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リアクション

 ・ネコ耳メイドでキャンペーン

「成分が……あさにゃん成分が足りないのよ!!」
 自室にて、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は1人叫び声を上げていた。ここ最近、仕事やら残業やらで溜まったストレスが発露したのだ。
 それに実際、暫くあさにゃん成分を摂っていない。
「私だって、ストレス解消したいのよー!!!」
 お正月にあさにゃ……ではなく榊 朝斗(さかき・あさと)に告白されてから大人しくしていたというのもあるが、去年から数えてもう半年以上あさにゃんから遠ざかっているのではないだろうか。
「あさ……あさにゃ……」
 目に怪しい光を宿し、怪しい声を漏らす。
 そこでふと視界に引っ掛かったのが、置きっ放しにして忘れていた海京警察の交通キャンペーンのお知らせ文書だった。まだ内輪向けのそれをばっと掴んだルシェンは、その顔に活力を漲らせる。
「……やるなら今しかないわね!」
 携帯電話を出し、早速海京警察の署長に連絡を取る。彼は朝斗の上司であると同時に、あさにゃんが働くロシアンカフェの常連でもあった。
「あ、署長? 交通キャンペーンなんですけど……〜中略〜……え、OK? むしろ歓迎? 分かりました。ありがとうございます」
 貴賓への対応で失礼に当たらないような優雅な口調で交渉を終えると、次にロシアンカフェのマスターに連絡を入れる。これで、根回しはばっちりだ。
「あ、マスター? 実は……」

              ⇔

「なんだよこのポスター!?」
 キャンペーン初日、いざ出来上がったポスターを前に朝斗は思い切り叫んでいた。
 ――新春。
 それぞれの新生活が始まるこの季節は事故の発生数も増加する。それを鑑みて、海京警察は春の交通キャンペーンを行う事になった。そう聞いた時から、なぜか嫌な予感がしていたのだが――
「なんで特別ゲストのとこに『ネコ耳メイドあさにゃん』の名前が載っかってるんだよ!?」
 その予感はものの見事に的中していた。しかし、納得できない。できるわけもない。
「しかも、このしっかりと明記されてる『特別協力:ロシアンカフェ』ってなんだよ!!」
「なんだも何も、そのままの意味じゃない? マスターも協力してるのよ。お店の宣伝になるように頑張ってね!」
「……ルシェン! 絶対お前が絡んでるんだろー!」
 白々しく、だが語尾に音符マークがつきそうな程に生き生きとしているルシェンを追求するも、それは清々しいまでにスルーされる。
「キャンペーンは10日間だから、その間はこれを着て交通安全をアピールするのよ。特別に作ってもらったわ」
「10日間!? 毎日!?」
「当然、毎日よ!」
 信じられない、というか信じたくない朝斗に断言したルシェンは、あさにゃん用にアレンジを加えた婦人警官の制服を持っていた。
「さあ、時間がないんだから早く着替えて!」
「…………」
 既にポスターは海京中に貼られている。ここで拒否すれば、海京警察やロシアンカフェの顔に泥を塗る結果となってしまう。この時点で予算もそこそこ掛かっていそうだ。
 逃げられないと察した朝斗は、どうにでもなれ、と婦人警官の制服を勢い任せに受け取って着替えに行った。
(毎度思うけど、ルシェンの行動力と手回しの良さはどこから来るのかしら……)
 その様子を、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)は完全他人事として見守っていた。ルシェンは過去に数十回暴走しているし驚かないが、感心と共に呆れてしまう。
「じゃあ次はアイビスね! さあ着替えて!」
 だが、今回はここで終わらなかった。魔の手はアイビスにも迫ってくる。
「! ちょ、私も出なきゃいけないの……!?」
 爛々と輝くルシェンの瞳を前に、大いに焦る。以前、テレビ局のアイドル企画でユニットを組んで出演したから、その1人として盛り上げてということだろう。
「いけないの。キャンペーンに協力するのよ。衣装は、これね」
「あ、これを着ればいいのね」
 そうして渡された衣装は、煌びやかなステージ衣装ではなく婦人警官の制服だった。やはり、少しアレンジが施されているがあさにゃん程ではない。普通の警官の範疇だ。
 思ったよりまともだと素直に受け取ると、ルシェンはキャンペーンにおけるアイビスの役割を説明する。
「あさにゃんと一緒に、イメージキャラクターとして活動するのよ。はいネコ耳」
「アイドルじゃないの!?」
 ぽん、とネコ耳が渡される。
「マスターも是非って言ってたわ。ネコ耳警官あいにゃんとして頑張って!」
「あいにゃん!? えっ、やっぱり、ちょっ……!」
「さ! 早く!」
「……だ、だめぇぇ!!」

              ⇔

『ネコ耳メイドあさにゃん』改め『ネコ耳警官あさにゃん(婦人警官制服Ver)』を見に、たくさんの人々が沿道に集まっている。インタビュー番組「トッドの部屋」への出演や過去32回のネコ耳メイドとしての活動が実を結んでいるのだ。
「あさにゃーん!」と名前を呼ばれる度に、笑顔で、かつ可愛らしく朝斗は手を振る。イメージを崩さない為、しっかりと役割は果たすつもりだ。
 だが、内心で涙を流さずにはいられない。
 そして気の毒に思わずにはいられない。
 隣でもまた、アイビス――足の肌が見えないように黒ストッキングをはいた婦人警官あいにゃんが人々に笑顔を振りまいていた。朝斗には分かる。実は、彼女が物凄く恥ずかしがっていることが。
(ここ最近大人しくなってると思ったら……あとで覚えてろよ……!)
 ルシェンは、後ろからついてくる街宣車に乗ってあさにゃんの様子をデジタルビデオカメラで撮影している。
「久々のあさにゃん成分だわ〜。思ったとおり、アイビスもモデルとして申し分ないわね!」
 その彼女にうらめしげな目――は公の場では向けられないのであさにゃんとしての笑顔を向けながら、彼は念を送った。