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リアクション
二章 遺物回収
「皆、仕事を命じられているから、したくても出来ない部分も有るの」
ヨルクと共にアルト・ロニアを回りながら、ルカルカはそう告げた。
「そこが私たち軍人の辛い所よ。だから、遺物の回収とか調査をササッと終わらせたいの。それが終われば、街の復興に割ける人員も出てくるもの」
機甲虫襲来の一件により、アルト・ロニアの倉庫に保管されていた遺物は辺りに散らばってしまっていた。
ルカルカとダリルはヨルクの監視と遺物の回収を行うためアルト・ロニアに派遣され、今に至る。
「教導団は大きな組織だ。簡単に動かす訳にはいかない。それは、私も分かってはいるよ。
あ、ああっ、それは慎重にトラックに積んでくれ! なるべく、そーっと、そーっとね!」
ルカルカの指揮下にある特戦隊と親衛隊員、飛行機晶兵も遺物回収に向けて動いていた。ヨルクは彼らに指示を出し、順調に遺物を回収していく。
ルカルカも、道端に転がる怪しい物体を拾ってはサイコメトリで遺物かどうかを逐一選別し、トラックに積み込んでいった。
「しかし、教導団も割と本気のようだね。こんな面倒な仕事を引き受けるとは、思ってもみなかったよ」
「教導団は機甲虫襲撃の件を重く見ているわ。街一つ壊滅したんだから、当然じゃない」
ルカルカは一旦区切ってから、こう告げた。
「ねぇ、ヨルク。シャンバラ教導団の嘱託研究員にならない?」
思いがけない話だったのだろう。ヨルクは、目を数度瞬かせた。
「意外だな。てっきり、教導団は私を嫌っているものだと思っていたんだが」
「お互いにとって悪い話じゃないと思うわ。それに、ヨルクのしたかった事も支援できるかもしれないし」
「私のしたかった事か……」
遠くを見やるヨルクに、ルカルカは前々からの疑問をぶつけた。
「ヨルクは、なぜアルト・ロニアで遺物を修理しているの?」
ヨルクは顎に手を当てしばし黙考すると、こう答えた。
「単なる趣味だよ。遺跡やら遺物を弄くり回すのが趣味なんだ。だって、ロマンがあるだろ?」
「面白い。俺と話をしてみないか」
ヨルクの背後から、ダリルがぬっと現れた。
驚愕するヨルクに、ダリルはこう告げた。
「お前とは色々と話がしたい。いいか?」
ヨルクは横歩きでダリルから離れると、顔面から冷や汗を流しながら答えた。
「な、内容によるかな?」
「機甲虫に関する話だ」
ヨルクは、肩を竦めてみせた。
「教導団で散々聞かれた事を、また答えるのかい?」
「あれは教導団からの質問だ。俺が今からするのは、意見交換だ」
「ほほう……」
興味を抱いたのか、ヨルクの視線が鋭くなった。
「話してみてくれ」
「機甲虫は、金属装甲と生体組織を併せ持つ虫だ。虫と言う事は、集団で使役すると考えられる……俺たち軍隊も、役割別に色々な部隊に分かれて作戦に臨むようにな。
だから、機甲虫もあれ一種じゃなく他にもあると考えられる。そして、それを使うシステムの大本はそう遠くない所にあるのではないかと、俺は思っている」
「なるほど。鋭い意見だ」
ヨルクは頷き、こう答えた。
「君の言う通りだ。機甲虫には、電波を送受信する器官がある。つまり、群れでの活動を前提とした種な訳だ。
……機甲虫が砂になってしまったのは?」
「知っている。担当した人物が泣き崩れていたよ」
あちゃあ、とヨルクは言った。
「ご愁傷様って奴だね。可哀想に」
しばし沈黙があった。
ダリルはヨルクの顔を真っ直ぐに見据えると、こう言った。
「ヨルク。一度開けた禁忌の箱の蓋は、そう簡単には閉まらないものだ。分かるだろう。教導団には、お前の力が必要だ」
「うーん……」
唸るヨルクの顔は、いつになく険しいように思えた。
彼は、ダリルの顔を見つめ返すと、こう答えた。
「嘱託研究員云々については、今の段階では返答できない。もう少し、考えさせてくれないかな」
ダリルはルカルカと顔を見合わせた。ヨルクを説得するのは、どうも難しい作業になる気がした。
不意に、静寂を破る声があった。
「ル、ルカルカ少佐!? どうしてここに……!?」
ダリルが振り向いた先には、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の姿があった。
再びアルト・ロニアに派遣されたセレンフィリティとセレアナは、治安維持に当たっていた。
理由は、第三者による遺物の奪取を阻止するためだ。要は、火事場泥棒を捕まえるためだと言ってもいい。
怪しい者がいないか住民に職務質問をしていく内に、セレンフィリティは、何やらヨルクが妙な事をしていると聞いた。
先日の一件もあり、ヨルクがまた何かしでかしたのかと思った二人は噂の場所に急行したのだが――そこにはいたのは、なんとルカルカとダリルであった。
「その……携帯電話を忘れてきてしまいまして、少佐と連絡が取れなかったのです。申し訳ありません!」
昨晩のホテルでのプレイが響いたのか、セレンフィリティはうっかり携帯電話をホテルに置き忘れてきてしまっていた。
ルカルカは、セレンフィリティの過失を笑って済ました。
「気にしないで。ヨルクの監視は、半ば機密事項のようなものだったしね」
「は、ははは……」
引き攣った笑みを漏らすセレンフィリティは、ヨルクに視線を向けた。
「と、ところで、ヨルクはここで何をしているの?」
「遺物の回収さ。先日の騒ぎのせいで、倉庫の遺物が大分散ってしまってね。
丁度いい、君たちに遺物の回収を頼んでもいいかい?」
セレンフィリティはルカルカの方を見やった。ルカルカは、特に迷う事もなく頷いてみせた。
「オーケーよ。で、どんな遺物を探せばいいの?」
「花の形をした石像だ。特別な物ではないと思うんだが、もしかしたら、強大な力を秘めた遺物だという可能性もある。
一応、南区で花の石像を見たという目撃情報があるんだ。そこを基点として捜索してくれないか?」
「分かったわ。花の形をした石像ね?」
「ああ、よろしく頼むよ」
ヨルクとルカルカたちに別れを告げると、セレンフィリティとセレアナは装輪装甲通信車に乗り込んだ。
南区に行くと、小さな市場が開かれていた。
基本的には近隣で採れた野菜や衣服等を販売しているのだが、中には、出自の分からない怪しい石像も並んでいた。
「これも遺物って感じだけど、どうも判断付かないのよね。なら、両方買っちゃいましょ」
セレンフィリティが手を伸ばしたのは、二つの石像だった。確かにどちらも花を象っているのだが、セレアナとしては、どうも違うような気がした。
「ヨルクが言っていた石像は、本当に南区にあるのかしら」
「さあ。怪しい物を買うなり拾うなりすれば、その内見つかるんじゃない?」
「だといいんだけど――」
市場から出て南区の端に向かう最中、視界の先を何者かが横切り、セレアナは車を急停止させた。
「花の石像!」
前方を横切ったのは、花の石像を抱えた男だった。注意深いセレアナの目は、それを確かに捉えていた。
「行くわよ、セレン!」
「え、ええ!」
二人は車から飛び出すと、男に走り寄った。逮捕するためではない――なぜなら、男の右腕から血が溢れ出ていたためだ。
「大丈夫!?」
セレアナたちの声も虚しく、男はその場に倒れ伏した。
男の右腕からの出血は激しい。長時間もの間、こうして逃げ回っていたのが窺えた。
傍に駆け寄ったセレンフィリティとセレアナの姿を確認すると、男は震える声でこう伝えた。
「こ……これを、ヨルクさんに……」
男が差し出したのは、花を象った石像だった。何の花かは分からないが、花弁は綺麗な純白だった。
しかし、今はそれどころではない。男の右腕には、深い刺し傷があったのだ。
傷の様子からして、ナイフのような物で刺された可能性が高い。セレアナは携帯電話を取り出すと、少し躊躇した後、リネン・エルフトに電話をかけた。
「こちら、セレアナ・ミアキス。緊急の怪我人がいます。至急、アイランド・イーリへの輸送をお願いします」