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空を観ようよ

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アキラ・セイルーン、エピソード・ゼロ

 パラミタと地球が繋がって数年。
 まだシャンバラ宮殿も出来ていない頃。

 地球人、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、
 なんとなく入った学校を卒業して、
 なんとなく職業に就こうとしたら不採用で、
 やることもなく、ただ何となく毎日を過ごしていた。

 その日は快晴だった。
 夏はまだ遠いのに、真夏を思わせるように暑く、明るい陽射しが降り注いでいた。
 そんな空の下、アキラは一人の女性と出会った。

 コンビニに出かけた帰り道。
「ん……?」
 金色の髪に、銀色の目。白い肌の少女が空を見上げていた。
 外国人は珍しくはないが、その少女は特別だった。
 思わず、息を飲んでしまうほど綺麗だった。
 光の中で風に揺れる髪。憂いを含んだ銀色の目。優しそうで、それでいて知性を感じる顔立ち。
(CGでも簡単には作れないよな……)
 空を見上げている彼女に、アキラは時間も忘れて見惚れていた。
「なんじゃ、何か用か?」
「……お、おおお!?」
 視線に気づき、少女が声をかけてきた。
 彼女の口から飛び出したのは、日本語だった。
 驚いてアキラがまごついていると、少女は再び空に視線を戻した。
「貴様、アレを知っておるか」
 彼女の視線の先にあったのは――パラミタ大陸だった。
 テレビや噂で聞いてはいた。
 ずっと憧れ夢見ていた、ファンタジー世界だと。
 興味はあったが、それこそテレビの中の出来事のように、自分には縁のない世界だと思っていた。
「わしは、あそこから来たんじゃ」
 なるほど、それで物語の世界の住人のように、綺麗なんだ。
 アキラは納得したが、別にそれ以上なんとも思わなかった。
「帰んないの?」
 アキラがなんの気なしにそう尋ねると、彼女はアキラをちらりと見て。
 それから目を逸らすと、不安気な顔で語りだした。
「ここからみたあそこが新大陸であるように、あそこから見たここも新大陸でな……。
 およそ5千年前、わしは喜んでここに冒険に出かけたのじゃよ」
「5千年? 5千秒の聞き間違え?」
 間抜けな返事に、少女は苦笑する。
 少女――ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)は、魔女だ。
 およそ5千年前、喜んで地球に出かけた彼女は帰る機会を失い、パラミタに戻れなくなってしまっていた。
 5千年という時間は、ルシェイメアの中から、パラミタという存在を消し去るには、十分すぎる時間だった。
 だから。
 再び、今、パラミタが姿を現したと聞いても、信じる事が出来ずにいた。
 その姿をこうして実際に見ても、どうしてもあと一歩が踏み出せなかった。
 これは夢や幻ではないのだろうか。
 また消えてしまうのではないだろうか。
 そう思うと、怖くて怖くて。
 ただ、こうして見つめることしか出来ずにいた。
「帰れなくなって、5千年。それは長すぎた。
 今が夢なのか、過去が夢なのか。
 あれは幻で、近づけば消えてしまい、夢から覚めてしまうのか――わからんのじゃよ」
 なんだかよく分からないが、難しい思いを抱いているようだ。
「はい。50年前の復刻版のお菓子」
 アキラはコンビニで買ってきた菓子の袋を開けて、ルシェイメアに差し出した。
 ルシェイメアは菓子を受け取って、自分の口に入れた。
 普通の駄菓子だ。珍しい菓子ではないのに、不思議と懐かしさを感じる。
「確かにあの大陸は幻で、消えてしまうかもしれない。
 でもいまお菓子を食べてるこの時間は現実で、ここから見ているあの大陸の姿は、ずっと心に残るだろう?」
 ぱりぽり菓子を食べながらアキラが言うと、ルシェイメアははっとしたような、驚いた顔で彼を見た。
「?」
 不思議そうな顔のアキラの前で、ルシェイメアは腕を組んで、深刻そうに考え始めた。
「??」
 彼女はしばらくなにやら深く考えていた。
 ルシェイメアはアキラの言葉を聞き、はっとしていた。
 彼と一緒なら――勇気を出せるかもしれない。
 考えた末、ルシェイメアは顔を上げて、言った。
「頼む、わしと一緒にパラミタへ行ってくれ!」
 ……。
 しかし、その場にアキラの姿はなかった。

 アキラはルシェイメアを放置して家に帰ったあと、菓子を完食して満足するとぐーすーぴー、ベッドで眠っていた。
 昼夜逆転した生活をしているため、これは昼寝ではなく本寝だ。体内時計では午前2時。気持ちよく熟睡をしていた。
「昼間から寝ておるのか」
 気持ちよく眠っていた彼の身体を揺する人物がいた。
 家族ではな、知らない声だ。
「んー」
 寝ぼけ眼で声の主を見たが、家族ではない。起こされなきゃならない用事もないはずだ。
「今から、わしと一緒にパラミタに行ってくれないか」
「ヤダ」
 起こされて機嫌も悪く、言ってることもわけがわからなかったので、はっきりと断ると、アキラは布団を抱いて目を閉じた。
「なんじゃとぉ!?」
「ぐー……」
「パラミタに行ってくれんか!」
「すー……」
「パラミタに行こう、行くんじゃ!」
 ゆさゆさゆさゆさ、蹴りも入っていたかもしれない。
 さすがのアキラも寝ていられなかった。
「うっさい、解ったから寝かせろ」
 そう言ったら、静かになった。
 そして、アキラは幸せな眠りについた。

 そして朝。つまり日本時間では夜。
「めしー」
 目覚めたアキラが居間に顔を出すと。
「さあ、行くぞ!」
 あの美少女がいた。
「え? どこへ?」
「パラミタに決まっておるじゃろう」
「……は?」
「契約をせんと、拒絶されて死んでしまうから、さっさと済ませるぞ」
「はあ……」
 アキラの家族は居間で優雅に茶を飲んでおり、少女と話し合い済みのようだった。
 よく分からないがアキラは契約というものをして。
「それじゃ、出発じゃ。お世話になりました」
 少女はアキラの家族に挨拶をすると、アキラの手を引いて玄関へと向かう。
「ちょっとまって、パラミタって何屋? 焼肉が食いたい気分なんだけど?」
「寝ぼけてる場合か、あれに決まっておるだろう!」
 外に連れ出されて、空を見上げたら――黒い大陸があった。
「え、えええ? ちょっと、父さん、母さん?」
 家族に手を伸ばすが、どうせやることないんだから行ってみれば? という反応だった。
「せ、せめてその前にメシーーーーーー!」
「心配するな、空京に和食の店もあるようじゃ!」
 そうして、ルシェイメアはぎゃーぎゃーぎゃーすか叫び抵抗するアキラを半ば引き摺るようにして、パラミタへと向かった。

 ……気づけば、パラミタに着いていた。
「何をあんなに怖がっていたんじゃろうか」
 思わず、笑いがこみあげてくる。
 そして彼女は懐かしい故郷に、笑顔で帰還した。

○     ○     ○


 強い陽射しが部屋に射し込んでいた。
 青い空を見上げて、ルシェイメアは思いを馳せていた。
 5000年間。
 それよりもこの数年の間、本当に色々なことがあった。
 パラミタに帰還したあの時のような笑みを浮かべながら、彼女は立ち上がる。
「さて、そろそろアキラを起こしに行くかの」

「メシ……せめて、メシを……」
 窓から射し込む強い陽射しが顔を照らしても、アキラは夢の中に居た。
 パラミタに来た頃の夢を見ていた。
 最初はあまり乗り気ではなかった彼だけれど、今ではどっぷりパラミタにはまってしまっている。

「こりゃアキラ! 一体いつまで寝ておるんじゃ!」
 そして今日も、ルシェイメアの声がアキラの部屋に響き渡り、
 アキラの朝が始まる。