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リアクション
第8章 相棒喪失
薙ぎ払っても薙ぎ払っても、人の波は厚くなっていく。
その人波の只中にいる狂戦士に、宵一は上空から近付いた。
(こっちだ!)
【プロボーグ】で挑発し、何とかその意識をこちらに向かせようとする。彼を見下ろすと、下から血の匂いが立ち昇ってきたように感じた。
まさに、血を浴びる狂戦士、だ。
そんな血腥い混戦模様の中、パートナーのひとりリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は、『迷彩バンダナ』で身を隠し、『罠作りのススメ』と『落とし穴キット』を手に、一心不乱に落とし穴を作っていた。しかしそれも、あまりに人が多くなりすぎたため、狂戦士から離れた所に作らなくてはならなくなっていた。
(狂戦士を狙う人、一気に増えたでふ。見たところほとんどコクビャクの兵士でふね)
急がなくては、敵の手で撃たれてしまうかもしれない。
落とし穴の周りには【防衛計画】と【インビジブルトラップ】で、狙いの狂戦士以外近寄れないよう細工をする予定なのだが、すでにこうも多くの人間が彼を狙っているとなると、効果的に発動できるかどうかが難しい。
(タイミングは慎重に……狙い澄ますでふ)
【トラッパー】を使い、黙々と作り上げた落とし穴が、ようやく完成した。
「さて、」
その人波を前に、プラチナムを装着した唯斗は、少し閉口したように頭を掻いた。
「正気に戻すために一発殴ってやるべき相手に辿りつくまでに、殴って退場してもらうべき奴らがずいぶんいるな」
「まどろっこしいことをせず、薙ぎ払って結構だと思いますよ」
「……。何にせよ、突っ込んでいくしかねーな」
「防御の面はお任せください。一つの到達点へと至った魔鎧として、後れを取るものではありません」
「頼もしいこった」
唯斗の後ろで、カーリアは、やや青ざめた顔で人波を見つめていた。
「コクビャクが…気付いたんだ……ペコラに……!」
コクビャクが卯雪を狙うのは、彼女がペコラ・ネーラ――エズネルの魂の欠片を宿しているからだ。
しかし、その欠片の大元であるペコラ・ネーラ自身が戦場に現れた。
当然、コクビャクにとって彼女は卯雪以上に利用価値がある。
そしてペコラは、己の魂の欠落を埋めるため、装着したヒエロと魂を接続して繋がっている……
「嬢ちゃん、ちょっとさがってた方がいいな」
大剣の柄を指を食いこませるように握り締めているカーリアに、唯斗はそれとなく声をかけた。
どうも彼女は、見ていて心配になるような、強くかつ不安定な感情を秘めているようだと唯斗は感じていた。
「じゃ、ちょっくらやってくるか」
プラチナムの守護のオーラを見えぬ鎧の如くに纏い、唯斗は戦場の只中に躍り出た。
幸いにも宵一のプロボーグの効果が出ているようで、狂戦士の剣は彼に向いている。捨て身であるがゆえに、挑発などの精神的に働きかけるスキルに対して、耐性が全くないらしかった。完全に宵一一人に向かっていく攻撃を【インビンシブル】で耐えつつ、【ソードプレイ】でじわじわと相手にダメージを与え、弱らせていく。
(しかし、捨て身の剣技……結構一撃が重いな……
こんな調子で戦ってたら、まともな人間なら一時間も持たずにへばるだろうに)
自衛の意識の完全に欠落した攻撃一択のバーサーカー、というものの恐ろしさと危うさとを、宵一は感じた。
ヨルディアはケイオスブレードドラゴンの上から【天使のレクイエム】を歌い、狂戦士の様子を注意深く観察していた。
歌は戦場に降り注ぐ。
狂戦士の正気を脇に押しやるほどの戦意は、常に着用した魔鎧ペコラ・ネーラの特殊な効果によって煽られ続けている。歌の効果は、一時は彼のその長剣を振るう手をとどまらせることはあっても、すぐに強さを取り戻すらしく、大きな変化は見られない。だが、むしろ、彼に向かって押し寄せる敵のコクビャク兵に対して、ヨルディアの歌は功を奏していた。彼に肉薄するあまりにその歌を耳にしたコクビャク兵は彼より先に戦意を減退させ、失った戦意の代わりにじわじわと狂戦士への恐れが湧いてくるらしかった。徐々に、彼の周囲の空間はだんだん開けてきた。
後は何とか、宵一が切り結びながらリイムの作った落とし穴へと誘導できれば――
(カーリアは無事かしら)
ヨルディアは周囲を見渡す。人波が相変わらず多すぎる。狂戦士に襲われたような様子は今のところないが、怪我をしてなければいいのだが。
(もう少しでふ)
リイムは待ち構えている。
その時、伏兵が出現した。
もう少しで落とし穴、というところで、茂みに潜んでいたコクビャク兵が2人、飛び出してきた。
「!」
狂戦士が宵一に気を取られ、完全にがら空きになっている脇に向かって突っ込んできた――ところへ、
「させないっ!」
大剣を振りかざし、カーリアが飛び込んできた。
「っ!!」
カーリアは一人の兵を大剣で半ば殴るようになぎ倒した。もう一人は狂戦士に飛びかかり、不意を突かれた格好の狂戦士は横倒しに倒れた。
だが、狂戦士はすぐさま起き上がって反撃する。激しい打ち合いに割って入ろうとしたカーリアを、
「危ない! ここは俺に任せろ!」
宵一が制すると、すぐさま【一騎当千】に剣の一振りでもって2人を吹き飛ばす。飛ばされた勢いで2人の間合いが離れた。その隙にまず、コクビャクの兵士を斬り倒した。
「! 後ろ!!」
すぐに立ち上がって向かってきた狂戦士が宵一の背後に迫っていた。それを見てカーリアが声を上げる。宵一は振り返りざま剣を振るい、狂戦士はそれを避けて飛び退いた。
前に立つのが誰であろうと切り裂く。見境のない、殺戮に憑かれたバーサーカーの眼。
「やめて、ヒエロ!!」
たまらずカーリアが絶叫した。
「おら、よーっ! と!!」
声を張り上げて、横から飛び込んできたのは唯斗だった。宣言通りに、狂戦士を浸透剄で殴り飛ばす。宵一の方に気を取られていた狂戦士は、唯斗の速攻に再び不意を突かれて吹っ飛んだ。
「目を覚ませよ!!」
飛ばされて転がった方向は、リイムが構えている方だった。宵一が声を上げた。
「今だ!」
「了解でふっ」
転がりながら、よろめきながらまだ起き上がろうとした狂戦士の姿が、地面に吸い込まれて突然消える。落とし穴への誘導は成功した。同時に魔術的結界が作動し、彼を狙う兵たちを阻む。
「カーリア!」
この光景を見ていたヨルディアの声が響いた。気が付くと、まだ狂戦士を狙おうと飛びかかっていく兵たちが、カーリアのすぐ傍まで迫っていたのだ。
「! くっ」
カーリアは大剣で、兵の剣を受けた。それを流す前に別の兵が斬りかかる。複数の刃に叩かれたカーリアの大剣は、不吉な響きを上げていた。
力まかせに押し返そうとした、その時。大剣の刃にひびが走った。
「――ぁっ!!」
幅広の巨大な刃が、割られるように砕け散った。
はずみでカーリアは尻餅をついた。それを見た宵一がすぐさま【キャスリング】で庇って代わりに敵兵たちを斬り飛ばす。
「あ……」
カーリアは目を見開いて、刃の消えた柄をただ呆然と見つめていた。
――ずっと、長い時を一人で走る自分の、物言わぬ相棒だった、呪いの大剣が。
「カーリア! 大丈夫!?」
ヨルディアが駆け寄る。だが、カーリアはそれにも気付かずに震えている。
(いや―――!!)
カーリアは咆哮にも似た絶叫とともに、頽れた。
その頃、戦場――卯雪の小屋や天使の陣営近くでは、異変が起きていた。
何人かのコクビャク兵が、攻撃を受けたわけでもないのに突然、バタバタと倒れて人事不省に陥ったのである。
すべて、灰を浴びてコクビャクに洗脳された元守護天使の兵だった。
自警団員たちは、彼らが再び目を覚まして自分たちに刃を向けることに用心し、攻撃してくるコクビャク兵の手を逃れつつ彼らを陣営近くに設置した隔離用天幕まで運んだ。北都とクナイ、陽一らが、その搬送を助けるべく援護射撃役を務めた。
仮設のテントができ、一時彼らはそこに収容された。
潜入組の鷹勢が所持したHCを通じて、彼らを操るために要塞から放たれていた呪念の電波を解除したという連絡が、程なく警察の(天使たちの陣営と並んで設置されている)機動隊通信本部に入った。
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