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【若社長奮闘記】若社長の恋愛事情

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【若社長奮闘記】若社長の恋愛事情

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★若社長には旅をさせろという格言は無い★


「ふぅん……恋をするだけなら、相手は女性に限らないと思うけどね」
「そうですね。ただ今回は主の相手が女性であり、相手方にご息女しかおられなかったのもあるかと思います」
「ああ、まあトブーツの婚約者が女性だから同性がいた方が話しやすいだろうしね……ああ、ありがとう」
 高級なソファにすわり、くつろいだ様子の黒崎 天音(くろさき・あまね)は、メソド(ドブーツの秘書)が入れたスキヤ・ティー(2人のお土産)を礼を言いながら受け取った。その横ではブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が茶菓子の用意をしていた。
 ここはメソドの自室。屋敷の主であるドブーツ・ライキは外出中だ。
「しかし珍しいな。ドブーツの傍にいなくてもいいのか?」
 いつも主に従っている印象があったブルーズが問いかけると、メソドは苦笑した。
「いえ、最近怒られまして。『俺はもう子どもじゃない。お前はついてこなくていい。紅茶でも飲んでいろ』と」
「それは……やつらしいな」
 ブルーズとメソドが笑う。つまり休めと言っているのだろう、かのツンデレは。
「悪かったかな。そんなときにお邪魔して」
「いえいえ。これからどうやって時間をつぶそうかと思っていたので助かります……ほおお。これは随分と美しい」
 テーブルに置かれたデザートは、ブルーズ手作りのもの。店に出す予定の新作だ。ミルクゼリーの上に、三層で濃青から薄い青に美しくグラデーションを描くゼリーの上隅にべっこう飴で作られた小さな涅槃蛍が乗っかっている。
「これは涅槃蛍ですか? 写真でしか拝見したことはありませんが、とても美しいですね」
「それは良かった。味のほうも感想を聞かせてくれ」
 意外と甘いものが好きらしいメソドとブルーズがデザートについてあれやこれやと話し合い、それらが一段らくしたところで天音が口を開く。

「それにしても、ドブーツに婚約者がいたなんて初耳だったよ。どんなお嬢さんなの?」

 目がいつもより若干輝いている。そんなパートナーにブルーズが呆れた顔をした。今後のからかい目的を多分に含んだ視線と面白そうな表情だったからだ。
 が、メソドがさらに輝いた顔をしたので何か言おうとした口を閉じる。
「ええ、ええそうなのですよ。主と違って運動神経の良い方で……武術の心得もあり、頼りになる方です」
「へぇ〜。出会いはどこで? 見合いか何か?」
「元々ご学友ではあったのですが、昔は交友はありませんでしたね。ただ……ジヴォート様と疎遠になってから主は屋敷に閉じこもりがちになりまして」
 そのとき、部屋の外にドブーツを引っ張って行ったのがライラ嬢なのだという。
 さらに詳しい話を聞いて、天音が驚きと笑い声をあげた。

「えっ、3階の窓から侵入したんだ。それはまた凄いお嬢さんだね……なんだかその後の2人の力関係が想像できるよ」
「凄いですませていいのか? 力関係については同意するが」
 2人、いや3人の脳裏にはしっかりと尻に敷かれるドブーツの姿が浮かんでいた。


「っくしょん」
「む? 風邪かのぅ?」
 当の本人、ドブーツは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の問いかけに首をかしげた。
「まあ最近は少し忙しかったからな。体調を崩しているのかもしれない」
「風邪と侮らず、体を休めるのじゃぞ」
「今回の一件が片付いたらそうする」
 ふうっと、ドブーツは呼吸を整える。今日彼がここにいるのは、世間話をしに来たわけではない。
(まさかこのコインを使うことが来るとはな)
 刹那から渡されていた特殊なコインを手に、彼は今日、依頼に来たのだ。
「お前にこのような依頼をするのはおかしいとは思うのだが」
「うむ……まあかまわん。そうじゃの。最終日、ここにて宴会の手配をしておこう」
「頼む」
 話し合いの場を設けようという提案にドブーツは安堵したように息を吐き出した。刹那はそんなドブーツを静かに見やり、尋ねる。
「じゃが、一つよいかの?」
「ん?」
 そう。刹那には確かめたいことがあった。

「御主は今回の話をどう思っておるのじゃ?」

 ドブーツは少し目を泳がせ、それから少し考え込み、そうだなと話す。
「僕自身は良い話だと思う。あいつの周りにはいろんな人がいる。けど常にいるわけじゃない。背中を支えてくれる存在は必要、だ。そういう経験をするのもいいと思う。
 ただ」
 俺じゃなく僕といっているあたり、それが本音だとうかがえた。
「ただ?」

「……今回の話を、あいつがなぜあそこまで嫌がっているのか。分からない」
 そこが少し、不安だ。


***


「いやぁ、ノーンさんもご苦労なさっているんですね」
「お互い大変だな」
 豪奢な部屋の中で盛り上がっているのはイキモ・ノスキーダノーン・ノート(のーん・のーと)だ。千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はそんな2人を少し遠いところから眺めていた。

(あー、依頼を受けにきたはずなのに長くなりそうだな)

「ふむデートか。息子を心配する気持ち、よーーっく分かる。
 そうだ。ついでに、かつみお前も行ってこい」
「はっ?」
 傍観者であったはずのかつみに視線が集まった。呆然としている間にも、ノーンの言葉は続いていく。
「お前そういうのに疎いから、いい勉強にな」
「あ、俺。ジヴォートのところに行って来る。じゃ、また」
「……逃げたな」
「なるほど。かつみさんも、ですか?」
「そうなのだ。うちのかつみも、私が絵馬に願い事をするほど、恋愛事に縁のないやつで。
 やっとその気配がしたと思った事もあったんだが、叶わなかったし」
「そうですか。……うちのも、今回でそういったことに興味を持ってくれればよいのですが……最後は当人次第ですし」
 イキモとノーンは同時に息を吐き出した。恋愛とは無理やりにさせることではない。しかし親(たとえ血が繋がらずとも)からしてみれば、大事な人を作って欲しいというのも分かる話だ。
 ノーンが息を吐くように言う。

「私達パートナーと仲が良いのはいいんだが、居心地の良さが逆に恋愛事に目を向けない原因になってるのではと最近気になるんだ。
 幸せはいくつあったっていいんだ。
 興味がないからとそれを避けるようなのはして欲しくないんだが……」
「ええ、本当に」
 結婚しろと言っているのではない。
 願うのは、同じ。ただ幸せになってほしい。2人の思いは、それだけだ。

「あー、このままだと俺まで巻き込まれそうだな。早く解決してくれないかな」
 逃げ出したかつみはというと、ジヴォート・ノスキーダ(じぼーと・のすきーだ)の部屋へ向かっていた。もう身支度は整っている頃だろう。
 ノックをすると返事があったので断ってから中へと入る。
 かつみとしては、ジヴォートの気持ちもよく分かる。だけど今回の話はとてもシンプルだとも思うわけだ。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
「いや、ノーンがイキモに同調してたから逃げてきた」
「ああ。なるほど」
 予想できたジヴォートが笑う。リラックスしている様子に、かつみも少し笑った。少し前に顔を合わせたときは、とても緊張していたので心配していたのだ。

「……素直に言ってみたらどうだ?」
「え?」
「『今は』仕事に集中したいとか落ち着いたら恋愛についても考える、とかさ。
 イキモも無理矢理恋愛させたいんじゃなくて、息子の幸せを願ってるだけなんだから、前向きに考えてるのが分かれば安心すると思う」
 ジヴォートに語りながら、かつみは先ほどのノーンの顔を思い出す。イキモと良く似た、親のような顔をしたノーンを。

(って、俺も偉そうに言える立場じゃないな。ノーンにちゃんと話をしないと。
 パートナーと恋愛事は別ってちゃんと分かってる
 失恋したばっかりで今すぐとは言えないけど…………もうちょっと努力はしてみる)

「ありがとな」
 考え込んでいると、ジヴォートが唐突に礼を言った。
「俺のことも父さんのことも真剣に考えて言ってくれたんだろ? だから、ありがとな。
 だけど……悪い。上手くいえないんだけど、なんでかも分からないんだけど、言葉が出てこないんだ」
 そう答えるジヴォートはとても苦しそうで……かつみは何か声をかけようとした。

 が、ノックの音に遮られる。
コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)という。父君の依頼を受けてきたものだ。入ってもいいだろうか?」
「父さんの依頼か……ん〜、まあいいけど」
「では、失礼す」

「はろはろ〜ん♪
 教導団のNO1アイドル(自称)ラブちゃんよ〜♪
 超おもしろ……じゃなかった。困ってるって聞いたから飛んできてあげたわよ〜♪」

 ドアを開けて入ってきたのはハーティオン、ではなく。小さな人影。ハーフフェアリーのラブ・リトル(らぶ・りとる)。るんるんと機嫌よさそうに鼻歌を歌いながらジヴォートの周囲を飛び回る。その後に入ってきたハーティオンが素早くラブを捕獲し、改めて名乗る。
「教導団のハーティオンだ。
今回はラブの受けてきたイモキ殿の依頼で、ジヴォートのお見合いの手助けにやってきた。よろしく頼む」
「あたしはラブちゃんよ」
 今回、イキモの依頼を見つけたのはラブであり、ハーティオンを引きずり込んだのもラブだ。

 つい先日。
『見合いの手伝いか。それは構わないが……、私は恋と言うものが判らない。こういう事はどうしていいやらだ。
 さて、何を手伝えば良いのだろうか』
 悩んでいたハーティオンに、ラブが笑いながら何かを渡す。
『ハーティオン。苦手な事を苦手なまま放っておくだけでいいのかしら?
 貴方もジヴォートも、恋と言うものを『学ぶ』べきじゃないの?! 
 そう!
 あたしの用意した【恋愛指南書】と【恋愛マニュアル】を手に!』
 その2冊の本を受け取ったハーティオンは、手を振るわせた。怒ったのか、というとそうではなく。

『なるほど! 確かにその通りだ!
 ありがとうラブ!』
 むしろ感激していた。
『さぁ『逝く』のよハーティオン!
 あたしを楽しませる為……じゃなかったジヴォートの為に♪』
 
 というわけでやってきたハーティオンに、ジヴォートは渋い顔をした。
「いや、安心してくれ。
 君がお見合いを嫌がっていると言う事は聞いている。強制するするつもりは無い。
 大切な事は『心』の在り方なのだ。
 つまりお見合いを苦手にならないように『お見合いの訓練』をしてみるというのはどうだろうか?
 ちょっと待っていてくれ」
 ジヴォートとかつみは、一体何が起きているのだと目を白黒させながら、部屋を出て行くハーティオンを見送った。ラブに説明を求める視線も送るが、スルーされた。
 そしてハーティオンが再び部屋に入ってくる。

「待たせたな。
 当日に向けて私を実験台にして貰えればと思う。
 私も『恋』という心が判らないが、ラブのお勧め通りこの指南書を元に女性役を頑張ってみようと思う。
 さぁ、共に頑張ろうジヴォート……ん? どうしたのだ」
 シンと静まり返る室内。ジヴォートは戸惑い、かつみは顔をそらして口元を押さえ、ラブは……
「ぶはっあははははははっだめ、もうムリ」
 お腹を抱えて笑い出した。それにつられたのか、かつみも笑い出し、最後にはジヴォートも笑い出した。
 なぜなら……ハーティオンがスカートをはいていたからだ。そして片手には恋愛指南書とでかでかと書かれた本。

「何故皆笑っているのだ?
 恋と言うものはドキドキする気持ちになるとこの本に書いてあるのだが」
「そ、そうね。すっごくドキドキしてるわ(いっ息切れ的な意味で)」
「む、そうか。ならばこのまま練習といこうか」
「え? あ、そ、そうだな」
 
 そうして行われた練習。効果があったのかは……黙秘させていただくが、少なくともジヴォートの緊張を和らげる効果はあったようだった。