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リアクション
■ 思わぬ再会 ■
「私はあの時、貴方達を……見捨てて自分だけが、生き残った……」
心の奥底にずっと沈殿し続けている想いを胸に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はモンテネグロ南部の都市、ウルツィニにやってきた。
古びた教会を舞台としたあの作戦。中央情報局の罠に嵌められて命を落とした、掛け替えのない戦友たち。
たった1人逃げ延びた後、ローザマリアは彼らの消息を辿ろうとしたが、彼らの眠る墓所さえも見付けることが出来なかった。
元々全員が身寄りのない孤児である事。それに加えて、非合法任務で命を落とした為に、彼等は詳細不明の名も無き死者として葬られていたからだ。
それを今まで、ローザマリアはこつこつと地道な情報収集を積み重ね、ようやくそれがウルツィニにあることを突き止めたのだった。
「ここね……」
情報を元にたどり着いた場所には、墓石が7つ並んでいた。
「ずっと、来れなくて御免ね……」
ローザマリアは墓石の前でドッグタグを握りしめた。
ドッグタグに刻まれているのは名前ではない。
ただ『R3』とだけ彫り込まれている。
そして並ぶ墓石の墓碑銘もまた、R3を除いた『R1』から『R8』までのコールサインだけ、という簡素なものだった。それは、戦友達を葬った人間が皆の名前を知らなかった人物であることを裏付けている。
だがそのお陰で、ローザマリアはこの墓を突き止めることが出来たのだ。
Rと数字だけの無機的な墓碑銘。
けれどそれはローザマリアにとって、大切な戦友そのものだった。
「アルフ、ネル、ホセ、ロイ、ジン、ドン、ロアン……みんな、漸く見付けた」
それぞれに呼びかけながら、ローザマリアは丁寧に1つ1つの墓石に花を手向けた。
彼らはローザマリアが彼らを死に追いやった相手に復讐を果たしたことを、どう思うだろうか。喜ぶのか、悲しむのか……問いたくとももう答えてくれる人はいない。
すべての墓に花を供え終えた丁度その時、背後に気配を感じ、ローザマリアは振り返った。
「ローザ……なの、か……?」
それだけを言って絶句した男性は、ローザマリアが知る姿よりも幾分腹回りの肉付きが良くなっていたが、その顔を見間違えるはずもない。
「教官……」
ブルース・サミュエル・フィンリー。彼はローザマリアの特殊部隊訓練時代の教官であり、また、彼女の狙撃の才能を見いだし、自分の技術全てを伝授してくれた人でもある。
お互いに何を話して良いのか分からず、2人は暫し無言で向き合った。
先に口火を切ったのはローザマリアだった。
「教官なんですか? 皆を此処に葬ったのは」
イエスかノーか。
どちらかの答えを予想していたのだが、ブルースは一度開きかけた口を一旦閉じ、何かを躊躇う様子だった。そして結局答えぬままに、ブルースはローザマリアを促す。
「車で来ているんだ。取り敢えず、乗ってくれ」
その態度を訝しく思いはしたが、ローザマリアはブルースに言われるまま、車に乗った。
車はアルバニアを横断し、ギリシャ最北西部の街サギアダへと向かって走る。
その道中、ブルースはローザマリアに様々なことを語った。
「あの墓をたてたのは俺じゃない」
「では誰が皆を葬ってくれたんですか?」
「R(ロメオ)分遣隊を壊滅に追いやった、セルビア人司教だ」
思わぬ相手に、ローザマリアは言葉を呑んだ。
R分遣隊の最後の任務は、その司教の暗殺だった。彼は内戦のきっかけとなる民族対立を扇動した戦争犯罪人、地下に潜ったセルビア人武装組織とロシアの武器商人との裏取引を斡旋し、それによって莫大な富と各国へのコネクションを得ていた。
司教暗殺と武器商人の身柄確保を命じられ、向かった先で……罠に嵌められたR分遣隊はローザマリア1人を残し、壊滅したのだ。
「司教は俺が撃ち殺した。……分遣隊の敵討ちにな」
ブルースの言葉は苦かった。
「赦してくれとは言わない。だが……俺はお前を……」
R分遣隊が過酷な任務の連続の末に全滅したと聞き、ブルーズは深く悔いた。
その後、元軍情報部所属の工作員でもあり、幅広いコネと情報収集能力を持っていた過去を活かし、ブルースは密かにローザマリアたちの情報や、ローザマリアの足跡を追っていた。
まさか分遣隊の墓で再会することがあろうとは思っていなかった、とブルースはローザマリアとの偶然の邂逅に感謝した。
やがて車は、サギアダの小さな民宿の前で止まった。
まずは中へと促され、ローザマリアが民宿の部屋へと足を踏み入れた……その瞬間。
物陰から飛び出してきた人影が、ローザマリアを床に組み伏せた。
普段なら後れを取るローザマリアではないが、その相手を見た動揺に床に倒れたまま、目を大きく見開く。
浅黒い肌に癖っ毛のベリーショート。くっきりとした目鼻立ちの彼女にローザマリアは見覚えがあった。
「ネル?!」
R分遣隊、R2。ネル・コンウェイ。
アメリカ南部、ルイジアナ州ニューオーリンズで生まれ育った彼女は、8歳の時に交通事故で両親と死に別れ、天涯孤独の身となってしまった。身寄りのないネルは、国が運営するとある福祉施設に入れられることとなったのだが……その施設こそが、アメリカ政府が極秘裏に設立した年少兵の訓練所だった。
そこで成長を促進する新薬を飲まされ、思想を統制され、大人の特殊隊員とまったく同じ訓練を受けた上で、ネルはR分遣隊に配属されたのだ。
2歳ほど年上だった彼女は、分遣隊時代、ローザマリアを妹同然に可愛がってくれた。
けれどネルはあの作戦時、戦死したはずだ。
「そんな、どうして……」
ローザマリアは混乱したが、相手が確かにネルであると確信すると、身体の力を抜いた。
「――いえ。貴方には私を殺すだけの理由も資格もあるわね……いいわ。貴方の手にかかるなら、悔いはない」
死が迫っていることを感じたローザマリアは、あの場から1人逃げ延びた。それをネルが恨むと言うならば、甘んじて受け入れよう。
けれどその瞬間は、いつまでたっても訪れなかった。
「ローザ……?」
驚きに掠れるネルの声。
ああ、この声が好きだったと、今更ながらにローザマリアは思い出す。
普段は様々な家庭の養子として暮らしていたから、ネルに会うのは任務時がほとんどだったけれど、他の分遣隊の皆同様、ネルは信頼のおける戦友だった。
そのネルに殺されるというならば、それは贖罪だろう。
そう思っていたのに。
「よく無事で……」
しなやかな腕がローザマリアに回され、優しく抱きしめてくる。
「きっとローザなら逃げ延びていてくれると信じていたけど……本当に生きていてくれただなんて」
「ネル、それは私の言葉よ。てっきりあの時に……」
命を落としたのだろうと思っていた、と言うと、ネルは涙に濡れた瞳で微笑んだ。
「私も死んだと思ったわ。撃たれた時のあの衝撃を今でも覚えてる……」
そっと手を当てたその場所が、きっとネルの撃たれた箇所なのだろう。
「でも、私は奇跡的に一命を取り留めたの。そして分遣隊の皆が死んだことを教えられた。ローザ、あなただけは消息が不明だということもね。きっとあなたなら生きているとは思ったけど……こうして顔が見られるだなんて、なんて喜びなのかしら」
恨むだなんてとんでもない。ネルはローザマリアが生きていたことを、心から喜んでくれている。
「私もネルに会えて、こんなに嬉しいことはないわ」
分遣隊で生き残ってくれた仲間がいた。
それはローザマリアにとって、望外の喜びだ。
2人はしばししっかりと抱き合って、互いの無事を祝福しあうのだった。
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