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冬のとある日

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冬のとある日

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【7】


 日が経つというのは短くも長くも感じられる。
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、ジゼルと「この戦いが終わったらミリツァを誘って一緒に遊ぼう」と約束を交わしたのは三ヶ月程前の事だったろうか。
 この日の放課後、美羽とコハクはその約束を実行すべく、学園付近の定食屋あおぞらへ向かった。ジゼルのアルバイト先であるその店で、近頃ミリツァは手伝いをしているのだと聞いていたのだ。
「こんにちはー!」
 元気よく扉を開けば、美羽達の登場に気がついて直ぐにジゼルが駆け寄ってくる。今日二人がくる事は数日前に学園でやり取り済みだった。この店の客層の90パーセントを担っている蒼空学園では受講する講義によって既に冬期休暇に入っている事も有り、客足もまばらなようだ。ジゼルの表情にも余裕が感じられる。
「いらっしゃい二人とも、待ってたわ。
 えっと、上がりの時間まで暫くあるんだけど……」
 そういえば約束より少し早く現れた事に慌てている様子のジゼルにコハクが笑いかける。
「大丈夫、ちょっと早めにきたんだ」
「まずは腹ごしらえしなきゃ。
 お腹が空いてたらしっかり遊べないもん!」
 美羽のウィンクに成る程という風に両手をぱんと合わせて、ジゼルは二人を席へ案内する。程なくして水をサーブにしにきたのが、ミリツァだった。
「いらっしゃいませ」から「ご注文はお決まりですか?」までの動きと流れは完璧だった。
 ミリツァは矢張り箱入りのお嬢様なのだ、他の若いアルバイト店員のキビキビとした喋りや動きと違ってテンポはやや遅いものの、少しばかり熟れてきたのだろう。
 本当だったらミリツァと一緒に食事でもと思っていたのだが、タイミングが合わなかったのだから仕方ない。ミリツァがやや緊張した面持ちで仕事をしているのに配慮して、美羽とコハクは彼女を混乱させないよう、敢えて客として振る舞う事に務めた。ゆっくり会話するのはこの後でいい。


* * * * *



 その後「お疲れさまー」と労って友人を迎え、四人で向かったのは――
「学生の放課後って言ったら、やっぱゲーセンだよね♪」
 店先で美羽が看板を両手で示すのに、ミリツァが首をちょこんと傾げる。その反応にジゼルの顔を見ていた美羽の隣で、コハクが「ああ」と声をあげた。
「もしかして……ゲーセン知らない?」
「ええ。知らないわ」
 ミリツァは自分が世間知らずなところがあるとを数ヶ月で自覚していたようで、素直に告白した。
「何をする所なのかしら」
「…………遊ぶところ、としか……説明出来ないわね。何て言えばいいのかな」
 美羽とコハクへ助けを求めるジゼルに、美羽は顎に手を当てて逡巡する間を置いて、子犬が水を弾くように首をフルフルと横に振った。
「実際遊んでみれば分かるよ!」


「チョコバナナカスタードホイップ一つ下さい」
 館内のクレープ屋で注文のクレープが焼き上がる間、コハクは後ろを振り返った。
 お菓子を落とすゲームやカートレース、イコンの練習機に近いゲーム等を遊んだ美羽たち三人は、今『音ゲー』と言われる台を楽しみ終わったところらしい。
「はあ……負けた」
 がくりと肩を落とすジゼルに、美羽は「ジゼル音楽得意なのに意外だよね」と小首を傾げる。
「ボタン記憶しなきゃ出来ないからかな」
「配置という点だけで言えば、弦楽器の弦などと変わらないと思うのだけれど」
 先程の会話によるとピアノとヴァイオリンの経験があるミリツァがそう言うが、ジゼルは「ちがうよー」と否定した。
「楽譜は自分でタイミングを見れば良いし、合奏する時は皆と呼吸を合わせたり指揮者を見ればいいでしょう。
 でもゲームだと上とか横から丸いのとかニコニコマークとかうさぎさんが流れてくるから、良く分からなくなるの」
「そういうものかなぁ」
 ゲームが得意な美羽には良く分からないが、他ならぬディーヴァが言うならそういうものなのだろう。多分。
「じゃあダンスゲームとかも同じ?」
「あれは得意! だってステップ覚えるのと同じだから」
「屁理屈みたいね」
 ミリツァの呆れ声に笑いながら、美羽は適当な台を選んで三人でそちらへ向かった。
 初めにミリツァがプレイする流れになり、美羽が『初心者向け★☆☆☆☆』と書かれた曲目を選んでやろうとすると、ミリツァは首を横に振る。
「うふふ……我が民族を舐めない事ね」
 不敵に笑って、難易度マックスの曲を選択してしまった。
「大丈夫かなミリツァ」
 呟いた美羽の言葉は杞憂に終わった。というか凄まじかったのだ、ミリツァの足さばきは。余りの事にギャラリーが何十にも出来上がり、三人と合流しようとしたコハクが苦労する程だったのである。
「何さっきのステップ……鬼過ぎる」
 あんぐり口を開いたままの美羽に、ミリツァは自慢げに鼻をならした。
「酒を飲んで客人に食事と酒を振る舞い酒を飲んで踊って酒を飲む。それが出来なければ国民とは言えなくてよ!」
 印象が歪んでしまいそうな発言をしたり顔で言うミリツァに、ジゼルが困った笑顔で「皆がそういう訳じゃないと思うけど」とコハクに言う。
「ミリツァのところの民族舞踊のステップが凄いのは本当」
 そんな会話の間に周囲を見ていた美羽は、「折角だから対戦プレイしたいところだけど……ちょっとギャラリー多過ぎるよね」と肩をすくめる。
 それを聞いていたコハクは、ふとミリツァの視線が気になった。
(クレープ、興味あるのかな――)
 敢えて聞くような事でもないだろう。
「休憩にしよっか」と提案して、実際に買ってあげればいいだけだ。
 

 館内のベンチは四人で座るには少し狭かったから、余りの無理矢理加減に思わず笑みがこぼれてしまう。
「狭いね」
「ちょっと無理あるわね」
「僕立とうか」
「あら、だったらあなたが座って美羽を膝にのせるといいわ。お兄ちゃんは何時もジゼルをそうしていてよ」
「ッ――! なんでそういうこと言っちゃうの!?」
「あら、いけないことだった? だって本当の事だし、恋人同士が寄り添うのはごく当たり前の事ではなくて」
「でもっ――でもう……うぅぅぅぅ
 真っ赤になった直後丸まってしまったジゼルに笑いながら、美羽は何気ない話題を口にする。
「ミリツァの好きな食べ物って何?」
「シュトルードラ・サ・ヤブカマ」
 聞き取り易いようゆっくり言ってくれた名称だったが、生憎知っているものではなかった。美羽とコハクがジゼルに視線を向けると、彼女はむくりと起き上がって説明を添える。 
「シュトゥルーデルって言った方がいいかも。林檎味の」
 こちらの方が親しんだ名称だろうとジゼルが上げると、ミリツァは持っていたフルーツいっぱいのクレープを例に出した。
「このJapanski(*日本の)クレープ似てるわ。それとPitaの中間のようなものね」
「うん、パイって言ってもいいんじゃいかしら。
 生地で林檎を包んで、ホイップクリームとか、バニラアイス添えて――」
「今度あなた達にも食べさせてあげるわ」
「作るのは私よね」
 ジゼルの意地悪な笑顔に、ミリツァはアワアワしている。どうやらジゼルが何時もミリツァに作ってあげているらしいと分かって、美羽とコハクが吹き出すのに、ミリツァは赤くなってムキになった。
「そっ、その時はちゃんと手伝うわよ!」
「だから……作り方教えてよね」
「はいはい」
 義姉妹のやり取りが微笑ましくて、美羽とコハクの頬はそれからずっと緩みっぱなしだった。


* * * * *



 ミリツァは今日はジゼルのところへ泊まるらしい。駅前で二人と別れ暫く歩いた後、美羽は鞄のポケットからプリントシール機で撮影したシールを取り出した。
 美羽とコハクとジゼルとミリツァ。四人の笑顔と、コハクがミリツァにクレーンゲームでとってあげた景品の縫いぐるみが写っている。
「今日はいっぱい遊んだね、コハク」
「うん。一緒にご飯を食べたり、みんなで遊んだり……楽しかった」
 そういう楽しさをミリツァにも知って貰いたいと思って計画してたが、ホスト側になろうとしていた美羽とコハクも今日と言う日を心から楽しんだ。
(友達と一緒に遊ぶ、なんて一見普通のことだけど……それが、なんとなく普通にできて、何気なく楽しめるって、実はとても幸せなことなんだよね……)
「美羽」
 差し出されたコハクの手をとって、美羽は大切な人たちと居られる日々に幸福感を噛み締めていた。