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リアクション
セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、またしてもジェノサイドの阻止に努めなければならなかった。パートナーのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、バレンタインの今日もどういうわけか殺人兵器級と称される彼女の腕をふるいたがり、それはもう意気揚々と菓子作りに参加しようとしていたのだ。しかしそれを許そうものなら、この大教室が死屍累々の地獄絵図と化すことは分かり切っている。
「大丈夫よ。また、食べた人が美味しすぎて気絶するようなものを作るわ!」
自分のことを天才料理人だと信じて疑わないセレンは、自信をもってそう断言した。しかし無論、「美味しすぎて」の部分が全くの誤りであることを、セレアナだけは分かっている。
「せっかくのパーティーで気絶はしたくないと思うわよ」
「えぇ……でも」
「それに、ほら……セレンの料理は……」
言い出すのが困難といった様子のセレアナを見て、セレンは突如理解した。そして仕方なさそうに、しかし嬉しそうに笑みを浮かべて言う。
「もう、セレアナって独占欲が強いのね……いいわよ、あとでセレアナにだけ美味しいお菓子を作ってあげる」
「…………。とにかくほら、サボるわけにもいかないし、教室の飾り付けでも手伝いましょう?」
「いいわ。じゃあ、今日一日、素敵なバレンタインデーになるように頑張りましょう」
大雑把・いい加減・気分屋と三拍子揃ったセレンなので、飾り付けにも不安は残るが――それでも、菓子作りよりは平和的な作業となるだろう。
とりあえずセレンの意識を菓子作りから逸らすことに成功しただけでも良かったのだと、そうセレアナは自分に言い聞かせた。
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とそのパートナーたちも、大教室の飾りつけに取り組もうとしていた。
エースはお茶会の時に使う机や椅子を運びながら、時折立ち止まって妖精たちとの会話を楽しんでいる。今もまた、彼が持参した花々を見つけた妖精たちが、エースの傍へ近寄って来たところだった。
「綺麗なお花だー♪」
色とりどりの花束と、森に咲いていたプリムラやクロッカス。それらをしげしげと眺めながら、妖精たちは自然と笑みを零した。
エースが「ほかにお勧めの子(花)がいないか」と問うと、彼女らはそれぞれに自分の好きな花を挙げては、互いに「それも良いよね」と同意し合う。
そうして談笑している中でエースは、そういえばと前置きをして、妖精たちにあることを尋ねた。
「リトさんのこと、知っているよね? 彼女は妖精ではないようだけど、君たちとこうしてお話したりはするのかな」
気になっていたのだ。フラワーリングの住人達が、ちゃんとリトを受け入れてくれているのかということが。
すると妖精たちは揃って首を縦に振り、口々に喋り出す。
「うん! 族長の友達は、私たちにとっても友達だもん。よく一緒にお話ししてるよ」
「今日のお菓子作りも、リトちゃんの提案なんだ! 皆で一生懸命考えて、外の人に招待状を出したりしたんだー」
「リトちゃんは難しい字も読み書きできるし、計算だって出来るんだよ。でも、知らないことも一杯あるんだって。だからお互いに教え合いをしたりするんだよ」
そんな話を聞いて、エースは少し安堵する。このままリトにとって色々と話せる友達が増えて行くと良い。そしてこの村が彼女の家であって欲しい、と思う。
飾り付けの方は、セレンやセレアナと役割を分担して行った。
お茶会用の机や椅子、そしてこの学校自体が木造であることを考慮して、セレンは全てのインテリアを落ち付いた雰囲気でまとめようと決めた。そして壁紙や照明に調度品、テーブルクロスと食器類を、温かみのあるアンティーク調のものに統一していく。意外なハイセンスぶりを発揮して、セレンはそこに居心地のいい空間を演出したのだった。
部屋の各所に華やかさをもたらす草花の装飾は、エースの担当だ。花束を元に【エバーグリーン】で増殖をはかり、大教室を優しい花の香りで満たす。壁に這わせた青い蔦に可愛らしい花々を配置していけば、『フラワーリング』の名に相応しいパーティ会場となるだろう。
セレアナとメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、教室に植物とは別の色どりを加えるため、紙細工を作ることにした。
セレアナは元々貴族令嬢なので、この手の手芸などは教養として身につけている。
一方のメシエは自分がどうこうというよりも、パートナーたちが喜ぶだろうという確信に基づいての行動であった。
メシエが細長く切った色画用紙で丸い輪を作り、それを鎖状に繋げていると、それを見つけた妖精たちが少し近くへ寄って来る。興味津津といった感じの妖精たちに、メシエは色画用紙を渡して作ってみるように促した。
高所に装飾を施す際に、メシエが出来上がったカラフルな鎖を【空飛ぶ魔法↑↑】で浮遊させると、その妖精たちは歓声を上げる。
「自分たちで色々としていくのは楽しいだろう?」
子どもたちが笑顔でいるのは良いことだ、とメシエは思った。
そうして壁や天井を飾り立てている間に、ふと黒板が目に入って、ここが学びの場であったことを思い出す。そしてこの教室で教鞭を取っていた男――ソーンのことも。
メシエは擦り減って半分ほどの長さになったチョークを摘みあげると、【サイコメトリ】を発動する。学校生活を通じてソーンが何かを思い出していた痕跡などがあれば、彼を知る手がかりになる。そう思った。
そして、ぼんやりとその授業風景が見え始める。
――何故、こんな時に昔の事を思い出すのだろう。
出来たばかりの校舎から香る、木の匂い。秋風に揺れるカーテン。そして目の前には、好奇心の旺盛な妖精たち。彼らのどんな知識でも貪欲に吸収して行こうという姿勢は、かつての自分とはまるで異なっていて、些かに苦笑が漏れる。
――慣れ合いに何の意味があるというのですか?
そんな言葉を発していた自分は、つくづく生意気な学生だったと思う。それでも煩い生徒ややる気の感じられない教師には、当時から飽き飽きしていたのだ。そんな人間に無駄な時間を費やす位なら、図書館の本を片っ端から読み漁った方がよほど有益だろう。
だから周囲の人間が自分から離れて行っても、特に何も思わなかった。むしろ故郷で執拗に受けていた嫌がらせに比べれば、その状況は清々しいほど楽に感じられた。
ただ、家に残して来たあの人のことだけは心配だった。その度に優秀な人だから大丈夫だと、自分の心に言い聞かせはしたけれど。
――そう、彼女は優れた研究者で、医者だった。この世界で唯一人、尊敬に値する人物だった。ずっと追いかけて、追い縋って……それなのに何故、いつまで経ってもその手を掴めないのだろう。
騙す形にはなったが、集落の妖精たちやハーヴィに恨みがあるわけではない。封印されている機晶精霊を憎んでいるというわけでもない。ただ、これだけが自分に残された最後の手段だから――『煌めきの災禍』と弟を奪う。
それで貴女が生きるなら。
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