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リアクション
「ふむ……これでしょうか」
公園西側の茂みの中で、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が三つ目の箱を発見した。
蓋には、【D:LFNVSJ(A→Z)】と書かれている。
「AがZ……ということは、BがY、でしょうか……すると……」
法則に当たりを付けて読み解いてみる。が、その法則では意味のある言葉にはなりそうになかった。
「では、AからZ……アルファベット順に並べると言うことでしょうか」
頭の中で並べ替えてみるが、しかしそれでも意味が通らない。むう、とザカコは口を結び、頭の中で法則性を見つけようとアルファベットをこねくり回してみる。しかし、どうもこれというパターンが見つからない。
「ううむ……これは、難しく考えすぎているのかもしれませんね」
ザカコは一度、箱の蓋から視線を上げて、今までの思考を頭から追い出そうと努力する。
出来るだけ、シンプルに。A→Z。AからZ、ではなく。では、何だ。
AをZにする。でも、BはYではない。
最初と最後、以外の、AとZの関係――いや、最初と最後、そうか。
「一つ戻して読め、ということでは……!」
新たなとっかかりを見つけることが出来たザカコは、期待と不安と焦りとが入り交じった思いで謎の文字列に視線を戻す。
Lの前はK、Fの前はE……と慎重に一つ一つアルファベットを変換していくと……
「K、E、M、U、R、I……けむり……!」
本当に合っているのか一抹の不安が有りながらも、一応意味の通る言葉にはなる。ザカコがその答えを口にした、その途端。
ぱんぱかぱーん、とどこか間抜けなファンファーレの音がして、ぱこっと箱の蓋が開いた。中にはやはり一枚のプレート。
三つの小さな正方形がまっすぐ縦に三つつながっていて、上から順にけ、む、り、と一文字ずつ彫り込まれている。
「さて、これをどうするかですね……」
大時計の長針は、そろそろ3の上を通り過ぎようとしている。
「ひとまずは、九条さんのところへ行ってみるべきでしょうか」
ザカコは、情報を集めようと行っていた知己の顔を思い浮かべる。そして、集合場所になっている大時計に向かって歩き出した。
残された、【E:A■D=と、+■}=け、W■R=い のとき、 1■3、S■F、F■H、P■{、J■L、G■J、U■O】と刻まれた箱を発見したのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
「どこかで見た配列だね」
その文字列を一目見た瞬間、詩穂は何かが心に引っかかった。アルファベットの組み合わせの中に唐突に出現する+や{といった記号や数字、その組み合わせ。
「そうか、キーボード!」
標準的なキーボードにおけるアルファベットの配列――一般にQWERTと呼ばれる配列では、「A」と「D」は「S」一文字を挟んで、「+」と「}」は「*」一文字を挟んで並んで居る。さらに、日本語キーボードであればそこに平仮名も書き込まれているはず。詩穂は必死に平仮名とアルファベットの対応を思い出す。が、平仮名は普段意識していないので、なかなか一筋縄では思い出せない。
「日頃かな入力をして居ればー!」
じれったさに詩穂は叫ぶ。携帯で画像検索をしようにも電波が繋がらない。携帯のキーボードは、PCのそれとは微妙に違うし。生憎、今日はパソコンやHCの類いは持ち歩いていない。解ったのに、と詩穂が地団駄を踏んでいると。
「どうかしましたか?」
丁度そこに、大時計を目指していたザカコが通りかかった。
「あっ……あの……えっと、まさか都合良くパソコンなどの類いを持っていたりしませんか?」
「え? ええ、これで宜しければ……」
そう言ってザカコが差し出したのは左の腕――に装着された、籠手型HC。
「まさかー!」
詩穂は瞳を輝かせて飛び上がる。そして、ちょっと失礼します、と断って、ザカコのHCに搭載されているキーボードを覗き込んだ。
1と3の間、SとFの間、と手際よく平仮名を拾って行くと。
「ふしぎのくに!」
ぱんぱかぱーん。
詩穂の声に応えるように例のファンファーレが鳴り、箱の蓋が開く。
きょとんとして居るザカコにざっくり謎のあらましを解説しながら、詩穂は中のプレートを拾い上げた。
小さな正方形が縦に四つ繋がったものの、一番下のマスの左にもう一つ正方形が繋がって、さらにその下にもう一つ。合計六個の正方形がクランク状に並んで居る。そして、上から下に向かって順番に、「ふしぎのくに」。
「やはり、これを集めろということかしら」
「多分そうでしょう。友人達が時計塔のところで情報交換をして居ますから、行ってみませんか?」
ザカコが懐から取り出したプレートを見て、詩穂が提案する。そしてふたりもまた、時計塔に向かって歩き出した。
公園中央に出現した巨大な時計塔――その足下では、お花見が開催されていた。
……もとい、正確には「九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)が中心となり、情報共有の場が持たれていた」なのだが、集まった面々は元々バーベキュー(意訳:宴会)の予定で公園を訪れていたらしく、結界に閉じ込められても尚その予定を貫いているので、ぱっと見は完全にお花見だ。
源 鉄心(みなもと・てっしん)と屋良 黎明華(やら・れめか)の二人など、先ほどまで傾けていた酒の杯を手放していない。一応二人とも、「挑戦状」の用紙は覗き込んでいるようだが、どれほど頭が回っているのか。
「あっちはあっちでやらせておこう。シートの上は好きなように使っていいよ。筆記用具なんかも、みんなの荷物からかき集めておいたから」
それでも、ローズが大時計の周囲に居た人々に声を掛け、少しずつ人が集まってくれば情報の交換は自然と行われる。
「お疲れ様。謎は解けた?」
そんな最中、他のプレートを探してか、はたまた匂いにつられてか、最初にやってきたのはかしことシェスティンのふたりだった。
「私はどうにもこういうなぞなぞは苦手でね、後方支援に回らせて貰うよ。疲れを癒やして、ゆっくり考えていって」
「あんまりゆっくりもして居られないみたいだけど、そうね、落ち着くのも大事ね」
目の前のあんまりにも長閑な光景に最初は面食らったかしこ達だったが、すぐに頷いて、お花見――もとい情報共有の輪に加わった。