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白雪姫へ林檎の毒を

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白雪姫へ林檎の毒を

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[舞花ちゃん、そっちはどうっスか?]
 キアラの通信の声に、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)は改めて周囲を見回した。
 彼女から少し離れた上空には、次百 姫星(つぐもも・きらら)が空飛ぶ箒をかり、下に居る呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)やターニャらと共に警戒を行っている。
 一時は「アレクさんはミリツァさんに骨抜きにされたのでは!?」と心配していた姫星だったが、今上空から様子を見守る限りそれは杞憂のようだった。
 しかし、心配事は尽きない。だからその心配事を解決出来る様に、姫星は手掛かりを見つけようとビデオカメラを回し続けていた。
「――ミリツァさんの強化人間の手術したのは誰なんでしょう」
 姫星の質問に、墓守姫は頷いた。
「気になる所ね。
 確かに周りの人を操っているのはミス・ミロシェヴィッチで間違い無いでしょう。
 ――だけど、その彼女を悪趣味な白荊の棺に入れたのは誰かしらね?」
「少なくとも慈善団体とか正義の味方じゃない事は確かでしょう」
 ミリツァが眠っていたあれは、姫星からはどう見ても棺にしか見えなかった。
 その中でチューブだらけにした彼女を、淀みが溜まった暗い地下深くに一人放置するなんてまともな人間のする事では無い。
「あの日私達が……、アレクさんがあそこへ現れなかったら、ミリツァさんは『死んだままの存在』にされていたかもしれないって事ですよね」
 そう考えると正義感の強い姫星は、腹の奥に煮えたぎるような感情を覚えるのだ。
「そうですね。恐らく姫星さんの考えは正しいです。
 少なくとも私の渡った『現在』で、叔母が生きていた世界は一つもありませんでした。
 ジゼルを殺害するに至った原因は『空爆によるミリツァの死』ですから、その大前提が覆るなら他の世界でも父は兵器の破壊を望まない。ジゼルを殺さなかったでしょう」
 スキニージーンズのポケットに手を突っ込みながらターニャがぼんやり感情の読めない表情で言った言葉に、姫星は唇を噛み締める。
「アレクさんがジゼルさんを殺す――。
 私はそんな未来嫌です。家族3人が仲良く暮らせる……いや、違いますね。
 アレクさん、ジゼルさん、ターニャさん……そして、ミリツァさん。
 家族4人が仲良く暮らせるように、それが私の願いです」
「わあ……キスしていいですか?」
「…………?」
 ほ、ともへ、ともつかない声を上げた姫星の顔面にターニャが迫った直後、左之助の拳骨がごんと後頭部を叩く。
「左之助さん、あなたまた良い所を――!」
「良いところって嬢ちゃんあんたな」
「こんなに可愛い上にこんな優しい事言われたらグラッとくるでしょ誰でも!」
「グラッときたからしても良いってわけじゃないだろが!」
「やれやれ、『俺』を取り囲む世界には緊張という二文字は無いようだな。何時だろうと空気の中に様々な色が入り交じる。
 ところで『俺』よ、先程まで私が張り付いていたパルテノペーの周囲には彼女を汚す歪みは塵も無かった」
「スヴェータさんも兄さんもそんな大声上げないで!
 あと篠原さん! 何か気づいた重要なことは分かりやすくお願い……!」
 警戒という息のつまる状況でも笑い合う彼等に、姫星は箒の柄を掴んでいた指を緩めた。彼女の性格から言って、今の『耐えなければならない』状況はかなり応えるものがある。それを分かっていて、墓守姫は静かに言うのだ。
「ミス次百、堪えなさい。今は耐える時よ」と。
 互いに相手を分かっている。だがこの言葉を言う事で、自分を制する気持ちもあるのだ。
「ミス・アルジェントは言ったわ。ミス・スヴェンソンの胸の上に血星石らしきものを見たと。
 だとしたら例の死の商人や鏖殺寺院とも繋がりがあるのかしら……
 いずれにせよ、油断は出来ないわね」
「はい、とにかく今は手掛かりを掴んでおきたい所ですね」
 ナディムやリースからのクリアーの報告を受けて、姫星と墓守姫もそれに続く。
 最後に舞花も、それらを纏めた報告をキアラにしていた。
[今の所異常は無さそうです。
 リストにあった人達も居ないみたいですし]
 『リスト』とは、舞花が作製し、配布した要注意人物の名前や特徴がのせられたものだ。
 先日のイルミンスールの事件の際森の中にいた舞花は、襲いかかってきた契約者達、そして『様子のおかしくなった』――つまり被洗脳者と疑わしい人物を記憶していたのだ。
 それを事前にキアラと打ち合わせをし、ピックアップしたのが『リスト』である。
 リストの効果は既に発揮されている。
 カフェの中で白の教団が客に紛れていたのをスキルを使い注意深く観察していたナディムが、リストにのっていた人物の数名を見破っていたのだ。
 白の教団の手に堕ちていた隊士たちは元々プラヴダの軍人であったから、当然に連携の取れた動きを見せるが、こちらとて手はある。店の上で待ち構えていたリースの氷の魔法が壁となり隊士達が逃げ道を探し倦ねていたところへ、ルカルカやグラキエスと組んだフレンディスらが彼等を捕らえようと突っ込んでいったのだ。
 洗脳解除の方法どころか、具体的に洗脳だとも断定出来ていないキアラたちだったから、これ以上は手の尽くしようが無く彼等を捕らえるだけに至ったが、それでもジゼルは無事で、作戦はつつがなく進行している。
[引き続きレベル2の警戒で、宜しくっス]
[了解です]

 こうしてキアラと連携を取りながら行動するもの達とは別に、佐々良 縁(ささら・よすが)天達 優雨(あまたつ・ゆう)佐々良 姫香(ささら・ひめか)共に独自に調査を続けていた。
 旧知である真らや、張本人であるジゼルに対して疑いは無い。
 ただミリツァの手のうちに落ちた者達が普段の生活を恙無く送っているという事実に対し、縁は全てに人間を安易に信じる事が出来ないでいた。
 またこのような状況ならば、所属に関わらずに俯瞰的に事態を追う事こそ大事だと彼女は思っている。
 縁のそういう所を、優雨は「まあ、縁さんらしいわねえー」と微笑み、手伝う事を躊躇わない。
 往来に出た彼女は、人の波の切り替わる場所でサイコメトリをしながら進んでいた。
「さがしものーままのさがしものー、みつかるかなー?」
 養母である縁と共に歩きながら、彼女が『みんな』と呼ぶ草花たちに『怪しい人物が居なかったか』を問いかけている姫香が、ふと縁を見上げる。
「ままー、さがしものがー」
「なにかみっけた?」
 縁が姫香に合わせようと膝を曲げていると、先に進んでいた優雨が走って戻っていくのが見えた。
 今彼女とは最低限の連絡しか取らない様にしているから、彼女自身がここへくる事は無い筈だ。
(教団の連中が接近したか?)
 ポケットから取り出した端末に、やはり優雨のメッセージが踊る。
[サイコメトリにひっかかった。今迄この場所に居た人間が、ジゼルさんを狙っているわ。
 性別は男性、恐らくそれ程歳のいかない――]
 内容にざっと目を通しながら、同時に縁はそのデータを真へと送るのだった。

* * *

「かつみ!!」
 後ろから腕を掴まれて、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)ははやっていた足をやっと止めた。
 エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)ノーン・ノート(のーん・のーと)がそこに立っていた。
「心配したんだ。ナオとも連絡つかないのに、かつみが一人で出て行ったから……」
 エドゥアルトの言葉にかつみは諦めたように息を吐いて、小さな声で説明を始めた。
 ノーンに言わせれば『突っ走りがち』で、自己犠牲も厭わない性格のかつみはパートナー達にこの間の事件を話さずに、ナオが接触してくるに違いないと踏んでキアラに協力を申し出たのだ。
「――どうして、そんな事態になってるって話してくれなかったんだい?」
「それは……お前たちに負担をかけたくなくて……、お前たちに何かあったらって思ったら!!」
 食って掛かるような、それでいて離れていくかつみの心に、エドゥアルトは首を横に振る。
「ねぇ、かつみ。もう一度言うよ。
 私はかつみの隣にいたいんだ。
 支配したい訳でもないし、かつみ一人におしつけて守られたい訳でもないよ」
「ナオを戻す方法は私たちも一緒に考えよう」
 ノーンはそう言ってかつみの足を叩いている。
 かつみが二人に頷こうとした時だった。
 ジゼルを警護しようとしていたものたちの動きが俄に慌ただしいものに変わる。
[――なお、この少年はリストに上がっている『千返 ナオ(ちがえ・なお)』と思われる。
 身長163センチ、目はブラウン、髪は――]
 繰り返すキアラの声に、かつみは目を見開いた。
「ナオがくる!」
 エドゥアルトとノーンに言った瞬間、彼の瞳には既に、向こうの通りにぼんやりと佇むナオの姿が映っていた。



「ジゼル、あっちに行こうか!」
 コードの唐突な申し出にジゼルは戸惑いを見せるが、彼に結託するようにルカルカもぐいぐいとジゼルの背中を押す。
「そーそー、コードの言う通りだって!
 あっちの道の方がパラミアンへ行くのは早いのよ!」
 彼女の方がコードより『達者』なので、ジゼルは「そうなんだ?」と疑いもの無く進んで行った。
 その時繋いでいた手が僅かに動いたのを感じ取って、アレクは壮太に視線を送る。
 忍として技術を極めた壮太はごく自然に視界から消えた為、ミリツァはそれに気づかない。
「パラミアン楽しみだねー」
 と、無邪気に笑い合う翠達。
 そのたった一つ向こうの裏通りで、戦いが始まろうとしていた。