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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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【冥府の糸】偽楽のネバーランド

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第四章

 爆発が起こる少し前。
 神殿で生徒達は右翼の黒虎の猛攻を必死に耐えていた。
「も、もう鬼ごっこは無理うさ〜」
 逃げていた。うさぎは虎に負けるはずはないと豪語していたティー・ティー(てぃー・てぃー)だが、さすがに体力の限界だ。
「なんだうさぎさん。鬼ごっこはもう終わりかい? 次は何して遊ぶんだい?」
「きゅ、休憩うさ〜」
 倒れ込むティーを見て、右翼の黒虎はケラケラと楽しそうに笑う。
「ちぃ!」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)はティーとの間に入ると、銃を右翼の黒虎に向けて放つ。
 避けられると、本命の盾によるシールドをぶつけて吹き飛ばすが、ダメージはすぐに回復してしまった。
「きりがないな……」
 相変わらずの余裕で笑みを見せる右翼の黒虎。
 その時、風森 巽(かぜもり・たつみ)の投げた小石が右翼の黒虎の頬を掠める。
「遊びの時間はもう終わりだ。子供はおうちに帰る時間だぞ」
 巽はもう片方の手に携帯を握りしめている。
 つい先ほど人々の解放を告げる一報が届いたのだ。
 しかし、右翼の黒虎はまだ余裕の表情を見せている。
「ふ〜ん、でも帰らないっていったら?」
「力づくで捕えるだけだ!」
 距離をつめた巽は右翼の黒虎の肩を掴もうと腕を伸ばす。
 虚空を掴み、反対の手を伸ばすが後方へ流され、次の瞬間身体が宙に浮く。
「まだだ!」
 身体を捻って足から着地すると、間髪いれず詰め寄る。
 しかし、いくらやっても捕らえることができず、それどころか能力低下が全く見受けられない。
「どうなってやがる!?」
「別にたいしたカラクリはないさ。普段から余ったエネルギーを貯めていた。それだけのことだよ」
 嘲笑う右翼の黒虎に、巽は苦虫を噛み潰したような表情していた。
 貯蓄したエネルギーがある限り右翼の黒虎の力は衰えない。
 どこにあるかもわからなければ対応することさえ難しい。
 子供の姿になった生徒達には圧倒的に不利な状況だ。
「遊びはおわりだっけ? それならボクも本気になろうかな」
 右翼の黒虎の姿を揺らめき、周辺が黒く色づき始める。
 陽炎のようなその姿がはっきりしてくると、そこには一匹の虎が立っていた。
 鋭い爪を生やした四本の足を地につけ、白黒が逆転した身体は全体が黒の割合が多い。
 しかし、背中から生えた片翼の翼がただの虎でないことを物語る。
「おいおい……子供相手にそれはないんじゃないか?」
「悪い子には躾が必要だということだよ」
 獰猛な瞳で巨大な体躯の虎が生徒達を見下す。
 手に汗を滲ませながら武器を強く握りしめ、生徒達は気を引き締める。
 身体を覆うように溢れだしたオーラがより一層右翼の黒虎を大きく見せた。

 爆発が起きたのはそんな時だった。

 轟音と共に右翼の黒虎の背後で火柱があがった。
 神殿の石床が弾け、巨大な穴が開く。
 生徒だけなく右翼の黒虎もこれには驚いていた。
「だからやめようって言ったのに――げほっげほっ」
 神殿に開いた穴の底から声が聞える。
 そこからミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、続いてノルン・タカマガハラ(のるん・たかまがはら)サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)、最後に及川 翠(おいかわ・みどり)が真っ黒煤だらけで這い上がってきた。
「うーん、ちょっと失敗だったの。でも手に入ったから――」
 その瞬間、ニヤケ顔で見つめていた手元のクリスタルが盛大に弾けた。
「しょ――ショックなのぉ!? ようやく見つけたお宝だったの……」
 号泣しながら空気の抜けた浮き輪のように倒れこむ翠。
 すると、右翼の黒虎が牙を抜き出しにして憤怒の怒りを露わにする。
「よくもやってくれたな。ボクの大事なエネルギーを……」
 溢れだしていたオーラがみるみるうちに消えていく。
 井戸の底から神殿への地下へと続く通路を見つけ探索を行っていた翠は、安置されていたエネルギー貯蔵の魔法石を見つけ、興味本位で台座から取り外した。。
 まったく本人の知らぬ所ではあったが、それが結果として仲間たちを助ける結果になったのだ。
 スカートについた煤をはらっていたノルンは、向けられた殺意に肩を震わす。
「翠さん、なんだか怒っていられるみたいですよ」
「そうなの? えっと……ごめんなさいなのっ!」
 陽気な声をあげる翠に、右翼の黒虎は稲妻が落ちたような咆哮をあげる。
 戦闘はすでに避けられない。
「仕方ないの。憂さ晴らしついでに相手してあげるの」
 翠はデビルハンマーを片手で持つと、ホームラン予告のように右翼の黒虎へ向けた。
「覚悟してもらうの!」
 走り出し、上段から振り下ろした一撃は右翼の黒虎の鼻先を掠める。
「私達も援護するわよ!」
「かしこまりました」
「任せてお姉ちゃん」
 機晶魔剣・雪華哭女を手にミリアはノルン、サリアと共に翠の援護に向かう。
 重い一撃の隙をカバーし、同時に四人で連携しながら隙を狙って攻撃をしかける。
 元からいた生徒達も加わると、地上に右翼の黒虎の逃げ場は失われつつある。
「くそっ、こう纏わりつかれては――!?」
 そこで飛び立とうとした右翼の黒虎の広げた翼に銃弾が命中する。
 付け根に受けた衝撃で右翼の黒虎はバランスを崩し、近くの石柱に激突して倒れ込む。
 落ちてきた破片を浴びながら銃声のした方を見ると、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が試製二十三式対物ライフルに弾を装填しなおしていた。
「浅かったでありますな。次こそは行動不能にするであります!」
「くそっ、やらせるか!」
 吹雪が引き金を引くのと同時に、右翼の黒虎が尾に一瞬にして燃え上がった炎を放つ。
 銃弾は火球とすれ違い、右翼の黒虎の肩口を抉りぬく。
 回避行動をとろうとした吹雪。その目の前に一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)が入り込む。
「くぅ……」
 焼き尽くそうと襲いかかる火球を花散里で止め、弾き飛ばすように全力で攻撃を逸らす。
 サウナにいたような暑さとギリギリの攻防に、総司は全身汗だくになっていた。
 総司は刀を構えなおしながら叫んだ。
「瘴気が神殿の床下から漏れ出しています! あれが全て外に出てしまったら……理想郷なんて崩れてしまうかもしれない。それを今、左翼の白虎がたった一人で抑えてくれています! 貴方は自由を得たかもしれない、でもその自由と引き換えに、ずっと側に居た左翼の白虎を犠牲にするのか!?」
 瞬間、右翼の黒虎の眉がピクリと動いた。
 全てを忘れたわけじゃない。捨ててしまったわけじゃない。
 そう感じた総司は胸に熱い想い込み上げてくる。
「連れ帰ります、絶対に、あなたを!」
「誰が……帰るものかっ!」
 咆哮と共に火柱が神殿内に巻き起こり、生徒と右翼の黒虎の攻防は激しくなった。
「総司、こっちへ!」
 土方 歳三(ひじかた・としぞう)が罠へ誘導しようとする。
「そんな見え透いた罠など――!?」
 罠を回避しようと移動した右翼の黒虎の足元が光り、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が口角を吊り上げて笑みを見せる。
「かかったな」
 右翼の黒虎の足元でベルクの仕掛けた【インビジブルトラップ】が発動し、爆発を引き起こす。
「でも、これで終わりじゃないぜ」
「本命はこっちだ」
 爆発に連動して、歳三の仕掛けておいた罠も発動して右翼の黒虎を拘束する。
 無数の縄のから抜け出そうとする右翼の黒虎の背に飛び乗り、歳三は必死に訴えた。
「お前は寂しかったらしいが、1人じゃ無かった筈だ。ずっと隣に白虎が居ただろう!?」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」
 それでも抵抗する右翼の黒虎は歳三を振り払い、縄を引きちぎる。
 だが、そんな僅かな隙を吹雪は逃さず、慎重に狙いを定めて再び撃ちこむ。
「今度こそ外さないであります!」
 宣言通り見事翼の根元に命中した銃弾は、胴を伝い床まで垂れる血液の流れを生んだ。
 生徒達の攻撃で負傷しながらも、立ち上がろうとする右翼の黒虎。
「嫌だ……ボクはこの村を……この村で生きるんだ……」
 涙を流し始めた右翼の黒虎は、何度も途中で膝をついてしまう。
「なんでわかってくれないんだ……」
 とうとう立ち上がる体力もつき、右翼の黒虎はその場に倒れ込んでしまった。