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名もなき声の囁き

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名もなき声の囁き

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発見と帰還


そんな頃、エースとのるんはこの保護区の森の中で長老と草花に呼ばれる大樹の前へと来ていた。

「わぁぁー! 大っきーね♪」
「この辺で僕達の調査範囲は終了だな。 協力ありがとうラグランツ…って聞いてるか?」
「すみませんアレンさん。 今あの樹と話してるみたいなのでちょっと待っててください」
「まぁ! 樹とお話しされることが出来るのですね、すごいです」

小花の感嘆を他所に、エースはじっと大樹を見つめていた。

≪お前達のいう【禁断の果実】…それは確かにここにある。 じゃが、これはお前達には過ぎたるもの。 引き返せ≫

「教えてください。 一体それは何ですか?」

≪この森が育みし命の秘宝、じゃ。 人が必要以上に喰らえば死の道を閉ざし老いを失うじゃろう≫

「そんなもの……まさか、ライフ・シード?」

≪そう呼ばれていたやもしれん。 かつてわしらはシャンバラの民の傷をその実で癒し、代わりに民は尊敬をもってわしらを育てた。
 だが、ここに地球人が来てからはそれも変わってしまったわい≫


一部の国家がパラミタの開発で優位性を持つことや侵略行為を画策し、保護区に指定されたこの森を利用して秘密裏に施設を作ったこと。
そのためにどんな傷でも治すというライフ・シード(命の実)を使い、不老不死の人間を作り上げようとしたしたこと。
実を採取するための乱獲で森が荒らされ実は激減してしまい、さらに研究の廃棄物が原因となり、森の動物たちの一部が魔物と化したこと。


エースは長老の話をただただ驚きながら聞くことしかできなかった…

「こんな美しい森の中で、そんなことが……」

≪長老、1人だけですがあそこを出られた者がいるようです≫
≪……そうか≫

「知らぬこととはいえ、俺達のせいでこの森の大切がものを失われたことには変わりない……」

エースの瞳から一筋の雫が流れ落ちた……

≪……わしの声を聞き入れし人間よ。 わしの根元に寄れ≫


大樹のいうがままに近寄ると、頭上から2つの木の実が降ってきた。

「これは!?」

≪…わしが最後の生き残りなのじゃ。 1つはお前の敬意へ応えるものとして、もう1つは命の芽吹きにこの実が使われると信じて、お前に託そう≫

そよ風を感じエースが振り向けば、そこにはエオリアが作ったカモミールの王冠をつけ嬉しそうにはしゃぐのるんの姿があった。

≪その幼き姿を見れば…… かつてのシャンバラの民と同じように、わしらと人間が想いやりあえる日が来ると、信じてみたくなるものじゃ…≫


エースが語り掛けても、長老は答えることがなかった。 どうやら話し疲れてしまったらしい。
一行はコテージへの帰路へつく。 エースのポケット中では2つの木の実が握りしめられていた。

「止まれ!」

しばらく歩いていると、エース達の前に立ちふさがる人影があった。 ……カルとドリルだ。 カルはドリルから【機関銃】を奪い突きつける。

「おいカル! そこまですることもないだろう?」
「ダメだよ、【禁断の果実】は危険なものに決まっている! ……突然銃を突きつけてすまない。
 そこの赤髪の方、先程ポケットにしまったものを出してもらえないか?」
「……何を頼むにしても、このやり方は紳士的じゃないように思うけどね……どうだ?」
「我ながら問題があるとは感じているが、危険に巻き込むわけにはいかない! 教導団である僕が責任をもって管理するんだ!」

「…なら、この会の一引率教員である私が責任を持つわ。 とにかく、その銃を降ろしなさい」

カルの背中を、ジヴァのプラズマライフルはしっかりと捉えていた。

「イーリャ、正臣から入電。 発見した施設から脱出、ジョバンナ達も無事らしいわ。 ついでに言うとあの声も聞こえなくなった」
「分かったわ。 さて、皆取り敢えずコテージに一緒に来てもらえるかしら?」





――――――――――――――――――――――――――――――





灯火

「おっ、戻ってきたな!」
「おかえりなさいだねぇ、皆さん」

昶と北都が、正臣達の帰還を出迎える。 2人の尽力のお陰で、調査もほとんどが終了していた。

「残っている調査区域は他の人に手伝ってもらえるよう話しておいたから、安心してねぇー」
「そら、俺達特製薬草スープだ。 飲んどけよ」
「薬学の心得があったとはいえ、ここはすごいねぇ。 僕も見たことがないような薬草が一杯あって。 久々にワクワクしたよー」
「ああ、多少魔物に襲われたりはしたがな、なぁ明志?」
「全くだよ、いい加減にしてくれってんだ」

北都達の調査中、明志と蓮は猪の魔物から逃げている最中だった。

「植物を見に来ただけなのに急に襲い掛かられたらたまったもんじゃないじゃんか?」
「まぁ、2人に出会って助かったな。 2人に出会わなければ……
 あんなスピードで迫られてるものに振り返って対処するのは、一苦労だったろうからな」
「だよなー、そんで、その猪の足にこれがついててよ?」

明志が持っていた機械を見て吹雪が声をあげる。

「あっ、それは自分の電磁トラップ!?」

吹雪は明志から物を受け取る。

「これはクマとかを捕獲するのに使うもので、かかった獲物はまず自分ではこれから抜け出せないであります!
 おまけにボタンを押せば電流が流れる仕組みでして」
「じゃあ、あたし達が止める前に吹雪が何度かボタンを押していたのって…?」
「間違ってこれのボタンを押してしまったのであります」
「つまり急に暴れだしたのは、その猪が吹雪のトラップに引っかかって電流が流されたせい…ってことね」

セレアナがそう結論をまとめると、吹雪やあははと笑いその場を流そうとする。


「それにしても、ジョバンナさんが無事で本当に良かったですっ!」
「本当、正臣…良かったね」

勇はそういうとスープを一口すする。 優しく慈しむようなルカの目は、正臣をまっすぐ見据えていた。

「かつみ達がいなかったらあの施設すら見つけられないだろうし、あの中でも皆が居なければダメだったよ」
「それはお互い様だろ? あのままなら、俺はその子を見捨てていただろうしな… とにかく、ナオが無事で本当によかった…!」
「かつみさんが前に言ってくれてたから」
「え?」
「かつみさんが前に俺に言ってくれてたから、『何かあったら、呼べ。絶対助けに行くから』って!」
「ナオ…」
「1人じゃないってことだね、ナオも私も。 ねぇかつみ?」
「そうかも…な」

そこにイーリャがカル達と共に入ってくる。

「さて、何があったか詳しく聞かせてもらえる?」




――――――――――――――――――――――――――――――





そこにいた全員がコテージのリビングに集められた。
他の生徒は本来まだ調査時間であるため、人に話を聞かれる心配はない。
ドアを閉めるとイーリャが話し始める。


「今、あなた達は九条先生と魔物退治に向かってケガをしたから治療中ということになってるわ。 正臣君、何があったか話してもらえるわね?」
「はい、施設には……」

ここへ戻る途中、捜索組はそれぞれの道で何があったのか情報を共有していた。
そして、その情報とエースが森で集めた情報が全員の間に共有される。

「つまり、ジョバンナさんとナオ君が呼び寄せられたのは、地下にいた2人の強化人間のテレパシーか何かだったってことでいいのかな?」
「んでそこにいる女の子を目覚めさせるには、果実とやらが必要…だったか?」
「そしてその禁断の果実は、既にここにあるというわけでありますね」
「差し詰め果実の乱獲で強化人間が作れなくなったから薬で代用しようとした…って感じかしらね?」
「薬がうまくいかなければ、環境に適応しているシャンバラ人や動物達の一部を移植したりして適用者を増やそうとしていたのね」
「確かに、彼女には移植されたような形跡もあるね…それにしても、セレンさんって、その恰好なのにマトモなこと考えるんですね」
「その恰好、ってのは余計なお世話よ!」

北都、昶、吹雪、セレン、セレアナ、カンナが情報を整理していく。

「だけど私達契約者の数が増えて、次第に手間のかかる、死なない強化人間を量産する必要がなくなりあの施設は放棄された…
 でも人間たちが居なくなっても、命令を受けていた強化人間達は命じられたままに研究を続けて……。
 教師として、医者として、私はまだまだ勉強中です。 でも、人として彼女をこのままにはしておけないわ!」
「それでも! そんな施設で研究されていた存在が、安全だと言えるんでしょうか? 怪しい薬も開発されていたんだろう?」

九条の言葉にカルが力強く反発する。

「禁断の果実、地球にもそんな名前の果物が出てくる話があるのを、皆さんは知ってるかい?
 その物語の中での「禁断の果実」、つまり「ものの言悪の尺度を自分で考えて規定してしまう力を与える『智恵』の果実」を口にした人間は、
 妻と共に楽園を追われ自ら耕さねば食えずやがて老いていき死すべき存在となった…… 僕は個人的には、不老不死とかそういう
 能天気な楽園観は持たない。けれど誰かが【禁断の果実】と名付けて人に、それを取り扱うことを避けさせようとしたについては
 何らかの意図があるんだろう。 ロクなことを人にもたらすものじゃないと思うな、多分」

周囲の視線を感じてか多少ヘタレそうになるカルであったが、自身の正義感からくる真剣な表情に変わりはない。

「確かに、そんな怪しい研究所から連れてきたんなら、その子を目覚めさせたら暴れだすかもしれない…っていうのもあるんじゃねぇか?」
「少年の言うことは十分考慮できる話だな。 もしかしたら、その研究所にいた動物達のような
 異常な改造がなされていたり、能力と引き換えに理性が破壊されている可能性もある」
「カプセルに入っていたとすると、あのイコンや地質、環境の事、ありとあらゆるデータがその子の中に入ってると考えるのが妥当だ。
 あれをもし軍事利用するようなことになれば大変なことになる」
「ユウやナオ、ジョバンナが影響を受けたのはその子の【精神感応】とも【テレパシー】ともいえる能力の影響が
 強すぎたからとも考えられるだろうね。 本来これらは、契約関係でなかったり顔を知らぬ者同士ではそこまで影響しないはずだろう」

明志、蓮、ダリル、フエンは事を冷静に分析する。

「そう、このまま眠らせておくのが彼女にとって一番幸福なはず!」
「劣等種の分際で…」

カルの言葉にジヴァが小さく声を漏らす…

「確かに、彼女は普通の人間じゃないのかもしれないわよ。 でも何でそれを決めるのが彼女じゃないわけ!? カル・カルカー、
 あんたの知ってる話1つで世界をくくるんじゃないわよ! 強化人間も1人の人間、改造されてようがなんだろうが生きる権利があるはずよ!」
「ジヴァ! 少し言い過ぎだけど、私も言いたいことは同じね」
「俺もです! 俺に語りかけてきた2人が言ったんです! あの施設が崩れ去る瞬間、
 ≪妹を宜しく≫って…! 助けられるなら、みんなで幸せになればいいんです!」
「そうですわね。 私も魔女としての自分を誇りに思ってますわ。 そしていつだって魔女はきまぐれなものですわ……
 自分のことも気まぐれに決めれないなんて、それは魔女とは言えませんもの。 でも、それは誰しもに言えることではなくて?」
「この子がどんな力を持ってても、運命は自分で掴み取るもの…! の筈だよ!
 私達が助けるんだから、私達が責任を持って彼女を見守ればいいんじゃないでしょうか!?」
「教導団に協力を仰げば、それも十分可能だと思う。 ルカもこのまま見殺しにしたくなんてないもの!」

イーリャ、ナオ、エリシア、歌菜、ルカがそれに続いた。

「この木の実は…今や図鑑にしか載ってないライフ・シード。 俺はこれを託された時、確かに言われたよ。
 ≪命の芽吹きにこの実が使われると信じて≫ってね…」
「あの施設では、多くの命が犠牲となってしまった…せめて、この子だけでも救ってやるのが我らに出来ることじゃないのか?」

エース、巽も同様だ。


「でも、でも!」
「あのぉ〜〜〜! のるんちゃん分かんないだけどー、その寝てる子を起こすか起こさないかなんでしょ?
 寝てるんだから起こせばいいとのるんちゃん思うー♪」
「ああ、のるん様!? 今は皆様大切なお話をされていて…」
「だってー、のるんちゃんはそう思うもん!」
「のるんが口を挟んですまないな。 だが、同感であるとだけは、付け加えせてもらおう」

のるんを連れて小花とアレンが退出する。 だが、カルにはそのショックが大きかったようだ。

「な、なんで、みんな……」
「カル、細かい事ぁいいんだよ。 別に誰も間違ってるって言ってるんじゃない。 ただ、それぞれが思うことを言ってるだけだ」
「問題は、ハサミと同じく使い方だろう? 智恵を上手いこと使いこなせないヤツ、正しく使えないヤツのものになるのは防いだ方がいい。
 智恵だろうが力だろうが命の果実だろうがだ。 人が獣と異なる点は、言葉を持ち智恵を持ってるところだろう?
 この子に理性があるなら正しく使いこなせるさ。 もしないならオレ達が教えてやればいいだろう?」

羽純、そして相棒のドリルに言われ、カルも言葉をなくす。
結局この他には反対する意見はなく、彼女を目覚めさせることとなった。
エースから実を預かったエオリアが、殻を砕きエキスを彼女の口から注いでいく…

黄金色のエキスが全て注ぎ終わると、その眼はゆっくりと開かれていく。

「……ありがとう」

「どうやら普通の会話は出来るようですね」
「こうして見りゃ普通の女の子だな」

エドゥアルトとかつみが感想をもらした。

「私は創られし者。 でも、この恩は忘れない」
「お名前は……あったりしますかっ?」
「まだない。 貴方は?」
「あっ、僕は勇、榛原勇ですっ」

勇に続いて正臣達も全員自己紹介をする。

「覚えておきましょう」

そう一言残すと、彼女は一瞬にしてどこかへ消えてしまった。

「……とりあえず、これで一件落着ってことになるかな?」

驚く正臣達。 こうして、保護区での行方不明事件は終わりを迎えることとなる。 2人の救出と、新たな命の灯火が1つともるという結果を残して…