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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション

   「ニケ・ファインタック」


 ピロン、と軽い音がした。
「ちょっと待って」
「どうしました?」
 ベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)が、足を止める。
 北門平太(ほくもん・へいた)も立ち止まると、ズボンのポケットに突っ込んであるスマートフォンを取り出した。
「メール。友達から」
「友達……私も知ってますか?」
 返信のために素早く動かしていた指をぴたりと止め、平太は顔を上げた。
「うん……同じ明倫館の人だから。今は、旅に出ているから、会ったことないけどね」
「そう……ですか」
「でも、今度の御前試合に帰ってくるって。会えるよ」
 平太は簡単に返信を済ませると、スマートフォンをポケットに戻した。ベルナデットは、何とも言えぬ複雑な表情を浮かべている。平太は笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。ちょっと怖い人だけど、ベルも友達になれるよ。楽しみにしてて」
「――はい」
「行こうか」
 平太は、ベルナデットの方に手を伸ばしかけ、――すぐにそれをポケットに戻した。


 一週間後、食堂でカレーライスを食べている平太の横に誰かがどさりと座った。
「むぐっ……ニ、ニケさん!?」
「お久しぶりです。相変わらず運動が足りていなさそうな顔ですが」
「そ、そうかな。これでも運動して、ちょっと痩せたんですよ」
「何キロ?」
「……一キロ半」
 はん、とニケ・ファインタック(にけ・ふぁいんたっく)は鼻で笑った。平太はスプーンを口に突っ込んだまま、もごもごと何か呟いている。
「そちらは……初めましてですよね。どうも」
 向かいに座っているベルナデットには、笑顔で会釈した。ベルナデットは、戸惑ったような表情だ。
「ベルナデットさん――でいいんでしょうか?」
「はい」
 ベルナデットは頷き、「初めてお会いするのでしょうか?」と尋ねた。
「いえ――夏以来です」
 なるほどというようにベルナデットは頷いた。こういったやり取りには、慣れているのかもしれない。
「ニケさんはね、明倫館の人だけど、友達を探して旅してるんだ。だから、ベルは会ったことなかったんだよ」
 平太は簡単に、ニケとメ{SFL0038192#アリー・ノイジー}の説明をする。
「――でも戻ってきたってことは?」
 ニケはかぶりを振った。
「さぁ……とりあえず、イルミンスールに祓魔術を教える教授がいるという話は伝え聞いたのですが。如何せん、メアリー自身をとっ捕まえて専門家に見せないと、私ではどうにもならないでしょうね。霊とか見えませんし」
「はあ」
 ぽけっとした間抜け面を見て、イラついたのは昔の話だ。今は何だか和んでしまう。
「まあ、御前試合が終わったら向かうつもりでいます。……で、そちらは?」
「はい?」
「夏からこっち、何か進展が? お二人の関係はどうなったんです?」
「別にどうもないです」
と答えてから、慌てて付け加える。「えっと、試験とかはありましたけど、特に何も」
 ああなるほど、とニケは思った。北門平太はそもそも、ごくごく普通の少年だ。それが図らずも、葦原島を救うヒーロー役を担う羽目になってしまった。これ以上の冒険はもう御免だ、というのが本音なのだろう。
 何より、記憶を完全に失ったベルナデットの面倒を見る必要があった。他のことに関わり合っている暇はない。
 ニケは再び、ベルナデットに目を向けた。以前の彼女と、そう変わりはないようだ。敢えて言うなら、表情がやや幼いかもしれない。
「そういえばニケさん、ご飯は?」
「私は別に」
「駄目だよ、食べなくちゃ。ベル、ニケさんの分、買ってきてくれる?」
「分かりました」
 ニケがいいと言うのも聞かず、ベルナデットはA定食の食券を買いに、いったん食堂を出た。その背を見ながら、平太は言った。
「最初からやり直しました」
「え?」
「初めましてから始めて、パートナーになってもらって、同じことをしました」
「関係の再構築?」
「再じゃないです。同じことをしたけど、同じにはならなかった。信じられます? 前は僕のこと過保護にしてたのに、今のベルは、僕に頼り切ってるんですよ」
「それは――」
 驚きだった。この少年のどこをどう見れば頼れるのか。――いや、ずっと傍にいたから気付かなかっただけで、確かに初対面の頃に比べれば、ずっと男っぽくなっているのかもしれない。
 はにかむ顔は、まだまだ子供っぽいが。
 戻ってきたベルナデットに視線を移した。なるほど、そういう目で見てみれば、かつての保護者然としたところは影を潜め――対等の立場になっている風でもある。
 それを進展と呼んでいいのかは分からないが、とにかくこの二人は前に進んでいるのだろう。
 ――自分も、と思った。
「――もし」
 ぽつり。思った瞬間、言葉が出た。
 もしいつかメアリーを取り戻すことができたら。一緒に綺麗な物を見て、楽しいことを共有して、笑顔を交わすことができるようになったら。
 そうしたら。
「……いつか、あなた方に、私のパートナーを紹介してもいいでしょうか」
 平太はきょとんと目を丸くした。
「何言ってるんですか」
 それから、
「メアリーさんを取り戻したら、明倫館に戻ってくるんでしょ?」
「――ええ、それは」
 質問の意図が掴み兼ねたが、ニケは返事をした。その先どうするかは分からぬが、とにかく一度は戻ってくるつもりだ。
「だったら、紹介してもらわなきゃ。友達のパートナーを知らなきゃ、困るでしょ? あ、その時はベルもメアリーさんに紹介してくださいね。友達、増やさなきゃ」
 屈託なく、平太は笑う。
 ――本当に、この少年は。
「ええ、そうですね。必ず」
 ――きっと、この約束は目指す小さな光になる。