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腐り落ちる肉の宴

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■ 死者達の宴 【9】 ■



 綺麗さっぱりと地面に染み付いた血や体液すらも全て無くなっていた。
 辛うじて残った死臭も木々に付着する前に風に吹かれて消えるだろう。
 噴水の縁が一部壊れた事と地面や木々に被害があるものの、公園は死者達が溢れる前の姿に戻っていた。
 無かったことにする。それを有言実行してみせた魔女の姿はもうこの場に無い。
 何が一体どうなったのか、それを正しく理解できたのは、噴水に集まる契約者達から距離を置いた場所で佇む破名一人だけだろう。
 ルシェードが行ったのは、破名だけが操ることの出来る古代文字『楔』が可能とさせる、方法や、形や、規模、犠牲の有無等の違いはあるものの、生きた者を使った『転移魔法』の原型そのものだった。だから、破名だけが呼吸を忘れるほどに驚き、指一本動かすことすらできないでいる。
「もう、なんなの! というか、この逃げ切りってありなわけ!」
 セレンフィリティは、この堂々たる逃走に対しどう思うとセレアナに問うた。
「増々と厄介だな」
 こんなに鮮やかに痕跡すら残さないとなると。と、唸る甚五郎に羽純も難しい顔をした。ブリジットが公園が輝いたことに驚き戻ってきた事をスワファルが知らせる。
「消えたよ、歳兄ぃ」
「そう、だな」
 それぞれ武器を収め、総司と歳三はまるで夢でも見ているのかと周囲を見回す。
「もう、平気みたいだ」
 立てる? と勇平は守り切った人達に騒動が終わったことを伝える。ウイシアとウルスラグナは腰が抜けて立てない被害者にそっと手を差し出した。
 ヒーローの道を選んだジェライザ・ローズに助けだされた子供は興奮したまま今度は両親を探してくれとねだる。
「い、一件落着ですね」と、無事戻ってきたパートナー達にリースはほっとした。ばっちりやってやったわと得意なマーガレットと大役を果たし満足したアガレスにナディムは苦笑した。
 軽く息を弾ませるグラキエスをエルデネストはストレスを与えないようにそっと地面に下ろす。合流したゴルガイスは、いいリハビリだったと血色よくご機嫌に言うパートナーにそうかと笑って、共に戦ってくれたスカーを主である彼の元に返した。
 直接触れて汚れたはずの死者を統べる墓守姫が、その汚れた体液一滴さえ残さず消えてくれたことで綺麗になっているのに、姫星は心から安堵した。反対に、消滅する最後の最後まで術者に使われた死者達を思い出した統べる墓守姫の表情は晴れなかった。
 超感覚で具現化させた耳を消し、軽く左右に顔を振るったフレンディスは久しぶりに大暴れしてさっぱりしたレティシアと合流し「全くこんなのに巻き込まれて……クロフォードの奴もトラブルメーカーなんじゃないか」とのベルクのこぼしに、そういえばと思い出し、無事を確認するために走った。
 倒した死者が光に還って消えた。終わったとエドゥアルトは壁に倒れるように背中を預けた。最後まで立ち続けたことが、些細なこととわかっているが、その事実が一種の達成感となって心が温かい気持ちで満ちる様だ。
 母親と再会した子供を見送ったナオは、守る事、守り切った事、全て含めて自分が抱いている感情に無意識に自分の胸に片手を添え押さえた。
 光ったことで慌てて戻ってきたネーブルは何事もなかったように元に戻っている公園によかったと安堵し、結局顔も見れなかった首謀者に怒りを燃やす。
「クロフォード!」
 ルカルカの手を借り立っていたシェリーは、ふらふらとした足運びで噴水に近づく破名に気づき叫んだ。
 走りだした少女に、ブルーズは凍えたままでは辛いだろうと暖を取る為に呼び出し密集させていた大量のコウモリ達をシェリーから剥がし、自分の影に戻してやる。保護者と庇護者の再会かなと天音は片手を腰に当てた。
 孤児院の保護者に向かって走ったシェリーは途中落ちていたピクニックシートを引っ掴むと、駆けるそのままの勢いで破名の顔に両手を使ってピクニックシートを思いっ切り押し付けるように叩きつけた。
 バシンという景気の良い音が響いたので、噴水周辺が一瞬だけ静かになる。
「酷い顔をしているわ」
 シェリーの囁きに、破名の腕に抱かれているフェオルは姉の顔を見た。
 ピクニックシートを叩きつけたシェリーはそのまま破名の頭にそれを被せる。
「……怖い顔をしているわ、クロフォード」
 全身びしょ濡れになっているシャンバラ人の少女は、寒さでもなく、恐怖でもなく、保護者の目に渇望の色を見つけて、今まで感じていた予感を実感し、ピクニックシートを強く握りしめながら体を震わせていた。そんな少女の頭に破名はそっと手を置く。
「見たのはシェリーだけか?」
 問われて、シェリーは周囲を見た。何人かは見たのかもしれない。けれど、破名が誰を気にかけるべき対象にして心を砕いているのか知っている少女は「うん。私だけよ」と緩く首を縦に振った。
「そうか。驚かせてすまないな、シェリー」
 貼り付けられたピクニックシートを顔から剥がし、いつもの顔を叩かれた痛みで赤くした破名は、フェオルを抱き直すと預かっていたカチューシャをシェリーに渡した。振り返って子供達を呼ぶ。
「皆、礼は言えるか?」
 全員集まると結構な大所帯で、感謝の合唱に、エースは怖い思いこそしただろうが大事にならなくてよかったとメシエと二人頷き合う。
「でも、本当に今日は助かった。ありがとう」
 もう一度破名が感謝にこの場に居る全員に頭を下げた。
 保護者の挨拶が終わり、解放の機と男の子は美羽とベアトリーチェに、女の子はネージュと水穂にそれぞれ群がって、もっかい見せて、もっかいやって、とねだり始めるもので、破名とシェリーが行儀が悪いと慌てた。
 連絡を受けて漸く駆けつけてきた人間にダリルは組んでいた両腕を解く。



 男性に近くの公園で起きた騒動について呼び止められて、和輝は後ろの二人を見遣った。
「我々も、今回の騒動の原因を探って追ったのだ。それを首謀者だと? 稚拙な発言も休み休み言え、愚か者が」
 首謀者を捕まえられなくて苛々しているのはこちらも同じと不機嫌に『ダンタリオンの書』が対応した。



 去り際に、破名は一度契約者達に振り返っていた。
 様々な疑問や仮説に考え浸っていたり、さっさと帰ろうと帰宅の準備をしていたり、今のは本当になんだったのかと呆然としていたり、それぞれ三者三様の契約者達に向かって、破名は口を開き、
「……――ッ」
閉じた。
 契約者に、何を語ろうとしていたのか。
 ルシェードを知っているという事をか。
 自分が破名であるという事をか。
 遥か昔に失われた古代魔法の模造を披露され、揺れ動く自分の心情をか。
 選べと言われたら何を取るのか知っているが為に答えを出せない自身の悩みをか。
 告白し、吐露して、ぶちまけて、どうするというのだ。
 どんな筋道を選んでもやがては辿り着くだろう『系譜』の機密を自ら漏らすような真似は、規則に縛られている破名にできるわけがなかった。
 反射的に自分が何をしようとしたのか、我に返って破名は首を左右に振った。
 無事を確認するように子供達の名前を呼びながら雑踏の向こうへと消えていく。