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空を観ようよ

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空を観ようよ
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新たな時へ

 2024年、年末。
 クリスマスの行事を終えた桜井 静香(さくらい・しずか)は、百合園女学院の校長室で作業に勤しんでいた。
 今年の内にやっておきたい仕事はまだまだ沢山ある。
「今年より来年はずっと沢山の人が笑い合えるはずだから。国も立場も関係なく、みんなが仲良くなれるような、そんなイベントを企画していけたらいいな……じゃなくて、企画していくんだ!」
 そう決意をしながら、静香は今年の行事や、来年の行事について考えていた。

 夕方――。
 静香の携帯電話にメールが届いた。
 恋人のロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が迎えに来てくれたのだ。
 もうそんな時間かと、静香はデスクを片付けて、帰宅の準備を始めた。
 その時。
「桜井校長。面会にいらした方がいるのですか……」
 百合園警備団に所属する生徒が、困惑気味な表情で、校長室に現れたのだった。

 校門近くで静香を待っていたロザリンドは、百合園に近づくとある女性の姿を見て、身体をこわばらせた。
 監視員と思われる魔術師に付き添われたその女性は――メニエス・レイン(めにえす・れいん)
 かつて、静香を誘拐し、ヴァイシャリーを危機に陥らせた人物だ。
 静香がメニエスに誘拐された時。ロザリンドは静香の側にはいなかった。
 誘拐された静香は、メニエスに酷い怪我を負わされて、更に多くの負傷者を出してロザリンド達が奪還した。
 メニエスを信頼していた静香を欺き、利用し、静香の大切なものを沢山傷つけたこの人物を、ロザリンドは無論忘れてはいない。
「百合園に御用ですか?」
 すっと、ロザリンドはメニエスの前に出た。
「……桜井、校長にお会いしに、きました……」
 彼女は酷く緊張し、怯えたような目をしていた。
「桜井校長が、お会いすると思いますか?」
「………」
 ロザリンドの静かな言葉に、メニエスは押し黙って俯いた。
「お会いしたいです。お会いして、謝りたいんです」
 彼女のしてきたことは、謝ってすむことではない。
 彼女1人の命で償いきれるものでもない。
(でも、静香さんは……)
 彼女に、会いたいだろうと。ロザリンドは解っていた。
 メニエスが沈んだ様子なのも、全て演技なのではないかという気持ちもあった。
 また……静香を、連れて行ってしまうのではないかという、不安も。
(だけど、私は――)
 ロザリンドはベルを鳴らして、来客の訪れを知らせた。
「行ってきてください。私は、静香さんをここで待っています」
 真っ直ぐな目でロザリンドは言い、メニエスを行かせた。
「……私は――今の静香さんを、信じています」
 そして明かりのついている校長室を強い瞳で見詰めた。

 メニエスは現在、自力で外すことのできない、魔法を制御する首輪を付けている。
 そのため、日常の範囲を超える魔法を使うことは出来ない状態だった。
 静香も立場上、それを知ってはいる。
 受付けを済ませたメニエスは、静香がいる階に向かう為、階段を上りはじめた。
 その時。
「メニエスさん!」
 踊り場に、桜井静香が飛び出てきた。
 突然のことで、思わず顔を上げたメニエスだが……静香の顔を見て、胸が苦しくなり直ぐに俯いた。
「桜井校長!」
 付き添っていた百合園の生徒が、静香を制止する。
「メニエスさん」
 静香の声が振ってくる。
「あ、あの……」
 言わなきゃいけない事がある。
 だけれど、身体が強張り、手は震えてしまい、頭の中はぐるぐると様々な想いが渦巻いてしまっている。
「……」
 静香は黙って、こちらを見ているようだった。
 しばらくして、メニエスは声を絞り出す。
「あたし……その、謝りたくて……」
 震える手を握りしめて、メニエスはゆっくりと話していく。
「今までやってきた事、やってしまった事、一生を費やしてでも償っていこうと考えてます」
 俯き、視線を逸らしていたけれど、静香の視線がまっすぐ自分に向けられていることはわかった。
「いつか必ず謝らなければいけないと思っていたので来ました、許してくれるとは思っていないけれど……」
 以前、静香は闇の組織に与していたメニエスを、必死に追い、呼びかけてた。
『メニエスさん、メニエスさん! 行ったらダメだ、こんなこと、ダメなんだよ……っ! 僕達と一緒に百合園に戻ろうっ』
 その時、メニエスは耳を塞ぎ、拒絶して。その場から去っていた。
 メニエスが静香を拉致するために差し出した手を、静香は信頼してとった。
 メニエスは、自分を救おうとする静香の手を、拒否してとらなかった。
「桜井校長が、手を差し伸べてくれた時。あたしは……自分がやってきたことが全て間違っていると、分かっていました。わかっていた上で逃げたんです」
 メニエスは静香の顔を見ずに、目を伏せてか細い声で続ける。
「その……ごめんなさい」
 罪を償っていくと決めた後もずっと、メニエスは心残りだった。
『帰ろ、う』、と。
 あの時、 手を差し伸べてくれた静香の手をとれなかったことが……。
 あの時にはもう、既に自分が間違っていることなんて、分かりきっていたはずなのに。
「メニエスさん、顔を上げて」
 強い口調で言われて、メニエスは恐る恐る顔を上げた。
 静香は自分を護ろうとする生徒を手で制して、階段を下りてきて、メニエスに手を差し出した。
「……っ」
 メニエスは体を震わせながら、手を――両手を伸ばして、静香の手を握りしめた。
「う……っ、……ごめん、なさい……」
 途端、メニエスは強い力で踊り場まで引っ張られた。
「掴まえた。
 メニエスさん、ごめんね。僕が弱かったから。
 苦しんでる君を助けてあげられなかった。
 手を指しだすだけじゃダメなんだ。呼びかけるだけじゃダメなんだ。
 僕から掴んで、時には無理にだってこうやって引っ張り寄せないと」
 僕がしっかりしていれば。
 君の気持ちにちゃんと気づいていれば……。
「後悔しても後には戻れないし、今の僕でも同じ結果になっちゃうのかもしれない。
 あの時、メニエスさんは拉致する対象として、どうして僕を選んだの?
 なんだか、僕に助けを求めてた気がするんだ――だから、本当にごめんなさい。
 弱くて、未熟過ぎて、メニエスさんを掴むことができなくて」
 言って、静香はメニエスを自分の胸の中に抱きしめた。
「あたしが……あたしが、わるかったんです……ごめん、ごめんなさい……ありがとう……」
 メニエスが嗚咽混じりの声で言う。彼女の目からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。
「メニエスさん、僕はずっと、君と本当の友達になりたかったんだ。
 今日は来てくれて、ありがとう」
 静香が声を詰まらせながら言う。
「お帰り、メニエスさん」
 メニエスは静香の胸の中で、涙を落としながら何度も首を縦に振った。