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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


・アカデミーにて


「ここが聖カテリーナアカデミーですか?」
 聖カテリーナアカデミーの敷地を見回し、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)が口を開けた。
 彼女がここに来るのは、初めてではない。しかし、その時彼女の意識は別人の者だったため、意識がある時に来るのが今日が最初である。
「ところで校長のシスター・エルザってどんな方なんでしょう?」
「……そうか、覚えてないよな。何というか、食えない人だ」
 だが、頼りになる人物でもある。
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)はヴェルリアを見やった。一応彼女はあの時の応急処置で意識が戻ったわけだが、あの直後はまだ朦朧としていたようだ。
「前もって知らせてあるから、校長室にいるはずだ。
 ……どうした、フレリア?」
「別に、何でもないわよ」
 やや不機嫌そうなフレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)へと視線を移す。当初は一緒に来ることを嫌がっていたのだから、無理はない。
 校長室の壁に磔にされた事を考えれば、苦手意識も生じよう。
(あの時の事を考えれば、まあ仕方ないか)
 が、そのおかげで今がある、といっても過言ではない。
 そうこうしているうちに、一行は校長室へ辿り着いた。
「いらっしゃい。その様子だと、彼には会えたようね」
 真司の顔を見たシスター・エルザが、口元を緩めた。三人でいるのを見て、察したのだろう。
「久しぶりね……あの時は世話になったわ」
 やや声が震わせ、フレリアが頭を下げた。
「え? この人がシスター・エルザですか?」
 ヴェルリアが目を見開く。
「……すいません。想像していた姿よりずっとお若かったので……」
「ふふ、よく言われるわ。いいのよ、気にしないで」
 外見は十代前半だが、エルザの実年齢は不詳だ。だが、彼女が纏っている雰囲気から、エルザを「少女」と形容するのははばかられる。
「その節は本当にありがとうございました」
 真司は深々と頭を下げた。
 本当はもっと早くお礼を言いに来たかったが、なかなか暇がなく、随分と遅くなってしまった。これでようやく、すっきりできた。
「色々とお世話になったみたいで、ありがとうございました」
 真司に続き、ヴェルリアも礼をする。
「どうだった、ヴィクター・ウェスト博士は?」
「不思議な人でした。どこか狂っているようでいて、研究の事になると物凄く冷静に分析する。……そのおかげで、取引ができたわけですが」
 ヴェルリアのデータと引き換えに、フレリアを宿すための『器』を創る。もっとも、ヴィクターは衛星施設の崩壊と共に行方不明となり、データは渡さずに済んでいた。
「それで二人とも自由な身体を手に入れたわけね。
 見たところ、もう『馴染んでいる』から、十字架がなくても平気よ」
 既にヴェルリアとフレリアの意識は現在の身体に定着しており、十字架がなくても意識を失うことはない、とエルザは告げた。
「それ、あたしが預かった方がいいかしら?」
「いえ。これはこのままとっておこうと思います」
「ふふ、何となくそう言うと思っていたわ」
 エルザが目を細めた。役目を終えたとはいえ、二人の首から下がった十字架は思い入れのあるものだ。
「せっかくだから、少しゆっくりしていきなさい。アカデミーの中は、自由に見学してくれて構わないわ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
 そのまま帰るのももったいないので、少し見学させてもらいたいと考えていたところだ。
 真司たちは立ち上がり、校長室を出た。
「……二人とも、俺から離れるなよ」
 パートナー二人に言い聞かせる。彼女たちは極度の方向音痴だ。目を離したらどこへ行くかわからない。
「私は早く帰りたいところだけど……」
「そんなこと言わずに、こういう機会は早々ないんですから」
 三人で回廊を歩いていく。天御柱学院とは異なり、中世の趣の残るキャンパスは、真司たちにとっては実に新鮮であった。
(そういえば天学のイコンは第三世代が登場して乗り換えが進みつつあるが……こっちの機体はどんな感じになってるのだろうか)
 話に聞いた限りでは、地球では現在第二世代機が主流となっているらしい。実際、アカデミー内はクルキアータを、F.R.A.G.はクルキアータの後継機となるウルガータを運用している。
 後継機、といってもウルガータは第二世代機だ。
(聖歌隊メンバーの機体は特別なカスタム機と聞いた事がある。それでミッションに参加した事もあるという話だ。せっかく来たわけだし、模擬戦でもしてみたいところだが……ん? あそこにいるのは、ドミニク・ルルーか?)
 ふと、見覚えのある少女の顔が瞳に映った。
 ドミニク、マルグリットのルルー姉妹だ。
(ちょうどいい。時間がありそうなら、模擬戦に付き合って貰おうか)
 早速、ドミニクに声を掛ける。
「や、久しぶりだね。元気にしてた?」
「不変(お変わりないようで、何より)」
「ああ、この通りだ。それで、ちょっと話があるんだが」
 ドミニクに事情を話す。
「うん、別にいいよ。何だかんだ、向こうではアタシもそっちの学校の機体に乗ってたわけだしね。こうして互いの機体で戦うのは初めてになるね」
 学院からアカデミーまで、真司たちはゴスホークに乗ってきたわけだが、ドミニクは既にそれを知っているようだった。
「頑張(お姉ちゃん、頑張って)」
「え? 模擬戦やるんですか? 仕方ないですね……無茶しちゃダメですよ?」
 そうは言うものの、ヴェルリアも乗り気のようではある。
「よし。そうと決まれば、早速いってみよー!」
 ドミニクが元気よく拳を突き上げた。
 
(あれが、ドミニク・ルルーの乗機……【メタトロン】か)
 ゴスホークに搭乗した真司は、相手の機体を確認した。
 接近戦特化仕様である事が見て取れる。
 射撃武器は一切積まず、腕部と脚部の装甲が厚い。ドミニクは天学に留学している時から、格闘戦にこだわっていた。実際に、彼女の戦い方を真司は見ている。
 が、ドミニクが自身の専用機に乗った時、それがどの程度伸びるのかは未知数だ。
『なかなか面白い機体だね。でも、負けないよ!』
 聖歌隊専用機はウルガータ・カスタムとも言うべき代物で、性能的には第2.5世代に相当するという。【ゴスホーク】と同じだ。
 非常に珍しい、2.5世代機同士の戦いである。
 模擬戦のルールは至ってシンプルだ。
 一対一で対戦し、先に相手機体の部位を損傷させる――有効打を与えた方が勝利となる。
『こっちは準備完了だよ』
「こちらもだ。では――行くぞ」
 両機は高高度まで上昇し、向かい合う。
 BMIのシンクロ率は50%。スラスターを全開にし、一気に【メタトロン】との距離を詰めた。
 互いに近接戦特化型。となれば、距離を取って様子見、という選択肢はない。
 機体の各センサー類と自身の感覚を同調。ヴェルリアと共にディメンションサイトによって、周囲の状況を把握する。
『そうこなくっちゃ!』
 【メタトロン】もまた、一直線に【ゴスホーク】へと向かってくる。無論ただでは近づけさせない。
 プラズマライフルのトリガーを引く。こっちのペースにもっていくのが狙いだったが……。
「……! そう避けるか」
 【メタトロン】は減速することなく、プラズマライフルが着弾する寸前で機体を動かし、最小限の動作だけでかわしてみせた。
(真司、上から来ます!)
 旋回。
 腕部のブレードを展開し、【メタトロン】からの攻撃に備える。ちょうど、相手の脚部が振り下ろされようとしていた。
 ブレードの切っ先で火花が散る。そして熱を帯びたそれを、相手の脚部へと突き出した。
『なーんて、ね』
 【メタトロン】の腰部スラスターが点火し、空気を揺らした。
 直後、機体が急回転し、真司が来るだろうとしたのとは逆の足がブレードを搭載した腕に肉薄する。
(まずい!)
 G.C.S、展開。
 重力制御によって【ゴスホーク】周辺の空間を歪ませ、わずかに蹴りの速度が落ちた隙にスロットルレバーを一気に押す。
『へえ、そういうこともできるんだ』
 【メタトロン】を弾き飛ばし、そのまま態勢を崩した機体目掛けて接近する。
 シンクロ率は80%。だが、サクシードとなった二人には、かつてのような意識をかき乱されるような感覚はない。むしろ、澄んだ心地だ。
「これで決める!」
 エナジーバースト。最大出力で【メタトロン】目掛けて飛び込んだ。
『ははっ』
 オープン回線から、ドミニクの笑い声が聞こえた。
 再び突き出されるブレード。真司は勝利を確信した――だが。
『つーかまえたっ!』
 ブレードの先は、寸でのところで止まっていた。【メタトロン】のマニピュレーターが、がっちりとブレードを搭載した【ゴスホーク】の腕を握っていたのである。
『この状態じゃ、さっきの技は使えないよね』
 すぐに振りほどこうとするが、間に合わない。
「まだだ……」
 即座にブレードを畳み、ほぼゼロ距離となった状態でプラズマライフルの銃口を向ける。
 だが、【メタトロン】の拳はもう眼前にまで迫っていた。
 真司はトリガーを引いた。
 その直後、【メタトロン】が【ゴスホーク】を殴り飛ばした――。
 

* * *


「……引き分けか」
 模擬戦の結果は、まさかの引き分けであった。
 プラズマライフルが着弾するのと、【メタトロン】の拳が当たるのが同時だったのである。
「まさかあの一瞬でブレードを畳むなんてね。あーあ、また勝てなかったなぁ」
 肩を落とすドミニクだが、不思議と悔しさはなさそうだ。
 互いに全力を出した結果だ。納得はしているのだろう。
「ドミニクの戦い方は知っているつもりだったが、まさかあれが見切れてたとはな」
「見切った、というよりも直感かな。勝負を決めるならあのタイミングしかない、って思ったからね。そっちはいろんな不思議機能があるみたいだけど、根本的なところはアタシの機体と同じなんだしさ」
 お互い近接型なだけに、考え方も似たようなものだったということか。
「今日は楽しかったよ」
「俺も、久しぶりにこういうイコン戦ができてよかった」
 真司はドミニクに笑いかけた。
「でも、次は負けないよ!」
「それはこっちも同じだ」
 ドミニクとの模擬戦は充実なものだった。他の聖歌隊メンバーもどういったものか見てみたいというのもある。無論、改めてドミニクと決着をつけたい、という思いもある。
 また来よう。
 そう心に決め、真司たちは聖カテリーナアカデミーをあとにした。