リアクション
* * * * * 話は少し前に溯る。 初めカガチから連絡が行ったのはスヴェトラーナにだった。 正月三が日を終えて実家から帰宅したカガチを出迎えたのは、東條 厳竜斎(とうじょう・げんりゅうさい)作の大量の雑煮だった。 「なんかこー、料理し始めると昔の事思い出して楽しくなっちゃって」 成る程理由は分かったが、こんなに大量に作られても今年の正月は「餅は飲み物!」と頼もしいパートナーの一人も不在だし、どうしたらいいものか……。 考えて思い当たったのがスヴェトラーナの存在だった。ついでに彼女の両親も連れておいでと声をかけたら、上手い事予定が空いていたようで、ツァンダのドのつく郊外の日本の古民家風木造二階建てに似つかわしく無い見た目の三人組がやってきた。 「明けましておめでとう御座います」 「今年も宜しくお願いします!」 「おーう、なんか賑やかじゃねえぇか」 タッチの差でやってきた椎名 真(しいな・まこと)と原田 左之助(はらだ・さのすけ)と互いに腰を折って挨拶し、わいわいと中へ入って行く。 出迎えた顔を見てアレクがカガチに声をかけた。 「葵とかは?」 カガチのパートナーの不在への質問に、居間からルーシー・ドロップス(るーしー・どろっぷす)がひょっこり顔を出す。 「他の奴らは初春セール乗り込みに行ったよ葵はシラネ」 カガチのパートナーの東條 葵(とうじょう・あおい)は、去年から消息不明だった。唯一の手掛かりである手紙をカガチはそのままアレクに渡す。 『モイ! サウナって身体と目の保養にいいね! もう天国っていうレベルじゃない気持ちよさ』 「――フィンランドか」 表情は変わらないものの、呟く声にアレクが残念がっている事にカガチは気がついた。葵とアレク、二人で居ると良く分からない言語で話しているので内容は理解出来ないが、それなりに心を許した相手なのだろう。 「あーそうね。あと一緒にサルミアッキ送って寄越してきたんだけど――」 「待て」 キャンディタイプの菓子を棚から取り出そうとするカガチに、アレクはブンブンと首を振って制する。 「あれは駄目だ。なんでリコリスとアンモニウムを一緒にした? 出すくらいなら受け取り人として責任もってお前が全部食えカガチそして暫く近寄るな」 「俺はもう勘弁してください」 「だよな。日本人があれ食う訳ないよな。 ツェツァなら食うかもしれんが、まあ……出すな。これ以上あいつに変なものを覚えさせないでくれ」 「りょうかーいっと。 んで縁ちゃんは電波の届かない所にいらっしゃるし、瀬島は電話出たけどなんか怨嗟の声聞こえたからそっと切った」 「冬の課題が終わらないって」真が苦笑する。 「バカだなあいつ。此処に持ってくれば俺が教えてやったのに」 「あー……雑煮くらいしかないんだけど遊ぶなら色々あるし、俺は特別もてなしたりしないから好きにだらだらしてってー」 「酒があるならありがてぇ、あるよな?」 「原田さんいつも通りだなー、酒もあるよー」 「あ、カガチ。コレお土産のお餅。元旦に実家もどったときにみんなで餅つきしたから」 袋の中身を横から覗き込んで、アレクが何も言わずにジゼルの作った焼き菓子の袋をカガチに押し付ながら首を傾げた。 「餅って固い食べ物なんだ。それで? なんで殴るの?」 「あはは。えーとねアレクさん、あれは殴ってるんじゃなくてついてるんだよ」 「…………どう違う?」 「説明難しいな」 真が頭を抱えているのを横目に、ジゼルが厳竜斎へ向き直る。 「お餅、また増えちゃったみたいね」 「ちなみに餅というのは毎年何人もの人間を殺してる危険な食い物でな」 「知っているわ。 あおぞらでも1月にお雑煮定食を出すけれど、看板とメニュー表に注意書をのせているの。 お餅って美味しいけれど、なんというか食感とか……面白いわ。 女将さんが日本人だから日本の料理は色々教えて貰ったけれど、いつか本場で食べてみたいなぁって思うの」 「そういやジゼルちゃん達は日本には行った事ないんじゃったな」 厳竜斎が確認する様に言うと、スヴェトラーナは「あるにはあるんですけど」と言い淀む。 「基地から外出てないですね」 「私はアジアに行った事がないかも」 「しかしじゃあどーよ、このまさに日本て感じの正月。 スヴェータちゃん達にはこの建物自体見慣れねえかもわからんの」 厳竜斎はそう言いながら居間の外を示した。 何処迄も続く広い庭は……というか何処迄がこの家の庭なのかもわからない。向こう側の風景はハッキリ言って森である。此処は元々日本に強く憧れていたシャンバラ人が建てたもので、諸事情で借家になっているのを借りたものらしい。 「俺も最初見たときは吃驚したものここシャンバラだよなって。 まあもう何十年も前の話だけどな。 こんなに賑やかなのも何十年ぶりかねぇ……家はちょっと改装したくらいで変わんねえんだけどよ」 しみじみと呟いて、厳竜斎は膝に掌を置き立ち上がる。 「……さて。雑煮以外にも何か食いたければ何か作るよ」 「私手伝うわ」と厳竜斎を追って台所へ向かったジゼルを見ていて、スヴェトラーナは自分が出遅れた事に気がついた。今更追いかけたものかと考えている矢先、ルーシーに肩を叩かれる。 「スヴェータちゃんあっかりーんなの? オレもあっかりーん呼んじゃお」 「はい。どうぞお好きなように」 「じゃさ。男どもは向こうでぐだぐだやってるし、料理って感じでもないし、こっちはこっちでなんかして遊ぶ? ゲームもあるけど。あ、花札って知ってる? オレもカガチに教えて貰ったんだけどこれがけっこー楽しいんだよ。 頭も使うし頭だけじゃでも勝てないんだなんつーの駆け引き? が大事なんだ」 「日本のカードゲームですかー。 私駆け引きっていうより『賭け』そのものが好きなんですけど花札って賭博にも使われるんでしたっけね」 「金はまずいっしょー」 「……じゃあ酒でも賭けますか。持ってきたんですよ。ヴォートカとラキヤ。 よし、左之助さんも呼んで来よう」 こうして彼等は、それぞれの時を過ごす。 |
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