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リアクション
第一章:敢えて言おう。メリー・クルシミマスと!
「やっぱり空京は賑やかでいいわね。もちろん、ツァンダも悪くないんだけど」
その夜、蒼空学園の雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、クリスマス・イブで盛り上がる空京にやってきていました。
クリスマス・パーティーを開くなら大勢の仲間を呼んで、わいわいしたいものです。
災厄体質ではありますが、雅羅も女の子です。お買い物もしたいし、おいしい物も食べたいです。綺麗なお祭りも見たいんですよ。ツァンダでもクリスマスは楽しめますが、手に入りにくいプレゼントもあるし……などと考えながら、ほくほく顔で、夜の街を歩きます。
今夜の雅羅はご機嫌です。手提げ袋いっぱいにお買い物ができたのです。
パーティーの飾り付けやケーキ作りのため、足りなかった素材を買出しに来ていたのですが、まだ何も悪いことは起こっていません。
美しく飾り付けられた安全な大通りを、無害で幸せそうなカップルたちが行きかっています。活気ある店先では、サンタのバイトが売り子をしています。
クリスマス・イブですから、夜の街を女の子たちだけで出歩いても全然大丈夫です。
「プレゼントも買ったし、帰りましょう。みんなが待ってるわ」
数件の店を見て回っていた雅羅は、買出しに付き添ってくれていた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の緊張感漂う表情を見て、ちょっと怪訝な口調で聞きます。
「どうしたの? さっきからずっと黙り込んだままだけど」
「ううん。なんでもないよ」
夢悠は明るい口調で答えます。人通りを見つめる彼の瞳は、いまだ警戒心に満ちていますが。
「気に障ったらごめんね。変な連中がうろついているって噂を耳にしたものだから」
今の夢悠は、雅羅のボディーガードの役も担っているのです。雅羅に何かあっても、必ず守りきって見せるのです!
彼女と一緒に気楽にお買い物としゃれ込みたいところですが、何しろ雅羅のことです。いつどこでどんな災難が待ち受けているとも限りません。第一、そこまでの思い切りがなかなか持てていません。
本当は、雅羅には出歩いてほしくなかった夢悠でしたが、イブの夜に引きこもりというのも寂しいものです。雅羅がイルミネーションを見たがったため、気合を入れて付き添っていたというわけなのです。
これには、夢悠は最初はちょっと焦りましたよ。他についてきてくれる人もいなく、雅羅と二人きりの買出しになってしまったのです。
これって、もしかしてデートじゃないだろうか? 雅羅がそう思っていなくても、夢悠はドキドキです。周りからは、二人の様子はどう見えているのでしょうか?
「寒いね。でも、来てよかったよ」
夢悠は、自分の顔が赤くなっていないか心配でそっぽを向いて言います。パーティー会場へ戻る道を、雅羅と並んで歩きます。ゆっくりと落ち着いて買い物ができたわけではありませんが、二人だけのひと時は幸福すぎます。
「私のわがままで、買い物に付き合ってくれてありがとうね。もうみんな集まっていて、パーティの準備も始まっているのに、夢悠だけ仲間はずれにしちゃったみたいね」
雅羅は申し訳なさそうに言います。
「そんなことないよ。オレも外の空気を吸いたかったところだったし、準備はオレがいなくてもはかどっているから」
こんな仲間はずれなら大歓迎だ、と夢悠は心の中で呟きます。
「と、ところでさ。ずいぶんと買い込んだものだね。その袋、重そうだから持とうか?」
夢悠がそう言ったのは、もちろん親切心からでもあるのですが、もう一つ狙いがあったのです。
(ここで、雅羅にプレゼントを渡してしまおうか……)
実は、夢悠の肩掛けカバンの中には、雅羅へのプレゼントが入っているのです。
パーティー会場に戻れば、他の仲間たちもたくさんいます。雅羅と二人きりになれる機会は限られてくるでしょう。この千載一遇のチャンスを見逃す手はありません。みんなの前で割って入って雅羅にアプローチするほどの勇気は残念ながら備わっていません。
会話の取っ掛かりが欲しかったのです。
―――へえ、みんなへのクリスマスプレゼントを買ってたんだ。
雅羅から手提げ袋を受け取った夢悠はそう言うでしょう。
―――実は、オレも雅羅に渡したいものがあるんだ。
―――あら、何かしら?
―――これ、オレからのプレゼント。ちょっと早いけど、メリー・クリスマス!
―――まあ、嬉しい! ありがとう、夢悠。
―――恥ずかしいから、みんなには内緒だよ。もっといいプレゼントも用意されているだろうし。
―――そんなことないわ。気持ちがこもっているもの。
―――雅羅が喜んでくれると、オレも嬉しいよ。雅羅の幸せはオレの幸せだから。
―――夢悠……。
「……ぐふっ」
妄想していた夢悠は、思わず鼻血を吹き出しそうになり、大慌てで鼻から下を手で覆い隠します。
なんなのでしょうか、この甘い感じは。気を引き締めないと、暴走してしまいそうです。
「ありがとう。でもいいわ。袋くらい自分で持てるから」
雅羅は、そんな様子を気にすることなく答えました。
「そう。ならいいけど」
夢悠は、落ち着いて呼吸を整えます。危うく雅羅の前で挙動不審になってしまいそうです。
雅羅がじっと夢悠を見詰めているのは視線でわかります。目を合わせたら、きっと彼女は微笑み返してくれるんじゃないでしょうか? そんなことになったら、心臓が破裂してしまうかもしれません。
そもそも、いまだに女の子の相手が苦手で、雅羅との距離を一気に詰めて良いのか、落ち着くべきか悩んでいるところだって言うのに、どうして二人きりで仲良く街を歩いているんでしょうか? 皆で一緒にクリスマスを過ごすほうが気が楽だからパーティーに参加したのに、最初から計画が破綻しています。
「あ、あのさ」
何かを話さないと、と夢悠は焦ります。あまり黙り過ぎているのも変な感じですが、とっさに気の聞いた台詞が思い浮かびません。
気まずい空気になると、プレゼントも渡しにくくなります。もういっそ、この辺でそろそろクリスマス中止のフリー・テロリストでも登場して戦闘シーンに移してほしいところです。容赦なく戦ってもいいですが、周囲に迷惑がかかりそうなら、雅羅の手を引いて逃げてもいいですね。愛の逃避行です。雅羅の手を……。
「……」
何を考えているんだ。そもそも、二人の前にフリー・テロリストが現れないということは、リア充として見られていないからじゃないか。やはり少し距離をとろう、と夢悠は思い直しました。
雅羅の幸せそうな様子を見てるだけで十分なのです。それだけにしておこう……。
すると、ですね。
「はい。これ私からのクリスマスプレゼントよ。一足先に渡したかったの」
不意に、そっぽを向いて考え事をしていた夢悠の首の周りに長いものがふわりと巻きつけられます。柔らかくて暖かい感触が包み込み、夢悠は驚いて思わず雅羅に向き直りました。
「!?」
それがマフラーだと気づくのに、数秒かかりましたよ。夢悠が別の方向を向いている間に、雅羅が手提げ袋から取り出していたのです。
「手編みマフラーじゃなくてごめんね。あまり派手にしたくなかったから」
夢悠を正面から見つめながら、雅羅はちょっと恥ずかしそうに微笑みます。赤くなった顔がとても可愛いです。
「あ、ありがとう」
夢悠は、その場に固まってしまってうまく言葉が出てきませんでした。いったい何が起こっているのでしょうか? いい雰囲気じゃないですか。
「じっ、実は! オレからもプレゼンt」
緊張のあまり、舌を噛みながらも夢悠は思い切ってカバンからプレゼントを取り出します。クリスマス用の包装紙に包まれた小さな箱にはリボンが掛かっています。
それを手渡すと、雅羅は驚きつつも嬉しそうに受け取ってくれます。
「ありがとう。開けていい?」
「もちろんだよ」
夢悠は、雅羅の手の中の包みをゆっくりと開けて見せます。
「わぁ、きれい!」
それは、ガラス製の可愛らしい雪だるまとトナカイがセットの置物でした。街灯の光を浴びてキラキラと輝くさまを雅羅は、魅入られたように見つめます。
「嬉しいわ。大事にするわね」
そっと抱きかかえてお礼を言う雅羅の表情は、本心から喜んでいるようでした。プレゼントを包み直すと、大切にしまいこみました。
「……」
「……」
あとは、なんとなく無言でした。並んで歩く二人。
雅羅は、前を向いたまま優しく夢悠の手をとります。
「……」
夢悠も赤くなったまま軽く握り返しました。こんな時間がずっと続きますように。二人の心が迷子になってしまいませんように。
そんな素敵な一時を祝福するように、街角でサンタ衣装のバイトがカップルたちにプレゼントを配っていました。
「メリークリスマス、でありますよ〜。二人の夜がアツいものでありますように〜」
キャンドルサービスのロウソクを手渡してくれて、雅羅も受け取ります。
「ありがとう」
お礼を言って通り過ぎてから、雅羅はギクリと立ち止まりました。二人を見つめる目が呪いに満ち溢れていたのです。
「 おっと、間違えたでありますよ。本命のプレゼントはこちらであります。 」
闇に響く低い声と共に、背後から火のついた筒が飛んできます。
「!!」
用心深く周囲を警戒していた夢悠は、すぐにそれが火炎瓶だと気づきました。足元で炎が広がるより先に、彼は雅羅の手を引いて全力で逃げ始めます。
「やっぱり出た! テロリストだ!」
「 忌々しいリア充の皆さん、こんばんは〜。惜しみなく爆発して、燃えるクリスマスを満喫するでありますよ〜! 」
暗い情念が生み出した悪魔、フリー・テロリスト葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が今宵も登場です。
クリスマスですもの。吹雪だってサービス精神旺盛です。街行く全てのリア充たちに、キャンドルサービスを提供できるよう、火炎瓶もてんこ盛りで用意してあります。街を火の海にする気満々です。
瞬く間に、周囲は阿鼻叫喚になりました。
ポリスメンが駆けつけてきますが、安月給でイブの夜にまで働く官憲ごときに簡単にお縄を頂戴する吹雪ではありません。雑踏に紛れ込みながら、カップルたちに怨念のこもったプレゼントを施していくのです。
特に雅羅などは重点的にツブしておくべきリア充メーカーの一人でしょう。一体、何人を手玉に取るつもりなのでしょうか、この女は? 災厄少女などと呼ばれながら、相手をとっかえひっかえしている人気者です。
吹雪は、執拗に追いかけ始めます。今、雅羅と手を取って逃げている夢悠だって、雅羅の毒に当てられた一人に違いありません。なんと、気の毒なと吹雪は思います。
「 夢悠、目を覚ますでありますよ。お前は、本来こちら側の人間なのであります。その女の魔力に騙されているだけなのであります。 」
「オレのことはどれだけ悪く言ってもいいけど、雅羅を悪く言うな!」
大人しい夢悠が珍しく怒りをあらわにします。
「 すでに手遅れでありますか。怒り、憎しみ、嫉妬……。非リアたちの怨念の炎に焼かれるといいでありますよ! 」
吹雪は、ありったけの火炎瓶を投げつけます。
「 この世に、リア充として生まれたことを後悔するであります! 」
ガガンッ、ドガガガッッ!
次の瞬間、吹雪は横合いから突然飛び出してきた大型の馬車に衝突していました。馬に蹴られて、車輪で轢き潰されて、地面をごろごろと転がります。
「なんぞ、おましたかな? 変な物を踏んだような気がするんどすが」
馬車を操っていた此花 知流(このはな・ちるる)が、違和感を覚えて首を傾げます。
彼女は、ルゥ・ムーンナル(るぅ・むーんなる)と城 観月季(じょう・みつき)と共に、パーティー会場へと向かう途中でした。
【ワイルドペガサスの馬車】に【達人の手綱】を使って御者を務めている知流が、事故など起こすはずはありません。きっと気のせいだろう、と彼女らはそのまま走り去っていきました。倒れた吹雪を馬車で踏んでいくことも忘れていません。
「今のうちだよ」
吹雪が動かなくなったのを見て、夢悠は雅羅を連れてその場から素早く立ち去ります。
ちょっと危なかったけど、災厄は逃れることが出来たのだろう、とほっと胸をなでおろしたのでした。
ほどなく。
「 お! の! れぇぇぇぇ! 」
地面にめり込みかけていた吹雪は怨嗟の声を上げながら起き上がりました。瞳に凶悪な殺意を秘めて、雅羅たちの逃げ去った方向を見やります。とんだ突発事故で獲物を取り逃がしてしまうとは。しかし、これからが彼女の本領を発揮するところなのです。
「……」
そんな吹雪の正面に、衣装の前を全開にし“クリスマスツリー”を披露した男が笑みを浮かべて立っていました。
人ごみに紛れ込むためにサンタ姿をしている吹雪は、黙っていればそれなりの美少女なのです。ただのサンタ少女と誤認したのでしょうか。
吹雪は、無言で持っていた火炎ビンで男の頭を叩き割ると油で滴るツリー男に火を放っていました。
ギャアアアアアア! と悲鳴を上げるツリー男を置き去りにして、吹雪はリア充を爆発させるために追い始めます。
クリスマス・イブの決戦が始まったのでした。
○
「さっそく、一人やられたようだな。標的を見誤り、早まったまねをするからだ」
空京の自称、“カリスマ・ニート” トニー・ビーン(♂)は、物陰から一部始終を見つめていました。
彼の元へと、“クリスマスツリー”を見せ付けるために集まってきた男の一人が、あっさりと退場してしまい残念そうな表情になります。
自分の目的を再確認しなければならない、と彼は気持ちを引き締めなおします。
ツリー隊は、今夜サンタ服の下には何も身につけていません。とても寒いです。
しかし、それはリア充を爆発させるためにやっているのではないのです。
フリー・テロリストなどといった連中と一緒にしてもらっては困る、とトニーは思いました。対立するつもりはありませんが、一線を画すべきです。
彼らは、表現の自由を発露する芸術家集団であり、リア充に固執する必要はないのです。それが、美学。いやもちろん、リア充を狙ってもいいのですが、本当のターゲットはサンタ少女です。
「オレはただ、ミニスカサンタと一緒にクリスマスツリーを見たかっただけなんだ。本当のクリスマスツリーを」
トニーは遠い目で街のネオンを眺めます。
だから、見せよう。自分たちのクリスマスツリーを!
「さあ、行こう!」
ツリー隊は、クリスマス・イブで賑わう空京の街中へと散っていきます。
さて。
いよいよ、本番です。派手に遊び、派手に散ってみましょうか。
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