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リアクション
りぃんごぉん、と鐘の音が響き渡る――ゲーム開始の合図、だ。
「さァ、精々頑張ってくれ給へ」
ヒヒヒ、と嫌みったらしい笑い声を残して、ヘンゼル、或いはグレーテル、の声は聞こえなくなる。
同時に、契約者達は誰ともなく顔を見合わせ頷き合う。もよとり、トラブルには慣れた者達だ。行動開始は速い。
だが、そんな彼らにさらに先んじて、手を挙げた者がひとり。御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だ。
「発見できた謎はすぐ共有出来た方が都合が良いと思います。『用意は整っております』、ということで……」
情報共有の提案は、皆が屋敷内へ散り散りになる前に行っておいた方が良い。舞花は手早く準備した情報共有用プラットフォームのアドレスを、その場の全員に伝える。これで、屋敷のどこに居ても随時、謎解きの進行状況が伝わる準備が整った。
改めて、その場に居た一同は屋敷内を捜索するため、思い思いの方向へと散っていく。
その中で。
「おい、のの」
パトリック・エイベル(ぱとりっく・えいべる)が、小声で桜坂 のの(さくらざか・のの)の背中を呼び止める。
「不味いだろ、二階……つーか、俺達の部屋なんか探られたら」
「分かってるわよ! 不味いわよ最悪よどうしてくれるのよ!」
突然の事態に思いっきりよそ行きの仮面が剥がれている二人は、青い顔をして階段の方向を見る。イベント事を開催する日は――今日もご多分に漏れず――二階は立ち入り禁止にして居る。とはいえ、お情けみたいなロープが一本渡してあるだけ。既に数人が、上も捜索しないとと言わんばかりに様子を見ている。流石に、二階は捜索しないでくれ、と言える状況では無い。
だが、家捜しの真似事などされたら、今まで上手に取り繕ってきたのの達の秘密――例えば、パーティーに訪れたカップル達の隠し撮りイチャイチャ写真を撮りだめていることであるとか――が発見されてしまう。それだけは、それだけはどうしても、どうしてもどうしても避けなければならない。見つかったら最後、脱出に成功し命だけは助かったとしても、社会的に死ぬ。主に、ののが。
(但し、写真はもっぱら個人的に見返して楽しむ為であり、決して売りさばいたり公開したりはして居ないことを書き添えておこう。ののの、なけなしの名誉の為に)
「こうなったら――自分達の部屋は自分達で捜索しましょ」
キッと決意の眼差しで、ののは階段に歩み寄る。そして、待ちかねたと言わんばかりの契約者達に、二階の捜索もお願いします、と言ってロープを外した。
「あ、でも――」
「そうだ、ののさん」
あの部屋とこの部屋は私達が探すから、と言いかけたののの台詞を遮るように、ホールを横切ろうとしていた遠野 歌菜(とおの・かな)が歩み寄ってきた。ののが思わず言葉を飲み込んでいる間に、他の契約者たちは階段を上がって行ってしまう。
「お屋敷の中で、問題文とかを隠せそうな場所に心当たりないです?」
歌菜の言葉に、ののは内心、そこを探されたら困るから困ってんのよ、と悲鳴を上げた。
だが、歌菜はそんなののの表情の変化を、別の方向に捉えたらしい。ピンときた、という笑顔を浮かべると、ののの耳元に手を寄せて、ひそひそと耳打ちする。
「もしかして、へそくりを隠してるとか、ですか? もしそうなら、皆さんに見つからないよう配慮しますよっ!」
「そうそれ! えー、あー、正確にはそうじゃないんだけどまあだいたいそんな感じよ!」
「やっぱりののさんも、へそくり溜めてるんですね」
「えー、あー、も、ってことは歌菜さんもへそくりしてるとか?」
焦りの余り、普段お客様の前ではぴっちり被っているよそ行きの顔がべりべりと剥がれ、辛うじてサン付けは残っているが口調はしどろもどろ。そんなののの様子に、普通なら多少は疑問も抱きそうなものだが――
「え? わ、私はそんな、羽純くんに隠れてへそくりなんて……!」
歌菜もまた、隠し事を暴き立てられた時の顔をしておろおろして居るので、ののの些細な変化など気にもならない様子だ。
――歌菜が、夫の誕生日のためにこっそり貯金をしていることなど、ののには知る由もない。
「何してる、歌菜。行くぞ」
「あっ、はい!」
先に進んで居た夫――月崎 羽純(つきざき・はすみ)に呼ばれ、歌菜はののに一礼すると彼の元へ駆け戻っていく。
こうして居る場合では無い。ののは急ぎ、既に探索が開始された二階へと向かう。
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