがて、周囲のゾンビが全て焼き尽くされた。
「さて、大丈夫?」
 地面に降り、生存者らしき女の子を見る。女の子は地面にへたり込んで、俯いていた。
 無理もないか、とセシルは適当に思う。そして、確か近くの公園に避難所があったからそこまで連れて行くか、などと思っていた、その時。
 
 自分の肩から、がり、と音がした。

「なっ……!?」
 見ると、先程の女の子が、背後から自分の肩にかぶりついている。ゾンビになっていた。すぐに突き飛ばす。
 女の子のゾンビは、先程の綺麗な容姿ではなく、左腕はもげて、腹は食い散らされたかのように空っぽで、衣服もボロボロで、至る所から血が吹き出している。
(……!? 今の一瞬で何故こんなになるの? さっきまでは腕も腹もあった。衣服は元からボロボロだったけど……。何が起こったの!?)
 セシルは思考を働かせるが、噛まれたせいか、思考が定まらない。足もがくがくと痙攣し、動かなくなってくる。
(くそ……。これは……やば……い)
 やがて、どさり、と倒れてしまう。
 意識が、飛ぶ。
 最後に見たものは、女の子の、がば、と開けた口だった。



 少し時間は遡って。
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)は女子高生くらいの美少女の、ゾンビからの決死の逃走劇を【ポータラカUFO】に乗りながら、ワイン片手に楽しんでいた。
 ここまで至った経過を説明すると。ブルタの思考を少し遡ってみると。
(ゾンビ映画とりたいなぁ美少女がゾンビから逃げるやつ。よし早速とりかかろう。とりあえずいい感じの女性ゾンビさらって、【タイムコントロール】で人間に戻して街に放そう。その美少女がゾンビから逃げる様を【デジタル一眼POSSIBLE】で撮るとするか! 衣服もボロボロなゾンビが人間化すれば観客好みの良い絵(エロ)も撮れる! あえて言おう! クズであると! あ、そのまま女の子が無惨に殺されてしまうのも面白くないし、誰か女の子をを助けに来てくれたらいいなぁ。そのままタイムコントロールの効果が切れて、女の子がゾンビになって、助けにきた奴を襲う、と。うん、最高の脚本だな!)
 といった感じである。
 先程セシルが遭遇した美少女ゾンビは、ブルタの仕業だったのだ。
 そしてブルタは撮影中なのである。
 今日も変態は平常運転しているのである。
「うん、良い絵(エロ)がとれたな! 舞台の上に最後に立つ者は誰もおらず撮影者であり演出家である自分さえ残っていれば後世に残る素晴らしい映像を残せるのだ!」
 などと自己陶酔していると、金髪の女の子、セシルが、人間に戻した女の子を助けているのに気がつく。
「おぉ! 脚本通り!」
 ブルタはしばらくそれを見ていたが、タイムコントロールが切れてしまい、美少女がゾンビに戻り、セシルを襲ったところを見て、
「む、アレはヤバいかな」
 すぐにUFOから降り、ゾンビを鞭で吹っ飛ばす。
「ふぅ。ちょっとトラブルがあったけど、まぁまぁ良いのが撮れたね! さて帰って観賞し――」
 ブルタは思わず言葉を止める。
 視線の先にいるのは、ゾンビに襲われて気を失っているセシル(美少女)。
「……じゅるり」
 変態の手がセシルに伸びる。
 セシルの運命やいかに!



 高峰 結和(たかみね・ゆうわ)エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)は、戦場を駆け回っていた。生存者を救助する為である。
 2人は【超感覚】で生存者を探索。発見して、ケガをしていたらその場でひとまず応急処置を施し、街の中心にある避難所まで運ぶ。その作業を延々と繰り返していた。
 今回も2人の生存者を確保し、【小型飛空艇アルバトロス】に乗せ、一旦避難所へ戻ろうとしているところである。
「ふう。思ったより生存者がいますね。休む暇もありません」
 高峰は大きくため息をつく。
「でも、弱音を吐いている場合ではありません! 頑張りますよ!」
 改めて気合いを入れ直す。そしてもうすぐ避難所というところで、エメリヤンが何かに気づく。
「あれ? 人……だよね?」
 高峰が見ると、金髪の女の子と、何かいやらしい手つきで女の子に触ろうとしている魔鎧がいた。女の子は気絶しているようで、魔鎧に一切気づいていない。
 高峰は直感で気づく。
 あの魔鎧は(女性の)敵だと。
「エメリヤン! あの魔鎧を吹っ飛ばして下さい! 敵です!」
 その声に、エメリヤンはすぐに下半身を山羊に変身させ、
「【軽身功】!」
 魔鎧を蹄で踏み倒す。魔鎧はうめき声をあげて倒れ込む。
 高峰は金髪の女の子、セシルを抱きかかえ、症状を見る。
「ゾンビに噛まれた跡がありますね。すぐに避難所へ行って治療しましょう。行きますよ!」
 セシルを飛空挺に乗せ、魔鎧には見向きもせずに、避難所へ急ぐ高峰とエメリヤンだった。
 残された魔鎧、ブルタは、「くそっ、千載一遇の好機だったのに!」と、悔しがっていた。よこしまな心を持つ者には、その者にとっての良い事は、そう簡単には起きないのである。



 街の中心に、公園があった。
 現在、その公園は避難所となっている。公園の周りを【エバーグリーン】で植物を成長させ、バリケードにしていた。
 避難所を形成したのはキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)である。
 彼は、高峰らが次々と運んでくる生存者の護衛、そして救護をしていた。しかしケガ人が多い為、護衛の方はセラータ・エレイソン(せらーた・えれいそん)に任せっきりになっている。そうしていると、高峰が3人のケガ人を連れて帰って来た。
 高峰は3人の患者の容態を伝える。対し、キリエは、
「分かりました。すぐに治療します」
 とだけ告げ、【金色の風】を発動する。
 そうしていると、外でゾンビの対処しているセラータが戻って来た。
「ゾンビの数が多すぎて対処しきれません。キリエ、援護出来ますか?」
「今、治療中ですからねぇ……。高峰さんたちはもう次の探索に出て行きましたし……」
 そこで、偶然避難所へ生存者を届けに来ていた、奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)雲入 弥狐(くもいり・みこ)が名乗りをあげる。
「あたしたちが行くよ! ね? 沙夢!」
「そうね。ここには多くの生存者がいる。ちゃんと守ってあげなきゃね」
 というわけで、3人は公園の外に出て、避難所の護衛をすることとなった。



「……ちょっとこれは多すぎじゃない?」
 奥山は思わず呟く。既に4千体程は倒しただろうか。それでも全く減っていない。
「【火術】!」
 奥山の火術は、的確にゾンビを燃え上がらせるが、何しろ数が多すぎる。このままでは魔力切れを起こしてしまうのがオチだ。
「【バイタルオーラ】くらえっ!」
 弥狐も奥山に続き、エネルギー弾を発射する。
「うー……、今のでも10体倒せたかどうかだよ。もうちょっと戦闘スキル装備しておくべきだったかな」
 既に弥狐は少し息切れする程に疲弊していた。
「生存者を狙っているのでしょうか……」
 飛空挺で空からゾンビを強襲しているセラータが言う。
 セラータも【歴戦の武術】などで、空から強襲しているのだが、数は減っているようには見えない。
「何にせよ、このままでは避難所が襲われてしまうのも時間の問題です。どうすれば……」
 その場の者に焦りの表情が見えて来た、その時。
 ドゴッ、という鈍い音と共に、何かが、彼らの目の前に降って来た。
 彼らは何事かと、目を凝らす。そこには、

 背の小さい伊達眼鏡をかけた女の子が立っていた。

 彼女は無邪気に言う。
「助けに来たよ! っていう名目でゾンビの殲滅にやって参りました! この騎沙良 詩穂(きさら・しほ)、全身全霊を以て無双させていただきます!!」