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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

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「えーとつまり、大体真が凄い。って事……よね」
 路地裏に留まったまま説明を聞いたジゼルの纏めに、真は恥ずかしそうに後ろ頭を掻いている。その間に情報を飲み込んで、ジゼルは立ち上がり、降りてきた真の手を取った。何時も真白い家令の手袋が汚れているのは、その手でジゼルを守ろうとしてくれた結果なのだろう。
「有り難う、私の命を救ってくれて。私思うの、あなたのような人に助けて貰って、今の私があるんだって。
 今は、守って貰ったものを大切にするのが精一杯だけど、あなたに助けてもらった命に恥じないように生きたい」
 ジゼルの言葉は真へと向いているが、今までの自分に向けているものでもあった。けれど今の彼女は過去に囚われている訳ではないのだ。
「――それから何時かかえしていければと思うけど、今のところは……私って料理くらいしか取り柄がないのよね。何か好きなものはあるかしら?」
「ええ、と……そうだなぁ」
 斜め上を見て考える真。期待の笑顔を向け待つジゼル。しかし真が口を開こうとした時、飛びかかる様に前と後ろからやってきたターニャとキアラが、真の身体をがっくんがっくんと揺らし始めた。
「あぅぁあぁあー……」
「真さん! 凄いです! 本当に本当に貴方のお陰です!! もう! 大好きです!!」
「あぅえあぁぇあー……」
「超かっこいい! 見直したっスよーもうっもうっ!!」
「ターニャ、キアラ……その位にしとかないとマコトが……」
 思う様揺さぶられて真の顔色が段々土気色になっていくのに、そして「ぅぇっ」っという不穏な声が真から聞こえたのに、止めに入っていたトゥリンも彼の近くに居る『危険』を感じて「ま、いっかどーでも」の言葉と共にその場から去って行った。
「あはは……」
 乾いた笑いを吐き出しながら、ジゼルは横目で向こうを見ている。ジゼルの歌に解放された東雲や輝たちが去ったそこには、赤い唇を噛み締めぼろぼろと涙を零し続けるミリツァが居た。
「お前のした事は、父と母が俺にした事と同じだ。――分かるな」
 たった一言。アレクがミリツァの言ったのはそれだけだった。だがそれだけで、ミリツァの凶行は止まった。
 それが兄妹にとってどれだけ重い言葉なのか、ジゼルには分かっている。言わなければならなかった方も、受け止める方もどれだけ辛いだろうか。今直ぐ二人の手を取り抱きしめたい。そんな気持ちを飲み込んで、ジゼルは他人として傍観する立場を貫いていた。ミリツァを抱きしめるには、ジゼルと彼女の心の距離は遠過ぎる。思った事を言葉としてかけるにも、今この場でそれをしていいのはアレクだけなのだと分かっているからだ。
 静かな時間が流れるかと思っていた時、ルカルカがミリツァの前に歩み出た。
「人の心をないがしろにして操ろうとする人が、本当の意味で愛されると思っているの?」
 俯いたままの細い肩がびくりと揺れたのに気づいて、オルフェアが酷烈(こくれつ)な言葉からミリツァを庇う様に抱き寄せる。奥底では幸せを求めて荒廃しきっていたミリツァの心を覗いたリカインは、背を向けたまま唇を噛んだ。
「あんたは――ッ」
 アレクは振り向きルカルカに鋭い視線を向けるが、ルカルカは罪は罪だとでも言うような表情のままミリツァを見つめている。だが例えそれが正論だとしても、アレクの兄としての部分はルカルカの言葉を許す事は出来なかった。
 そしてアレクが踵を返し彼女に向かって行くのを、ミリツァがその間に入ろうとしたのを、――全ての時間を止めるような言葉を発したのはジゼルだった。
「やめてルカルカ。今は、やめて」
 ただ静かに波も波紋も無い青い瞳に見つめられて、ルカルカがその場から去って行く。アレクが何かを言いかけてこちらへ振り向いてきたのに、ミリツァは首を横に振った。
「いいのよお兄ちゃん……。私は……私がした事は、お父様と同じだった。あなたから大切なものを、全てを奪うところだったのだから……だから私は…………」
 詰まり始めた言葉を、最後迄言う必要はないだろう。ミリツァはもう道を間違えた事に気づいたのだから。
「もういいんですよミリツァさん」
 ミリツァの震える背中を労る様にオルフェリアが撫でているのが、それにミリオンが寄り添い、ティエンが手を握っているのが、立ち上がったジゼルの目に映った。冷たい世界の中で、たった一人兄を暖かく抱きしめる為に凍えていたミリツァの心に、雪解けが近付いている――。
 ジゼルがそう感じた瞬間だった。
「………あ」
 と、小さく声を漏らした彼女に気づいて、アレクが傍にやってくる。遠くのような近くのような、ここでは無い何処かを見る目に、アレクは思い当たって質問した。
「……何か見えた?」
 別にそこに何かが映っている訳じゃないのだが、見てしまうのは人の性(さが)だろうか。横に屈みながら青い目を見つめる顔が可笑しくて、ジゼルは小さく微笑い声を漏らす。
「佳いもの」
 明確に答えないのだと分かると「OK」の二文字が聞こえる。語尾が上がるのはこちらが続きを喋るのを待っているという意味なのだと最近覚えてきたのだが、ジゼルは微笑んだままで話しを流した。
 元々これは適当過ぎる感覚だったし、願掛けのように――無闇に喋る事で今見えたものが消えてしまう気がしたのだ。ただこれでは少し意地悪過ぎるかも知れない、ヒントくらいはあげようと思ってジゼルは口を開く。
「これからは一人じゃないから……きっと大丈夫」
「――そうか」
 ジゼルが秘密としまった未来への希望が、彼女の優しさが伝わってきて、アレクは目を細める。
「俺の反抗期の妹がやっと素直になってくれたので――」
 徐に言い出したアレクの『妹』は誰なのか。反抗期とついているからジゼルは自分の事じゃないと思いたい。
「俺も改めて、きちんと言葉にして伝えてみようか」
「何を?」
 見上げてきたジゼルにアレクは『彼女の言葉』で言ってみる。この方が効果があるなら、それが僅かでも縋ってみたいのだ。
「Willst du meine Frau werden?」