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ナスティ・ガールズ襲来

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ナスティ・ガールズ襲来

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児童施設 その2


 こちらは再び児童施設内。
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、トイレを捜査していた。
「隠れられそうな場所って限られているものね」
 そう言って彼女はトイレ周りを重点的に調べていく。
「子供たちが実験の対象になって、苦しんでいる……。正直、許せませんね」
 同伴する高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)は静かに憤慨しながら、パートナーといっしょに構成員を探していた。
 彼女たちは『こどもの家』を経営しているため、今回の騒動はとても他人事だとは思えなかった。なんとしてもこの児童施設を守りたい。それにはまず、情報を知っている構成員を見つけることが不可欠である。
「職員用の個室とか、掃除道具入れって、隠れるのに最適じゃないかな」
 ネージュはトイレのなかを見回しながら言った。
「子供用の個室だって扉がちょっと低めなだけで、背を低くすれば隠れられるし」
「そうですね。でも、ねじゅちゃんの背丈では、外から個室を覗くことはできませんから。必要ならすぐに私を呼んでくださいね」
 水穂がパートナーに優しく語りかける。幼児体型であるネージュは、いくら背伸びをしても扉の向こうを確認することができない。
 危険がありそうな場所は、水穂がフォローするつもりだった。
「あ……。ちょっと催してきたかも」
 ネージュは身をすくめながら、もじもじしはじめる。彼女は超がつくほどの頻尿体質なのだ。探す場所にトイレを選んだのは、その体質も一つの理由であった。
 用を足しに、個室へと向かったネージュ。
 と、彼女は扉の向こうから、何やら気配を感じた。
「――だれか、いる」
「ねじゅちゃん、待ってください。私が確認しますわ」
 水穂がパートナーを制すと、扉に近づいていく。耳を添えると微かに人の吐息が聞こえてきた。
 上から覗きこんでも、ちょうど陰にひそんでいるのだろう。見つけることはできなかった。
 それでも、この個室に何者かがいるのは確実だ。
 ふぅっと息を吸い込んでから、水穂は勢いよく扉を開けた。
「覚悟なさい!」
「…………………………ほえ?」
 個室にいたのは、鏖殺寺院の構成員ではなく、目覚めたばかりのいたいけな少女であった。

 少女の正体はアクワシア・クワシ。彼女は先日おこなわれた人体実験における、被験者の一人である。
「あ、あのね。わたしは、こーせいいんっていうのを、つかまえようとおもったんだけど……。こわくなって、ここでかくれていたの」
 アクワシアはたどたどしい口調で、個室に身を潜めていた理由を説明した。隠れているうちに、いつしか眠ってしまったという。
「そうだったんだ。まあ、無事でなによりだったよ!」 
 さりげなく用を足し終えたネージュが、アクワシアに微笑みかける。
 構成員は見つけられなかったが、こうして子供をひとり守ることができた。そのことに、彼女たちは満足していた。
 はじめのうちこそ戸惑っていたアクワシアだったが、すぐにネージュと水穂に親しみを覚えたようだ。さすがは、こどもの家の経営者と保育士である。
 ネージュの外見年齢が、アクワシアとさほど変わらないことも、彼女を安心させたのかもしれない。
 さらにアクワシアは、水穂の尻尾が大変気に入ったようだ。
「わー。このおねぇちゃん、もふもふだー」
「あらあら」
 尻尾にじゃれつくアクワシアを、水穂は、聖母のような笑みで見つめていた。



 ところ変わって、こちらは工作室。
 富永 佐那(とみなが・さな)エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)は、いの一番にソフィア・ドストエフスカヤの保護に向かった。
 情緒不安定になったソフィアは、虚ろな表情で入り口付近に立ちすくんでいた。そんな彼女に、ふたりは優しく語りかける。
「ソフィアさん。貴方は何よりも大切な――私たちのсемья(セミーヤ)です」
 セミーヤ。それは、ロシア語で『家族』を意味する言葉だ。
 我を失っていたソフィアだったが、母国語の懐かしい響きによって、瞳には少しずつ輝きが戻っていく。
 エレナは【リヴァイアサン】をいつでも召喚できる構えで、工作室のなかを見渡した。どうやら構成員の姿は無いようである。
 警戒を解いたエレナの顔は、なおも険しいままだった。敵を見つけられなかったことの苛立ちではない。
 今回のような所業を平然と行う、愚かな構成員たちへの憐れみで、胸が張り裂けそうだったのだ。
 罪を背負った者たちは、やがて罰を受けるだろう。その時、せめて告解の言葉があるようにと、エレナは願わずにいられなかった。

「貴方は、私に無いもの……超能力を持っています」
 そよ風のように穏やかな口調で、佐那はソフィアに語る。
 自分が天御柱学院に入った時、全く超能力が使えなかったこと。その才能も皆無とされ、超能力科の試験を受ける事すら許されなかったこと。
「力がないことを受け入れるには、覚悟が必要です。しかしながら、貴方のように与えられた力を受け入れるのも、同じように覚悟が必要でしょう。ソフィアさんが自身の力を忌むべきものと考える、その気持ちは良くわかります」
「……わかっているのなら、私を殺してください」
 ソフィアは伏し目がちに呟いた。
「私はときどき、自分が誰なのかわからなくなるわ。いつか誰かを傷つけてしまいそうで……それが、とても怖い」
 彼女はかつて、暴走した母親が父を殺したその瞬間を、目の前ではっきりと見た。
 いずれ自分もそうなるのではないか。そんな不安に、彼女はいつも怯えているのだ。
「聞いてください、ソフィアさん。たしかに力は人を傷つけてしまうこともあるでしょう。でも、使い方を間違えなければ、力は人を救うこともできるのです」
 佐那は、ソフィアの小さな手のひらを握った。
「――貴方になら、それができると信じています。たとえできなくても心配いりません。私たちが、貴方を守りますから」
 エレナもまた、彼女の手のひらを握りしめた。
「大丈夫ですよ、ソフィア……。мать(マーツィ)は、ずっと貴方の傍にいます」
 マーツィ――『お母さん』という母国語の響きが、ソフィアの閉ざされた心を開いていった。
「私の……マーツィ……」
 佐那とエレナを見つめながら、ソフィアは囁いた。彼女の瞳によどむ不安は消えていく。
 傷ついた強化人間の少女を、優しさに裏付けされた二人の力が、こうして救ったのである。



「やはり児童施設を狙いましたか……」
 施設へ駆けつけるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、沈痛な面持ちで呟いた。
「マスター。私は鏖殺寺院を決して許せそうにありませぬ」
「ああ、俺だって許す気はねぇよ。だがなフレイ。憤りを晴らすのは、この阿呆みたいな核テロ騒動が解決した後だ。目的を見失うなよ」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の忠告に、彼女は頷いた。
「解っております。――今は時間勝負故、急ぎましょう」
 彼女は施設に踏み込むと、最も狙われそうな二階の子供部屋へと向かった。
 子供たちが狙われる可能性。それを危惧しておきながら敵の侵入を許してしまったことに、フレンディスは少なからず責任を感じていた。
 もっとも、下着姿の核テロリストによる襲撃など誰が予測できようか。彼女を責められる人間などこの世界に存在しない。
「ご主人様! 捜索ならばこの『超優秀なハイテク忍犬』たる僕にお任せ下さい!」
 豆柴の忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が、小さな胸(豆柴のなかでは大きい方だが)を堂々と張った。
 緑の首輪を誇らしげに見せつけるポチは、ハイテクを自称するだけあって、なかなか高性能な情報捜索スキルを持っている。
「はい。お願いいたします」
 フレンディスが信頼の眼差しでポチを振り返ったとき。その後ろに、ターバンを巻いた端正な顔立ちの子供を見つけた。
 それは、フレンディスらによって人体実験から救い出された性別不明の子供、ジブリールであった。
「マスター!」
「ジブリールさん! ご無事でよかった……」
 駆け寄ってくるジブリールを、フレンディスは思わず抱きしめた。
 家族のように大切なジブリールの無事を知り、彼女の表情には一転して笑顔が戻る。
「駆けつけるのが遅くなり申し訳ございませぬ。無理をさせてしまうのは承知の上ですが、ジブリールさんのお力をお借り致したく。私たちとご一緒して頂けますか?」
「もちろんだよ。マスター」
 そう言ってジブリールは、あどけなさの残る笑顔を見せた。

「……ところで、そこのターバン」
 ポチはなにやら不満そうな顔つきで、ジブリールに告げた。
「お前がご主人様の弟子ならば、僕の弟子でもあるのですよ?」
「ん。なんだこの、変な犬」
「変な犬とはなんです!」 
 ジブリールのつぶやきに、憤慨したポチはわめき散らす。
「僕は超優秀なハイテ……」
 暴れる豆柴を、ベルクが冷静に制する。
「おいおいワン公。時間がねぇんだから、無駄口たたいてる場合じゃねーぞ」
「……ふんっ。覚えておくですよ、そこのターバン。あとでみっちりと教育してやるです!」
 ポチは不満そうな顔のまま、そう吐き捨てたのだった。



 フレンディスたちが二階を捜査していると、ポチの【超感覚】が構成員の存在をキャッチした。
 しかし、その反対方向の廊下では、シュリー・ミラム・ラシュディ(しゅりー・みらむらしゅでぃ)が罠をしかけていた。音楽室から調達したピアノ線を廊下に巡らせているのだ。
 シュリーのトラップは、構成員を捕まえるためではなかった。一階から上がってくる食人族の群れを迎え撃つためである。
「シュリー姐さん!」
「……あら、ジブリールじゃない」
 彼女は振り返ると、艶然と微笑んでみせた。シュリーもまた、先の《蠱毒計画》において、フレイと共闘してジブリールを救ったのだ。
 シュリーの実力からすれば、半分に減った食人族の群れはさほど恐れる相手ではない。しかし、かつて命を救ってくれた恩人を見過ごすなど、ジブリールにはできなかった。
「――行ってあげてください。ジブリールさん」
 フレンディスが、ジブリールの背中を優しく押した。
「わかった。……マスターと、マスターのマスターは、構成員を頼んだよ」
「はい。お任せください」
 フレンディスの返事を聞くと、ジブリールはシュリーのもとへと飛び出していく。
「おい! 僕もいるんだぞ、この馬鹿ターバン!」
 ポチの怒鳴り声が、二階の寝室に響き渡っていった。


「ジブリール。ちょっと手を貸して貰えるかしら? 大丈夫よ――ほんの、戯れだから」
 廊下に罠を仕掛け終えたシュリーは、ジブリールと背中合わせになって身構える。
 食人族の群れは、全部で6人。涎をまき散らせながら、わらわらとやってくる。
 シュリーは瞬時に状況を見定めていた。戦闘における五大要素。地の利。時の利。域の利。勢の利。義の利。
 地の利、時の利は、立てこもり待ち伏せている味方側にあった。義の利も、卑劣な敵に正義はないので味方側にあるだろう。
 だが。勢の利は、こちらが立ち直れていない分、敵側にあるといえた。
 子供たちがいる寝室に、飢えた食人族を侵入させてしまうのはマズい。なんとしてもここで食い止めなくては。
「これをお願いね。ジブリール」
 シュリーは、廊下に仕掛けたピアノ線の端を差し出した。これを引っ張ればピアノ線がいっせいに張り巡らされ、食人族を切り裂いていくはずだ。
 シュリーはあえて、無防備な体勢のまま、廊下に佇む。
 彼女に引きつけられた食人族が、唸り声をあげて襲いかかってきたところで――。
「今よ!」
 合図を受けたジブリールは、一気にピアノ線を引いた。透明な糸が食人族を絡めとる!
「うぅぅぅ! がぁああぁぁ!!」
 暴れる食人族へ、シュリーはしびれ粉を吹きかけた。
「うぅ……あぁぁ……」
 全身を麻痺させ無力化されていく、6人の食人たち。ついには、うめき声さえ漏らさなくなった。
 零が送り込んだ不愉快な仲間たちは、これですべて沈黙した。
 勢の利も、味方側へ傾いたことだろう。
「ありがと。上出来だったわ、ジブリール」
 シュリーはジブリールを見やると、もういちど艶然に微笑んでみせた。

 ぴくぴくと痙攣する食人族を見つめるジブリールに、シュリーは訊いた。
「止めは刺さないのね」
「うん。もう、人を殺すのはやめたんだ。マスターと約束したから」
「そう……。いい師匠にめぐりあえたようね」
 シュリーは念のため、【奈落の鉄鎖】を発動させながら考えた。あとは構成員さえ見つければ、残る域の利も味方側のものとなる。
「こいつらの処遇は私がやっておくわ。ジブリールは、お師匠さんのところに行きなさい」
「わかったよ。――ありがとう。シュリー姐さん」
 ジブリールは礼を言うと、構成員を探すフレイたちのもとへと駆け出していった。