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残暑の日の悪夢

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残暑の日の悪夢
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【地下一階の悪夢 2】


 そうして、彼らが順当(?)に接待を受けている中、風森 望(かぜもり・のぞみ)の座った一角だけは、やや趣が違っていた。何しろ、ゴシックロリータから、グラマラスかつセクシーな服装、あるいはネコ耳から浴衣にメガネにミニスカ女子中高生に眼鏡っ子、果ては魔法少女やら旧スクール水着やらと方向性もごった煮な彼女達は全員、一人の女性……アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)なのだ。
「ふふ……ふふ……素晴らしいハーレムです……」
 望は、妙に恥らった様子を見せるシャイ系アーデルハイトの腕を掴み、逆に懐っこいロリっ子なアーデルハイトを抱っこしながらご満悦の様子で呟いていた。だが、その一方で物足りなさげでもある。と言うのも、見た目にしてもその性格、果てはシチュエーションなども、粗方想像しつくしてしまっていて新鮮味が無い、のである。どうしたものか、と首を捻り(勿論その間、その手がしっかとアーデルハイト達を掴んでいるのは言うまでも無く)望ははた、と思いついて目を細めた。
「結局は悪夢……つまり、私が何をしたって無問題な訳ですよね?」
「……望?」
 呟く声になにやら不穏な響きが混じったのに、アーデルハイトの一人が恐る恐る、といった様子で声をかけると、気のせいだろうか、キラリと望の目が光ったようだった。
「せっかく実体があるっぽいんですし……思う存分に弄、いえ触り、もといセクハ……ご奉仕致しますよ!」
 言うが早いか、がっしと手近なアーデルハイトを捕まえると、ためらい無くひん剥き始めたのである。元々着ている面積少ない点については、結果どうなったか考えれば判るので、触れてはいけないのである。
「わーっ!? ちょ、よ、よさんか……っ」
 アーデルハイト(その1)が慌てて逃げようとするが、勿論望が逃すはずが無い。ギラリと殺気すら感じさせる目つきと共に、手をわきわきとさせて、がっしと組み伏せてしまったのだった。


 そんな色々ギリギリな賑やかさに誤魔化され、そこそこ気にしないですんではいるが、一人結局開けてしまったシャンパンのグラスを揺らしながら、白竜は何かを振り払うようにふるりと首を振った。と言うのも、百花繚乱な美女達の色めいた接待を受けながら、羅儀がふとその視線をあらぬところに向けたかと思うと、首を傾げたりなどした挙句「あれ?」と声を上げたからだ。
「今の女の子、誰かに似てなかった?」
 だが、そんなことを言われた白竜の方には、同じ場所を見ていたというのに何の姿も見えなかったのだ。背中がぞわぞわとするような嫌な感覚に眉を寄せつつ、考えない、考えてはいけない、と自己暗示にかけるように内心で言い聞かせてグラスを煽ると、ふう、と息を吐き出して(しかし)と思考を切り替えた。
(この悪夢……本当に、羅儀の考える通り、勘定的なことが結末になるのだろうか……)
 接待しているのが美女達だけなら、或いはそうだろうとも思えたが、恐らく本物では無さそうなクローディスやアーデルハイトの存在が、どうも嫌な予感を抱かせるのだ。

 そんな風に眉間に軽く皺を寄せたまま、黙りこくっている白竜を、にやにやと楽しんでいる羅儀の耳に、先程より少し柔らか味の増したような少女の笑い声が通り抜けて行ったのだった。





「…………これって、どういうことですの?」
「幻覚に……決まってるわ」

 ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)と、セレンフィリティが思わず呟いたのは、最後の扉。
 縁の左右から伸びた腕が、まるで相手と戦うようにしてそれぞれ刀を握っている装飾のなされた扉の向こうでは、これもまた他二つとは全く違った光景が広がっていた。
 そこから壁で、どこが天井か、そして足元は本当に地面なのかも判らないほど真っ暗な空間の中、恐らくは近くにいるのだろう、同行者達の姿も見えないのに、何故か自分だけ切り抜かれたかのようによく見える。そして、もう一人……振り返った先で、カツン、カツンと足音を立てて近付いた、鏡に映したかのようにそっくりな、自分自身の事も。
「これって本当に幻なんですの……?」
 呟いて、ノートが鏡のありかを確かめようとするように手を伸ばすと、突然その指先がパチンッと弾かれた。
「触れないでもらえませんこと? ダメキリー」
 きょと、とするノートに、自身そっくりのその姿が、嘲弄に満ちた笑みで肩を竦めて見せた。邪悪とも言えるその笑みを深めると、ノートの影はその顔をぐ、と近づけてその頬をなぞりながら、囁くようにこう言った。
「その残念なおつむに、その体は勿体無いですわ。そうでしょう……?」
「さあ、その体を明け渡しなさい」
 その言葉に、ノートは一歩下がり、セレンフィリティはぎっと自分の影を睨みつけた。
「馬鹿を言わないでちょうだい」
 そして、振り払うように腕を払ったが、その手を取ってセレンフィリティの影はくすくすと口元を歪めるようにして笑った。
「馬鹿なのはどっちなの? 自分に生きてる価値があるって、本当に思ってる?」
 嘲笑を浮かべる自身から放たれる、ねっとりと絡みつくような声に、セレンフィリティはびくりと肩を震わせた。
「全部……知ってるんだから」
「そう、あなたはわたし、私はあなただから」
 同じように自身へ迫ってくる影に、ヒルダは我知らずじりじりと下がっていた。彼女の前に現れていたのは、他の二人とは違って、現在の自分ではなく5000年前に死んだ時の、自分の亡霊だ。傷つき倒れた血塗れの自分が、酷薄な笑みを浮かべて、一歩一歩近付いてくるのに、ヒルダは言葉を失った。

 一方、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)の前に現れていたのは、彼女たちとはやや趣が違っていた。
「ドッペルゲンガーなのだ」
「いやいやいや、どう見ても違うじゃないか」
 きっぱとリリが言うのに、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)もまたきっぱり言って首を振った。何しろ、リリの前へ現れていたのは、顔立ちこそ面影を残しているが、身長はリリよりも高く、すらりとした肢体に、太股から腰に至る女性らしい柔らかな曲線と、動くだけでたわむような、溢れんばかりの豊かな胸元を持ったナイスバディの女性なのだ。優劣を論じるわけではないが、実際のリリとは明らかにその身体的特徴が違うのである。ドッペルゲンガーとは、出会ったら死ぬと言われている本人と「そっくりな」幻影だ。そうララは指摘してため息をつくと、自分の幻影の方へと近付いてその肩に手を押いた。
「そう、ドッペルゲンガーというのはこーゆーのを言うんだよ」
 こちらは、紛うことなく寸分違わぬララの姿をしている。だが、こちらはその顔を鬱陶しそうにしながら、肩に置かれたララの手を払った。
「気安く触るな、不愉快だ」
 そんな二人の様子を後目に、リリは自身の右手の甲を見やった。そこへ浮かび上がってくる黒薔薇の紋章に、ふふん、とリリはどこか嬉しげに笑った。
「あの姿が、呪いのない本来のリリなのだ……やはり、これがなければ、リリはナイスバディだったのだよ」
 ふっふと笑いをこぼすリリは、ふと思いついて「待てよ」と幻影のリリをじっと見やった。
「……この体を乗っ取れば呪いを解くまでもなく……」
 その呟きに、幻影の方は意図に気づいたようで、胸を強調するかのように腕を組むと、見下すように目を細めた。
「ふん……洗濯板のちんちくりんが、このナイスバディ様に勝てる道理など無いのだよ」
「そのナイスバディの大元がこのリリだということを、思い出させてあげるのだよ」
 瞬間、背中に雷でも落としそうな雰囲気を醸しながら、二人の間で火花が弾けた。そのまま一触即発の様相を呈し始めた二人を後目に、ララとその幻影も向かい合って得物を構えていた。
「幻とはいえ、自分と戦える機会なんて、そうあるものではないからね」
 どこか楽しげなララの声に、幻影の方はふん、と鼻を鳴らした。
「私に勝てるとでも? まあいい、いざ尋常に――勝負っ」


 そうして、それぞれがそれぞれ、自らの描く悪夢の中に足を踏み入れている中を、ふわりと長い赤毛を揺らしながら、少女はその笑い声だけを残り香のように微かに残していったのだった。