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DSSパニック

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DSSパニック

リアクション

「うひゃー、凄いことになってる」
 あちらでもこちらでも火の手やら――爆発音やら雷撃やらブリザードやら真空波やらが吹き荒れる空京の街を、空から見下ろす影ふたつ。
 幼き神獣の子に乗った、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)とそのパートナー、クレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)のふたりだ。
 ふたりはパニックの原因を突き止めようと、空中から様子を伺っていた。
「どうやら、街中で同時多発的にホログラムが出現して居るようですわね」
「何も無しにいきなりホログラムが出てくるなんてありえないと思うのよ。きっとどこかに召喚したり、あやつったりしてる奴がいるはずだわ」
「れ、レオーナ様が……真面目なことを言っている……!」
 街の様子を真剣な眼差しで見回しながらのレオーナの台詞に、クレアは感動の涙を浮かべる勢いで口元を押さえる。どういう意味よ、とちょっぴり不快を露わにするレオーナだったが、しかしまたすぐに真剣な表情に戻り、街中の異常を見落とさないよう、くまなく見て回る。
 ホログラムは街中に散らばっている。とはいえ、有象無象に街を埋め尽くしていると言うわけではなく、数人から十数人程度の規模で固まって出現しているらしい。レオーナはその中でも特に規模の大きい固まりに狙いを定め、神獣の子の鼻先をそちらに向けさせた。
 気付かれないように高度を取って慎重に近づく。が。
「ぎゃっ!」
 あまり上品ではない悲鳴はレオーナのものだ。突然、彼女の鼻先を青白いホログラムがかすめて行く。間一髪でのけぞるようにそれを避け、慌てて距離を取る。現れたのは、レッサーワイバーンのホログラム、に乗った子ドラゴンのホログラム――シー・イー型だ。それも、三体。同じ顔が三つ並んでいると、いかにもゲームの戦闘シーンだ。
「やろうっていうなら、相手になるわっ」
 こちらに向けて威嚇の表情を浮かべるシーのホログラムに、レオーナはふふん、と強気な笑みで答える。そして手にした携帯電話をぴぽぱと操作して、高らかに叫ぶ。
「コールっ!」
 その後ろでクレアもまた、控えめな声でコール、と呟く。
 二人の携帯電話の画面が光り、中空に二つの光の柱が出現した。そして現れたのは、フリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)型とアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)型のホログラムだ。
「ああっ……すばらしい!」
 と、出現した二体の女性型ホログラムを見たレオーナが、感嘆の声を上げる。両手は頬に添え、うっとりとした表情で、出現したホログラムを見詰めている。
「二次元が三次元に! 本当に素晴らしい技術だわ。これはもう、首謀者をとっ捕まえて、触覚まで再現したホログラムを呼び出すシステムを開発させるしかっ!」
「……ああ……やっぱり不純な動機だった……」
 本音だだ漏れのレオーナの言葉にクレアはがっくりと肩を落とす。さっきの感動を返せ。
 襲いかかってくる三体のシー・ホログラム達。しかし、フリューネ・ホログラムとアイリス・ホログラムを連れた二人はひるまない。
「行けっ、フリューネちゃん!」
 レオーナの掛け声の下、颯爽とそれぞれの相棒(型のホログラム)を操り、力任せに襲いかかってくるシー・ホログラムを避ける。間髪入れずにフリューネ・ホログラムが乱撃ソニックブレードを放つと、三体のシー・ホログラムが怯む。そこへ、アイリス・ホログラムが頭部を龍の形に変えて次々と噛みついた。
 決着は一瞬だった。三体のホログラムはぱしゅんと小さな音を立てて消え去る。
「クレア、あそこ!」
 レオーナが叫ぶ。三体のシーが消えた瞬間、物陰に居た三人の男達が手元のHCらしき機械を操作して走り去るのが見えたのだ。
 すかさず神獣の子をそちらへ急降下させる。フリューネ、アイリス両ホログラムも続く。
「待ちなさいっ!」
 立ち去ろうとする男達の進路を塞ぐように神獣の子とホログラムを地面に下ろす。男達は一見何処にでも居る契約者の様な武装をしているが、全員が腕に見慣れない形の籠手型HCを装着している。
「騒ぎの原因はあなたたちね、大人しくお縄を頂戴しなさいっ!」
「なっ……何故お前らが『それ』を連れているっ……?!」
 男の一人が、驚いた様にレオーナの背後に立つホログラムを指差した。おいっ、と別の男が牽制するが、しかし三人とも同様に、レオーナ達がホログラムを連れていることに驚いている様子だ。
「何で……って、結構流行ってるじゃない、DSS」
「流行ってる……だと?」
「とにかく、釈明は警察でやってちょうだい。行くわよ、クレアっ!」
「は、はいっ」
 言うが早いか、レオーナは男達の懐へ突っ込んで行く。その手には、ゴボウ。
「ふ、巫山戯やがって!」
 その余りにやる気の無い武器に男達は逆上してHCを操作する。再びシー型ホログラムが三体姿を現すが、先ほどと同じようにフリューネとアイリスのホログラムがあっさりと葬り去った。
 畜生、と男達が吐き捨てている間に――
「えいっ!」
 地味な掛け声と共にクレアが放った天のいかづちが、哀れな三人の男達に次々と襲いかかる。見事昏倒した男達の尻に、容赦無くレオーナがゴボウを突き立てた。
「ぶいっ!」
 そして華麗に勝利のポーズ。
「レオーナ様、いくら騒ぎの首謀者だからってその仕打ちはその、あまりに――」
 破廉恥、とクレアが苦言を呈した、その台詞を遮るように炎の一撃が二人に襲いかかった。
 振り向くと、別のホログラムがこちらに向かってくる。
 どうやら、ホログラムを使役しているのはこいつらだけでは無いらしい。
 レオーナとクレアは、フリューネ・ホログラムとアイリス・ホログラムに命じて、新たに出現したホログラムへ向かわせる。

 空京内の別の場所でもまた、戦闘が発生していた。
 (レオーナが使役していたのとはまた別の)フリューネ型のホログラムが放った乱撃ソニックブレードが、辺りのザコホログラム――一般生徒の形をしたホログラムたちを次々となぎ倒していく。何体かはそれで消滅し、残った者は高根沢 理子(たかねざわ・りこ)型のホログラムが振るうスレイブオブフォーチュンの前にあえなく消え去る。
「確認させて、これ、やられたらどうなるの?」
 フリューネ・ホログラムを使役していたリネン・エルフト(りねん・えるふと)が自らのナビゲーションに問いかける。
――体力がゼロになったキャラクターはDSS内に戻ります。DSS内で回復アイテムを使用すればまた復活させられますが、復活アイテムを使い切ってしまったら、ゲーム内で手に入れるまでは再召喚できません
「ってことは、こっちも復活できる代わりに、あっちも復活しちゃう可能性があるってことね――」
 厄介ね、と呟きながら、リネンはフリューネ・ホログラムに一時撤退を呼びかけた。
「ヴァイスリッタァ、一度引いて。囲まれたら不利よ」
 ヴァイスリッタァとは、リネンが密かにフリューネタイプのキャラクターに付けた愛称である。思い人の名前と容姿、そのままでゲームをするのはどうも恥ずかしかったらしい。
 しかし、戦闘の際のクセや得意とする技などのデータは、明らかにフリューネその人のもの。リネンはフリューネ本人と共に戦う時の事を思い出しながら、的確に指示を出していく。
 戦況はこちらが優勢のはずなのだが、なかなか敵の数が減らない。倒しても復活してしまう。
「フリューネ手に入れたところでやめちゃったけど、こんな事ならもっとやりこんでおくんだったなぁ……」
 思わずリネンの口に愚痴が上る。
 ゲーム内のフリューネは、決して弱くはないものの、そこまで強いキャラクターにはなっていない。理子に至っては、どちらかというと弱い部類に入っている。
「その調子だ、もう少し持ちこたえてくれ! ……ください?」
 理子・ホログラムを使役している匿名 某(とくな・なにがし)が、中途半端な敬語で理子に指示を出す。
 いくらゲームのキャラクターとはいえ、代王である理子を部下みたいに扱うのは非常に気が引けるらしい。
「きっとこいつらを召喚した奴が近くに居るはず。俺はそいつを探してみます」
「オッケー、戦闘は任せて!」
 自分が理子・ホログラムを召喚したように、これらのホログラムにだって召喚者が居るはずだ。そう考えた某は、戦闘の指揮をリネンに託し、テクノコンピューターを取り出した。
 戦闘を託されたリネンは、自分のフリューネ型ホログラムに理子・ホログラムのフォローを行わせる形で、それぞれの長所を活かすよう指示を出す。
 理子・ホログラムがスレイブオブフォーチュンを振り回して全体への攻撃を行い、そちらに敵が集中している隙を狙って、フリューネ・ホログラムがその類い希な速度を活かしたヒットアンドアウェイを仕掛けると言うのが主な戦法だ。
 しかし、ゲーム中の理子のSPの設定は決して多くない。息切れするのも時間の問題だ。
「ヴァイスリッタァ、とにかく相手の数を減らして!」
 リネンがめまぐるしく指示を出す。
 その間に某は、小型の高性能コンピューターを活用して情報攪乱を試みる。
 すると、相手のホログラムの表示が僅かにブレた。その時生じたブレのデータを、ユビキタスを利用して学園のコンピューターと繋ぎ、解析を試みる。詳細な場所の特定には至らなかったものの、そう遠くない距離からホログラムに指示出す電波が飛んでいるらしいことは掴めた。そうと解ればこちらのものだ。
 某は宮廷用飛行翼を使って上空へと舞い上がる。ホークアイで周囲を見渡すと――居た。
 このパニックの中にあって、逃げようとする様子も無く、物陰に身を潜めてホログラム達の様子を見守っている男。某はじっと男達の姿を目に焼き付ける。これで、万が一取り逃がしたとしてもまた捕まえに行けるだろう。
 よし、と口の中で呟いて気合いを入れると、某は男のめがけて急降下しながら、真空波を放った。あくまでも傷つけないよう、衝撃を与えるのみだが、それでも不意の攻撃を受けた男は綺麗に吹っ飛んだ。そこへだめ押しのレジェンドストライクが決まる。周囲から集めた聖なる力が一点に集結したその一撃で、男はその場にひっくり返る。
「安心しな……峰打ちだ……、って、言ってみたかったんだよね」
 へへ、とちょっと得意げに、かつ気恥ずかしそうに、某は得物を鞘へと収めた。それから、警察に突き出そうと、倒れた男に近づいて行く。
 すると、ひっくり返ったままの男がうぐ、と呻いた。どうやらまだ意識があるらしい。某は油断無く、得物に手を掛ける。
 しかしどうやら、もう立ち上がる気力も無いようだ。目線だけ動かすと某の姿を捉え、ふはははは、と掠れた声で高々と笑う。
「我ら……カオス教団は……永遠にっ……不滅ッ…………ぐはっ」
 お決まりの断末魔を残して、男は気を失ったらしい。がくりと全身の力が抜ける。
「カオス……教団?」
 聞いたことの無い名前に、某は首を傾げる。しかし、男は気を失ってしまったので、今これ以上事情を聞くのは無理そうだった。
 とにかく、使役している人間を倒したのだ、ホログラムは消えただろう――そう思って振り向いた先では、リネンがフリューネと理子のホログラムを率い、未だにザコホログラム達と戦っていたのだった。