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―アリスインゲート2―

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―アリスインゲート2―

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「妙なことになっちまったな……」
 装輪装甲通信車を走らせ、恭也が呟いた。轍の水たまりがはねた音。外はなおも雨。
 後方の荷台には商業都市で拾った唯斗とラビットフット。自分たちのターゲット。
 本来ならラビットフットたるレイラ・ザネ・フォールを捕まえた時点で彼の彼らの仕事は終わるはずだった。極めて明瞭な事件(クリアケース)として。それが今は複雑な事情の下で面倒な事(ホットケース)になり始めている。しかも焼け焦げそうな臭いまでする。
 唯斗曰く、「この人を軍に渡すのはまずい」らしい。むしろ、今こうやって脱走者を匿っていることがまずい気がする。
 苦いものを口にする前に、些か聞いておこう。
「あんたが戦略兵器を持ち逃げした研究員だよな? 今もそれを持っているのか?」
「……どうおもう?」
「そんなようには思えないな」
 荷台に乗るときの彼女に兵器らしいものを持っている気配がない。これで懐にデイビー・クロケットでも持っていたら運転しているこの状況が怖すぎる。
「恐らくだが持っているのはおまえじゃない。別に不思議じゃないだろう? ラビットフットが二人いても」
「かんがいいわね……」
 そしてラビットフットがおしゃべりを始める。
「あなた達は兵器って言葉から何を連想する? 銃、砲門、剣、爆弾。色々出てくるわよね。巨大で破壊力があって、殺傷力がある。そんものを。でも大きさは問題じゃない。むしろ小さくても非常に危険な兵器もたくさんあるわ。細菌兵器はその極小かしら。戦略兵器スティレットはその研究と用途自体が軍事的戦略となり得る兵器――それを説明するにあたって、この世界の人がどのような遺伝子を持っているかを解く必要があるけど、異世界人のアナタならもしかしたら知っていることだけど。この世界の人間は元々存在した人間と、あなた達の世界から渡来した人間を祖先に持つ人間がいる。オリュンズ地方に住んでいたのが後者ね。あなた達は不思議な力が使える人間が多い。それは人種的なものによるところが大きいはず。昔に渡来した彼らもそうだったはずなの。しかし、長い年月でその血統は他種族を交えて薄くなり、力は使えなくなった。でも、薄くなっても確実にその血筋を受け継ぐ人間がこの世界には残っている。DNAの奥底に、能力を使える螺旋配列は存在するの。それが存在することは、突発的にその因子を発現してしまう人間が生まれてくる可能性があるってこと。いいえ、生体技術の真髄を集めれば、因子を持っている人間は誰でも力を使えるように成るはずなの。そうでしょう? あなた達も同じ事をやっているのだし――でも、そんな生体実験的な研究を軍が行なっているなんて公表できると思う? だからこそ、研究の被験体は部品であり開発品であり兵器という名を与えて物として管理する必要があった。わたしが逃したのはソレ。
――つまり空軍技術開発局開発軍事的特殊戦略兵器カテゴリーF―code020712―スティレットは“パラミタから来たティル・ナ・ノーグ人の先祖返りとして能力を発現した人間”とその強化結果……生み出された最初の怪物のこと」
「……生体実験の果てに出来た怪物(ジャバウォック)。あんたはその怪物に同情したと? わからなくもないが、それでおまえはその怪物をどこに逃したかったんだ? 【ノース】ってわけじゃないだろう? あそこはESC社のように生体実験にホットなスポットがあるぞ」
 難民を連れ去って解体し脳詰め。
「逃したかったのは【ノース】じゃないわ。もっといいホットスポットよ。あなた達のよく知っている怪物でも差別されない場所」
 すなわち、亡命の希望先は――パラミタだ。
「話は大体見えたが、とりあえずはおまえをホットケーキがある場所(パーティー)に送ろう。いまあんたを匿える場所はあそこしかないからな」
 轍をなぞり車は【ノース】の国境を超えた。