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夏最後の一日

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夏最後の一日

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 ツァンダ、ジェニアス宅。

「カスパールがうちに来て数日経つんだな」
「そうねぇ、時間が経つのは早いものね」
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)はのんびりと部屋で過ごすカスパール・ジェニアス(かすぱーる・じぇにあす)を見ていた。実は、ある騒ぎに関わりその騒ぎ後ジェニアス夫妻がカスパールを娘として引き取ったのだ。
「いずれ歩けるようになる、とは言うものの。流石にそんなすぐに不自由なくって訳にはいかないが、引きこもってばかりも良くないよね」
「そうそう、家にも少しずつ慣れてきてるんだし、外に行ってみるのもいいと思うな」
 アルクラントとシルフィアはカスパールのために今日を過ごそうと考えた。
「そうだね。何より広い世界を見に行こうって誘ったんだ。と、言うわけであまり遠出は出来ないが家の近く……ツァンダ周辺をうろついてみようか」
 アルクラントが外出を口にした時
「おそと? おそとにいくの?」
 耳に入っていたのかわくわくと子供のようにアルクラント達を見た。年齢は大人だがある騒ぎにより精神は幼児退行し、雰囲気は変わりすっかり子供である。
「あぁ、どうかな? カスパールは車椅子になっちゃうけど」
 アルクラントはそっとカスパールに視線を合わせて優しく訊ねると
「……あつそう。でも、いってみたいな。おそと」
 カスパールはちょっと燦々と強い日差しが入る窓を見てから答えた。暑さが気になるも好奇心の方が勝ったようだ。
「それじゃ、決定ね。お弁当作って……ア、アル君、おべんと作っていこう!?」
 決定とばかりにパンと手を叩くシルフィアは弁当を口にするが料理が苦手なためかぎこちない。
「あ、お弁当ね。はいはい。どこか川原辺りで食べたら気分もいいだろうし折角だから作っていこうか。まだ暑いから対策はしっかりしていかないとね……そっちの準備は頼むよ」
 アルクラントは苦笑気味言ってから妻には暑さ対策を任せて調理に取り掛かった。
「それは任せて。でもいつかは私もちゃんとおいしい料理作れる様になりたいんだけどなー」
 料理下手なシルフィアはいそいそと弁当作りに取り掛かるアルクラントの姿を見ながら洩らした。
 その様子から
「シルフィアは、おりょうりにがて? アルのごはん、いつもおいしい。だからおべんと、たのしみ」
 カスパールはちろりとシルフィアの様子を見た後、調理中のアルクラントの手元を興味津々という感じで眺めていた。当然カスパールが言うように『調理』を持つアルクラントの作る物は美味しい。

 その様子から
「あら、カスパールも料理に興味があるの?」
 察したシルフィアが訊ねると
「わたしも、つくれるように……なりたい、かな」
 カスパールはぼやっとした感じで答えた。はっきりとは分からないが興味はあるみたいな。
「じゃあ、そのうち一緒に勉強しようか……うう、私、苦手なのよ。お菓子は得意なんだけどね……」
 シルフィアはにこっとカスパールに笑いかけながら言った。念のため全く作れない訳でないと付け足して。
 途端
「うん、べんきょー、シルフィアとべんきょー」
 カスパールはきゃぁきゃぁと楽しそうに騒ぎ始めた。勉強の意味を本当に分かっているかどうかはともかくシルフィアと一緒にという事がとても嬉しそうであった。
「そうね、一緒に勉強」
 シルフィアは子供を見る母親のように優しい眼差しでカスパールを見守った。
 とにもかくにも弁当も暑さ対策も出来た所で外出を始めた。

 外出後。
「外はどう? カスパール」
 日傘を差すシルフィアは日傘をくるくる回して楽しんでいるカスパールに訊ねた。
「うん、きもちよくてちょっとうれしい。いえのなかだけだと、つまんないし。でもおそと、まぶしい」
 カスパールは日傘を回すのを止めてシルフィアを見上げ、にこにこと楽しそうに答えた。余程外出が楽しいようだ。
 二人のやり取りを微笑ましげに見ていたアルクラントは
「それじゃ、色々まわっていこうか。とはいえ、あまり人通りが多い所にいくのも色々と……良くないから。静かな方を選んでいこう。そう簡単に、気付かれるとも思わないけれど」
 カスパールの特殊な身の上から行き先を決めてカスパールが乗る車椅子を押した。
 ただし
「そら、あおくてきれい、あのくも、おはなみたい」
 カスパールが景色を楽しめるようにゆっくりと。
 空を泳ぐ雲を指さすカスパールに
「そうね、あっちの雲はアイスクリームみたい」
 シルフィアも空を仰ぎ、雲を指さしながらカスパールの話に加わる。
 そこに
「だったら、向こうのは兎かな」
 アルクラントも加わった。
 どこからどう見ても微笑ましい親子である。
 三人はぶらぶらと周辺を歩き回ってから公園に立ち寄り、ベンチに座るある人物と出会う事に。

 公園。

「あそこに、きれーなひとがいるよ? なにしてるのかな?」
 カスパールが前方のベンチに座る美しい女性を指さした。
 その先を見て
「……ん? あの人は……アルセーネ・竹取さんだったかな? 確かあの時に重要な役目を担った龍の舞の舞い手」
 アルクラントはまさかの人物アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)がいる事に驚きながらもカスパールに紹介した。
「りゅうのまい? まうの? きになる」
 カスパールはアルクラントの紹介の中に出て来た龍の舞に激しく興味を示し、視線は全てアルセーネに注がれた。
「へえ、あの人がアルセーネさん……直接見るのは初めてだけど綺麗な人ね」
 シルフィアもカスパール程ではないが興味津々と言った感じでアルセーネを見ていた。
 この流れからアルクラントは
「よし、ちょっと声を掛けてみるか(カスパールはあの時グランツ教の上の方の地位だったからアルセーネも知っているかもしれないが、直接会った事はないはずだ。何より昔と雰囲気が変わってるこの子に気付くかどうか。まぁ、その時はその時だ)」
 声をかけるしかないと判断し、カスパールが乗る車椅子をゆっくりと押して声をかけに向かった。二人が関わった騒ぎの件で色々と懸念する事はあれど。

 アルセーネが座るベンチ。

「やぁ、こんにちは、あれ以来だね。何をしているんだい?」
 アルクラントが気安い感じで声をかけると
「こんにちは。夏が終わるのでのんびりと散歩をしていたのですわ。幸い本日は何も予定がありませんでしたので」
 アルセーネは微笑みながら答えた。
 そこに
「わたし、カスパール・ジェニアス。はじめましてー」
 カスパールがにこにこと元気に自己紹介。
 その元気さにつられて
「はじめまして、アルセーネ・竹取と申します」
 アルセーネは笑みながら自己紹介をした。
 すると
「あるせーね? あなたも、アル?」
 カスパールはアルセーネのアルに反応するなり車椅子を押してくれるアルをちらりと見た。
「そうですわね」
 アルセーネはカスパールの行動から何を考えているのか察したのか頷き優しく笑んだ。
「にし、なんかおかしい」
 カスパールはアルが二人いるという事に思わず吹き出した。
 そして
「ねぇ、アルがいってた。りゅうのまい、まってたって、みたい」
 カスパールは興味を持った龍の舞のおねだり。
「それなら、私も興味あるかな」
 同じく見てみたいとシルフィアもお願いに加わるが
「申し訳ありません。あの舞は儀式の舞なので普段踊るものではありませんからお見せする事は……」
 アルセーネはほんの少し申し訳無さそうな顔をして断った。
「みれないのー?」
 見られないと知りカスパールはひどくがっかりし悲しそうな顔をする。
「えぇ、ですが、別の舞いならば……」
 優しい性格のアルセーネはカスパールのそんな顔が見てられなかったのか妥協案を提示した。
 途端
「うん、みたい」
 カスパールは元気を取り戻し、余程嬉しかったのか車椅子から落ちそうな程身を乗り出した。
「それでは……」
 アルセーネはベンチから立ち上がり、ゆるりとした優雅な舞を披露した。
 手の指先から足の爪先に至るまで乱れはなく、一つ一つの動きが

 舞が終わるなり
「すごい、すごい」
「とても綺麗な舞だったわ」
 カスパールとシルフィアは興奮気味に拍手と感想を送った。
「ありがとうございます」
 アルセーネは微笑みながらありがたく感想を貰った。
「素敵な舞のお礼と言っちゃなんだけど、君も一緒にお弁当食べないかい? 量はあるから遠慮はしなくていいから」
 アルクラントは折角出会った事もあってついでにと食事に誘った。何よりカスパールが楽しそうなので。
「そうですか。でしたら御馳走になりますわ」
 断る理由が何も無いためアルセーネは誘いを受けた。

 弁当の時間。

 木陰の下にレジャーシートを敷いてのんびりと四人は弁当を楽しんだ。
「ねぇ、おどるの、たのしい?」
「えぇ」
 希望してアルセーネの隣に座ったカスパールは彼女に食事しながらあれこれと訊ねていた。
「まだあるくれんしゅう、してるけど……あるけるようになったら、やってみたいかも。まい、できるかな?」
「えぇ、出来ますわ」
 先程の舞が心に残っている模様のカスパールの相手を邪険にせず相手をするアルセーネ。端から見たら仲の良い姉妹のよう。
「そっかぁ。これ、たべる?」
 カスパールは嬉しそうにおかずを一つ取り、差し出した。
「えぇ、貰いますわ。ありがとうございます」
 アルセーネは嬉しそうに受け取り頬張った。
 その様子を
「あら、なんだかカスパールがちょっと懐いてる? 何か通じるものがあるのかしら」
「かもしれないね」
 シルフィアとアルクラントは微笑ましげに見守っていた。
 ここで
「シルフィア、あるけるようになったらまいできるって」
 カスパールが嬉しそうにシルフィアに報告。まるでビッグニュースと言わんばかりに。
「そうね。歩けるようになったら出来るわよ。本当にやりたい事が沢山あるわね」
 シルフィアはにこにこと聞き、カスパールが幸せそうなのに嬉しく思った。
「うん!」
 うなずくカスパールに
「それじゃ、その時の為にもたくさん食べて、元気にならないと、ね。カスパール」
 シルフィアは娘を気に掛ける母親のように言った。
「げんきになる!」
 そう言うやいなやカスパールはまた食事に戻った。

 そんなやり取りの最中
「悪いね、カスパールの相手を随分させて」
 アルクラントは申し訳無さそうにアルセーネに声を掛けた。何せ懐くカスパールのおかげでアルセーネの食事はほとんど進んでいなかったから。
「いえ、こちらも楽しいですから……でも」
 アルセーネは笑みながら平気だと言うが、見た年齢よりもずっと幼いカスパールの様子が気になるようであった。
 それを知ったアルクラントは
「あぁ、君も関わったあの騒ぎで彼女にも色々とあったんだ。それで引き取って、随分と大きいが、一応、形式として娘って事になってる」
 軽くカスパールの身の上について説明した。あんまり話すと面倒な事になるので。
「……そうですか」
 追求すべきでないと察したアルセーネはうなずくだけで後はカスパールを眺めていた。カスパールが自分が関わったあの騒ぎの敵側にいた人物であるという事も詳細も知らないしあの時直接会った事もないので何も知らない。
「ねぇ!」
「どうしました?」
 ただなぜだかアルセーネはカスパールに懐かれる事が嫌ではなかった。
「二人共、どんどん食べてくれ」
「冷たい飲み物もどうぞ」
 アルクラントとシルフィアも加わった。

 夏最後の日、木陰の下の賑やかな団らんは続いた。