リアクション
さらさらと、さらさらと……。
黄楊の櫛の歯の間から零れ落ちていく長い黒髪は、微かなシルクの触れ合うような音にもならない音をたてて、柔らかく光を弾いていく。その弾けた光さえ、暖かな音を奏でそうだ。
久途 侘助(くず・わびすけ)の髪を梳き解かしながら、芥 未実(あくた・みみ)はそんな思いに浸っていた。
青みを帯びた久途侘助の髪は、芥未実の手のひらの上に降りかかり、降り積もり、深い海の青になっていく。
切らないでという芥未実の思いの丈だけ、切らないさという久途侘助の思いの丈だけ、その髪は長く伸びていた。
腰まで伸びた久途侘助の髪は、芥未実のわがままの長さでもあり、それを支える久途侘助の優しさの長さでもあった。
「どれ、交代しようか」
久途侘助が、芥未実に言った。
ずっと見つめてきた無防備な背中から離れ、今度は、芥未実が自分の背中を久途侘助にあずける。
纏めていた芥未実の髪を解くと、薄香色の髪が白いうなじにかかった。しなやかで長くまっすぐな久途侘助の髪とは違って、芥未実の髪は肩口で外側に撥ねている。腰のあるしっかりとした髪だ。まるで、自らの光を迸らせているかのように、短くとも強さにあふれている。
髪を梳くほどに、芥未実の髪の輝きは増すようだった。本人は、それを気づいているのだろうか。それを知っている、久途侘助の事に気づいているのだろうか。
やがて、梳き終わった髪を元のように後ろで纏めると、久途侘助が簪を挿してその髪を留めた。
以前、空京で芥未実がじっと店先で見つめていた簪だ。白甲に蒔絵の牡丹が描かれている。
「できたよ」
久途侘助の言葉に、芥未実がちょっとした違和感、いや、何かの不思議を感じてちょっと小首をかしげた。
ああ、見えなかったなと、久途侘助が鏡の前へと芥未実をつれていく。
「前に欲しがっていただろ?」
「うん。ありがとう」
そう言って簪に軽く手をやる芥未実に、久途侘助が優しく微笑みかけた。