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第三話 わたしの屋敷へようこそ



 
 長い廊下を進む。
 右へ、左へ、左へ、右へ。
 曲がるたびに歌菜がびくびくと身を震わせるが、現時点でどっきりするような仕掛けはない。
 いくつかの曲がり角を曲がると、少し広めの直線になった。左右には甲冑が数歩おきに並んであって、剣と盾を持っていたり、巨大な斧を持っていたり、槍を構えていたり、と、様々だ。どれだけの金がかかっているんだか。
 雰囲気的に、羽純は来るな、と感じていた。歌菜に言おうと思ったが、
「わひゃうっ!」
 どさり、と近くで音がして歌菜が妙な悲鳴を上げる。前を見ると、甲冑が一体、倒れていた。
「び、びっくりしたぁ……」
 胸に手を当てて倒れた甲冑に近づく。
「……ふう。ただ倒れただけかあ。仕掛けにしちゃあ地味だよね」
「ああ……」
 歌菜は甲冑を見つめている。羽純はもしかしたら、と思って、反対側を見た。
「やっぱりか」
「うん?」
 歌菜が羽純の見ている方を見た。
「……いらっしゃい」
「ギャーっ!!」
 そこにはホッケーマスクを被って両手にマチェットとナタを持った、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が立っていた。
 吹雪がのそのそと、あえてゆっくりと迫ってくる。歌菜は驚きのあまり走り出してしまった。
「あ、おい、走ると……」
 羽純が言うと、近くから気配が消えた。振り返ると、吹雪はいない。
 歌菜は先の曲がり角にたどり着いて壁に手をついていると、
「走ると危ないでありますよ」
 壁抜けの術を使って壁から頭だけ出した吹雪が、歌菜に話しかけた。
「うぎゃーっ!!」
 驚きのあまり倒れそうになるのを羽純が支える。
「にゅふふ、ここから分かれ道なのですよ。こっちのルートは暗くて長くて怖ーい道が、」
 吹雪は彼から見て左を示す。
「こっちは、ちょっと癒しの空間が待っているですよ」
 そして、右を示してそう言った。
「羽純くん! 左! こっち行こうよぉ!」
「ああ、それはいいけど……」
 ホッケーマスク越しに吹雪の顔を見る。彼女の顔は笑顔で、表情の奥にあるものは伺えない。
 嘘をついている可能性もあるが……歌菜がこの状況では仕方ないか、と思い、羽純は歌菜に引かれて吹雪から見て右側へ。
「にしし、上げて落とすのは得意なのですよ」
 二人が見えなくなってから、吹雪は笑いながら言った。


 癒し空間、というのが胡散臭いと思ったが、吹雪の言ったとおりだった。
 入口付近に設けられていたウサギと触れ合いコーナーが、なぜかこんなところにもあった。
「ウサギだ〜」
 安心したのか、ウサギに駆け寄っていく歌菜。部屋は暗い上に、数は少なめだったが、怖かったからかウサギをさっき以上にぎゅー、っと抱きしめる。
「お疲れでしょう。ゆっくり休んでいってくださいね」
 そこにいたのはハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)だ。ウサギを抱きながら、にっこりと笑顔で応対している。
「羽純くん、もうここにずっといようよ」
「いやずっとはないだろ」
 ウサギを抱いて一息つく歌菜を見て、息を吐く。
 しかし、ここには仕掛けはないのか……と周りを見回すと、なにかと目があった。
「あ、おっきいウサギもいるじゃん! 抱きしめさせてー♪」
 歌菜も気づいて、奥の方にいると思われるビックサイズのウサギに近づこうとする。
「ギャーっ!!」
 が、近づいてきたウサギは血だらけな上にナイフを握っていた。目は見開いていて顔も大きめ、見た目のインパクトもすごいものだ。
「……どうだ、驚いたか?」
 血みどろウサギに入っているのはソイル・アクラマティック(そいる・あくらまてぃっく)だ。彼が喋るたびに口元がパクパク動くおまけ付き。
 歌菜は羽純の後ろに隠れた。近づいてくると、その表情や動きは非常に怖い。
「あんまり近づくな、なんか、生理的に無理だ」
 羽純も眼前まで迫ってきたソイルのウサギに言う。
「やっぱり驚くよね。俺もこれを最初に見たときはヤバかった」
 うんうん、と、ハイコドは頷く。
「そう思うならこっち来ないでよ!」
 歌菜が叫ぶ。羽純が息を吐いて、ソイルは笑った。
「次、行くか」
「うん行く! もうウサギはしばらくいいもん!」
 歌菜は涙ながらに訴えた。よほどのトラウマだったようだ。
「この先にアルコールスプレーが有りますので消毒してから次へ向かってくださいねー」
 去り際、ハイコドは言う。彼の言ったとおり、消毒用のスプレーがいくつか、並んでいた。
「はあもう、なんなのさ。可愛いものを怖くするなんて最悪だよぉ」
 歌菜はなんのためらいもなくスプレーに手をかける。
「歌菜、気をつけろよ」
「なに?」
 羽純が指摘するが遅い。ぷしゅ、と歌菜は手元にスプレーを吹きかける。
 ……出てきたのは思っていたよりもヌメっとした、粘着質のある液体だった。歌菜は嫌な予感に、手元を見る。
 真っ赤な液体が手に絡みついているのを見て、歌菜はまたしても叫び声を上げた。




 一方、外にあるウサギコーナー。
「次、四十番のカードをお持ちの方、どうぞ〜」
 風花が相変わらず特大ウサギの格好で応対している。
「ふふ、可愛いなあ」
 しかしそのウサギコーナでずっとウサギを撫でている人が一人いた。
「お客様は、入らないんですか?」
 風花がウサギの格好で話しかける。
「ああ、俺のことは気にないでおくれよ。ただちょっと、ウサギをもふもふしたいだけなんだ」
「そうですか〜」
 風花はうんうんと頷いて、隣に座る。
「ふう……アリスはしっかりやっているだろうかね」
 両手でウサギを抱えながら、ドクター・ハーサンは離れのほうへと視線を向けた。




 なんだか騒がしい。
 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は下の階から音が響くのを聞いてそう感じた。
「なな、なんですかぁ!?」
 竜斗の腕にしがみついていた黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)がますます強く抱きつく。
「ん〜? 誰か来たみてぇだなあ」
 セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)は咥えたタバコを口から離して言った。
「しかも、トラッパー持ちがいる気配だ。くく、面白そうだな」
 続けてそう口にする。
「調査に来たのに、なんで罠なんか張るんだ?」
 竜斗は同じくトラッパー持ちであるセレンに聞いてみる。
「そんなもんオレが知るかよ。ま、下の階が面白そうだってのは確実だな」
 セレンはかかか、と笑いながら言った。
「………………」
 同じく同行しているシェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)も、下の階の騒ぎが気になるようだ。どことなく、そわそわしている。
「どうしたシェスカ、なーんか、気になるのか?」
「別に。なんでもないわよぉ」
 シェスカは少し早口で言った。
「下の階に誰かいるなら、せっかくだから行ってみるか?」
「そうだな……他にも調査してる人がいれば一緒に調査するか。その方が安全だし」
 セレンの提案に、竜斗は頷いた。更に、ユリナたちもそのほうが落ち着くだろ、と付け足す。ユリナはこくこくと頷いた。
「お前の気になってるやつ、いるかもしれないしなあ」
 セレンはシェスカの耳元にそう呟いた。
「知らないわよぉ、そんなこと」
 シェスカはほんの少しだけ不機嫌そうに答える。セレンはかかか、と再び笑った。
「じゃあさっきの裏口のところまで戻るか」
 竜斗たち四人は偶然見つけた離れの裏口から中に入っていた。ルートはいくつかあったが、まずは階段を上り、二階を先に調査していた。
 が、噂の要因であるお化けには遭遇しないし、部屋数は多いくせそのほとんどは綺麗に整理されている。このまま進んでも、特になにもなさそう、というのが正直な感想だ。
「そぅね。そうと決まったら、行きましょう」
 シェスカは少し早足で来た道を引き返す。三人も少し遅れて、続いた。
「……そんなに怖かったのかな」
 竜斗が呟くが、
「違うと思うぞ?」
 セレンが笑いながら言った。竜斗とユリナは首を傾げた。



「うう〜」
 シェヘラザードたちがトラップをなんとか突破したのを見送って、アルテミス・カリストは彼女らの背中を追う。
「け、けど、ハデス様もミネルヴァ様も、なんでこんなにリアルな幽霊屋敷の内装にするんでしょう……こ、これじゃ、ホントに何か出そう……」
 壁にはプロジェクターの映像を写していたり、一見すると恐怖を感じるような絵が描かれた内装がほどこされたりしている。アルテミスも正直に言うと、あまりこういうものが得意ではない。
 それでも、ハデスの研究を邪魔する人は排除しなくてはならない。ここは彼の秘密基地なのだ。
 すっかり彼の言うことを信じきって、アルテミスはよし、と拳を握る。
 ちなみに彼女はハデスの命令で真っ白な和服姿だ。頭には三角の布も付けている。
 驚かすのにはアナログな方法も必要、という二人の意見をもとに、後ろから驚かせてやろうという考えだった。
 そろりそろりと、極力足音を立てないように、それでいて離されないように歩く。
 後ろにいる女の子に標的を絞って、アルテミスは近づいた。そして、曲がり角を他の人が全員曲がったのち、その子が曲がる前に肩を叩いて振り返らせた。

「う、うらめしや〜、です」

 手をだらんと下げて言う。目が合った女の子――クレアは目を丸くしてアルテミスを見つめ、表情がだんだんと青ざめていって、やがて、

「いやあああああぁぁぁぁ!」

 大声で叫んだ。

「ふにゃあああぁぁぁ!」
 その驚きようにアルテミスも驚いてしまった。叫んでから涙目で来た道を戻る。
「どうした!?」
 同じく後ろのほうにいた陽一が顔を出した。
「キャ〜、こわ〜い!(バッ)」
「ほえぇ、なに?」
 レオーナはルカルカに抱きついていた。
「でででで、出たーっ!」
「出た? なにかいたのかい?」
 エースが彼女の手を取って聞く。
 アルテミスは大慌てで廊下を走ってゆき、角を曲がる。一息ついてから顔を上げると、そこにはぼう、となにかが浮かんでいた。
「も、もう、ミネルヴァ様ったら、こんなところにもリアルなトラップを仕掛けるなんて。……え?」
 顔を上げ、そこにあったなにかと目が合う。そこにあったものと目が合い、その、目の前にある余りにもリアルな人物の表情が変わっていくのを見て、

「きゃ、きゃああっ!」
「いやぁぁぁぁぁ!」

 そして、二つの叫び声が響いた。
 アルテミスはしゃがみこんでいたのだが、

「ふえええぇぇぇ、よしてくださいよ〜。ここはご主人様のお屋敷なんですからぁ」
 恐る恐る顔を上げると、目の前でなにかが泣いている。
「お化けとかダメなんですよぉ、勝手に魔改造しないでください〜」
 ぶるぶると震えながら、そう口にしていた。アルテミスは立ち上がってその人物の前まで行くと、泣き腫らした顔を上げた。
「はあ、はあ……やっと追いついたわよ……って、アルテミス?」
 正面からはさゆみがやってきた。続けてダリル、アデリーヌが顔を出す。
「誰!? ……って、さゆみ?」
 シェヘラザードたちも来た。ほとんどの人員が集まり、アルテミスが遭遇した人影を見つめる。
「ええと……あなた……なに?」
 シェヘラザードがそう、尋ねた。
「ふえぇ?」
 その人影は、メイド服を着ていた。

 その人影には、足がなかった。