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悲劇の歴『磔天女』

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悲劇の歴『磔天女』

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7 
 那由他と彼方の金縛りはまだ解けない。白塗り人間と対峙しているフレンディス、レティシア、ベルク。そして秋日子、シズ、フィーネだったが、ようやくシズの呪詛祓いが成功したのを見て歓喜した。
「おお〜、遊馬くんさすが!」
「けど、100人にかけて1人しか成功しないとは、なかなか骨の折れる作業だ。こんなん続けてたら俺ぽっくり逝っちまうよ」
「い、いやいや! 嫌ですそんなことでにーさまが死ぬなんて許しません! もし逝ってしまったのなら私も死んであの世でもう一度にーさまを殺しますからっ!」
「フィーネさんそれ色々と危ないから!」
「しかしこれで、相手が霊であり明倫館の学生であることが確信出来たな。つー訳でフレイ、レティシア。彼らを潰すのは御法度だ」
「……分かりました。マスターがそう言うのなら」
「不愉快だ。ベルク、後で主を斬ってやる。そう震えるな、滾るこの思い、貴様には止められぬぞ……!」
 しかし、長時間白塗り人間の相手をしてきたフレンディス達の体力は消耗し続けて動きが鈍くなってきている。このままではいずれ――そういう考えがよぎった時。目の前の白塗り人間達の頭から一斉に白いもやが抜け出て、明倫館の学生に戻って倒れた。
「フレンディスさん、レティシアさん、ベルクさん! 秋日子さんとシズさん、フィーネさんも! ご無事ですか……?」
 駆けつけたのは悲哀と華摘だった。同じ明倫館の学生の姿を見て、フレンディス達は安堵する。そして学生達を見た。
「その子が華摘さん? 無事だったんだね! 良かった……」
「秋日子さん達もご無事で何よりです。白塗り人間達への対抗策が見つかりました。……舞うのです」
「舞いを……?」
「みんなの分の舞扇ならここにあるわ。心を込めて舞えば、必ず霊に届くはず。他の舞い人達も、あちこちで舞ってくれている。お陰でたくさんの学生が元に戻ってるわ」
「あのお方も、舞いで鎮められるのでしょうか? 那由他さんと彼方さんの金縛りは、未だ解けておりませぬ」
「金縛り? そんなことをする白塗り人間がいるのかしら。彼らは物理攻撃しかしないはずだけど」
「そ、それは……」
「まぁまぁ、その他のことは後で考えよう。今はひとまず白塗りさん達を元に戻すことが先決だよ! って言っても私、舞い人さん達みたいには舞えないよ?」
「大丈夫。心を込めて舞えば出来ます」
 華摘が差し出したのは赤の扇。秋日子は目を丸くしたが、力強く頷いて舞扇を手に、白塗り人間の元へと駆け寄っていった。フレンディスも紅の地に黒をなぞらせた舞扇を、レティシアは舞扇の代わりに剣を握りしめて秋日子の後に続く。
「俺は引き続きここで護衛をする。フレイ達なら出来ると信じているからな。あの舞いをもう一度見れるとは、不幸中の幸いってか?」
「にーさまは舞わないの?」
「俺は囃子方で舞い人サン達をサポートする。舞いは音楽があって引き立つものだからな」
 シズはニヤリと笑うと、笛を唇に当てて息を吹き込む。【悪魔の調べ・風の音】により、その音色は『夏雫』の囃子と変わらないものとなった。
 伝説の舞いが、新たな風を受けて、今再び蘇る。
 


 白塗り人間の数は、今や1000人少し。それらを取り囲むようにして、舞い人達が集まった。
【記憶術】で『夏雫』での舞い人の動きを鮮明に覚えているルカルカが、秋日子と共に舞扇を閃かせる。ひらひら、ひらひら、楽しそうに。ぴょんと跳ねて、くるりと回って。黄と赤の明るい色が霊の荒らぶる魂を鎮めていく。
 続いてレティシアが剣による演武を披露し、鋭く白塗り人間を睨みつける。気迫に圧倒され、力強さに魅了される。
 フレンディスとマリエッタは魔になりきって、彼らの心情に自身の心を結び付けていく。悲しい魔の気持ちは人間には分からない。自身の殻にこもる白塗り人間達は、フレンディスとマリエッタの舞いによって徐々に心を開いていく。……自分達の気持ちを分かってくれる人間もいるのだと。
 最後に、悲哀とゆかりが進み出て。互いに舞扇を優しくなぞらせ、慰める。宮中の王子と姫、装いは違えども優しさ溢れる姉弟の舞いは全てを洗い流すかのように美しく、白塗り人間達は攻撃を止めた。
 舞いが終わって束の間の余韻。白塗り人間達の頭から一斉に白いもやが出て、身体がその場に倒れた。……白塗り人間の数は、あと100人。


 救出された学生達を護衛する社と終夏、サイアスとルナ、ウィルの元に、白塗り人間達が寄っていた。どうすれば良いか――悩む社達の元へ、くるくると何かが宙を舞ってきた。慌てて受け止めるとそれは舞扇と刀。社と終夏はピンとひらめいて、白塗り人間の前へと出る。
「日下部さん、五月葉さん。一体何を……?」
「いいから見とき。今からアス達にとっておきのモン見したるわ」
「ふふ、久しぶりだね、やっしー。まさか『コレ』が対抗策だったなんて」
 終夏は楽しそうに告げると、淡い水色に金の粉を散らした舞扇をぱっと開いた。この舞扇には見覚えがある。否、ずっと一緒だった。……私は、河川の氾濫を鎮めた巫女。そして今は、荒らぶる魂を鎮める、巫女だ!
 巫女の舞いは激しくも、一途な優しさがあった。必死に鎮めようとするその想い、守るように社が刀を構える。俺は武士、愛する女を守る男や。そして今は、敵から大切な仲間を守る男や!
 刀の演武は荒らぶる魂をはっと目覚めさせ、自らの過ちを気付かせた。後ろでサイアスとルナ、ウィルが2人の舞いを見ている。圧巻。それしか言葉が出てこない。
「あなたも舞ってみる?」
 気付けば、サイアスの隣に華摘がいた。サイアスはぱちくりと瞬いて、それから首を横に振る。
「黒くて長い髪。あなたが華摘さんですね。……僕は『夏雫』を見ることが出来なかった。日下部さんや五月葉さんのような、凄い舞いなんてとても僕には」
「舞いに必要なのは」
 ルナとウィルの肩を抱き寄せ、華摘が笑いかける。
「心。何だっていい。誰かを助けたいとか、楽しみたいとか、暇つぶしに舞ってみたいとか。誰にだって出来る、素敵なものよ?」
 華摘から差し出されたのは、白地に金をなぞらせた舞扇。ルナには黒地に金、ウィルには茶に金がなぞらせてあるものを。サイアス達は受け取って少し悩んだ後、社と終夏の間に入り、舞扇をひらひらと閃かせた。
 白塗り人間達は無力化し、学生へと戻った。――これで学生に乗っ取った霊は、全て昇天させることが出来た。