校長室
【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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■ いつか来るその時に ■ 「未来見でほんとにいいのね?」 龍杜 那由他(たつもり・なゆた)に念を押され、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)とアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)は同時に頷いた。 結婚して1年半。 新婚生活を送っている2人に、『別れ』など考えられない。 今の幸せがずっと続いてほしい。 朱里もアインも確かにそう思っている。 けれど心の奥では、お互いに分かっていた。 歳を重ね、やがて死んでゆく地球人の朱里と、人より長い時を生きる機晶姫のアイン。たとえ固く結ばれても、同じ時を生きることは叶わないのだと。 どれほど強く願っても、時をこのまま留め置くことは出来ない。 揺るがせない時の流れは、いつか2人を分かつだろう。 あるいは、それ以外の要因による『別れ』が提示されるかも知れない。けれどそちらは、未来が可変性のものであるならば、その『別れの要因』を潰してゆくことで避けられる悲劇もあるだろう。 お互いの愛を確かなものにしたいからこそ、あえて2人は未来を……別れの時を確かめることにしたのだった。 ■ ■ ■ それは今から50年と少し後。 すっかり年老いた朱里は、柔らかなベッドの中にいた。 イナテミスで経営する仕立屋『ガーデニア』を次の代に任せた朱里は、たくさんの子供と孫に囲まれた幸せな家庭を築いていた。 子供や孫には、人間もいれば機晶姫もいる。養子として引き取った子を含めると、様々な種族の子供を育て上げてきたことになる。 大変なこともあったけれど、そんな時もいつも、朱里の周りは温かな笑顔に満ちていた。 幸せな日々、そう言い切ることに何のためらいもないくらいに。 それもすべて、アインがいてくれたからこそだ。 はじめて出会った時、いじめっ子に追いかけられていた朱里を、アインは助けてくれた。 それからずっと、アインは変わらず朱里の傍にいてくれた。 父として、騎士として、みんなを守ってくれた。 間違いなく、この家の大黒柱的存在だった。 「もう私、若くないのに」 自分が老いを意識しだした頃。朱里は、おばあちゃんになった自分のことなど忘れて、アインはアインの幸せを求めてくれていい。そんな風に言ったこともある。 その時もアインは優しく笑ってくれた。 「老いることを君が気に病む必要はない。この姿のまま変化も成長も出来ない僕と違って、人は歳を重ね、重ねる事にその折々の美しさがある。ユノたち機晶姫の子らも、成人体になるまでは人間と同様に成長してきた。そして君も」 そんなことを言い出した朱里に、老いのもたらす変化への不安があるのを察したアインは、皺の見え始めた朱里の手を握りしめて言ってくれた。 「老いを理由に君への愛を捨てたりはしない。何しろ僕は君の伴侶なのだから」 その言葉通り、アインは変わらぬ愛を捧げてくれた。ずっと、途切れることなく。 アインがいたから、朱里はここまで来られたのだと思う。 どんなにつらいことがあっても、希望を見失うことなく、今日まで生きてこられた。 いつだって傍らには、伴侶としてアインが寄り添っていてくれたから。 でも、それももう……。 身体が重い。 ベッドから身を起こすこともできない。 外はまだ明るいはずなのに、視界は夜のように暗い。 アインの顔が良く見たくて瞬きをしてみたけれど、視界は暗く霞んだままだ。 薄闇の向こうに見えるアインは、酷く悲しそうな顔をしていた。 「泣かないで……」 手を伸ばしてアインの頬に触れたいけれど、身体はもう石のようで自分の意思では動かせない。 お願い、泣かないで。 あなたが悲しんでいたら、私まで悲しくなるわ。 悲しむことなんてないの。 あなたと私が今日まで築き上げてきたもの、生きた証。それは今もここにある。 そして命は、一度ナラカに落ちた後も、悠久の時を経て、再び生まれ変わるというわ。 命は終わらない、そして真実の愛もまた。 だから、別れの言葉は言わないの――。 ぼんやりと見えるアインの顔。 最後まで見ていられることが、こんなに幸せだなんて。 アイン、ありがとう、そして愛してる……。 朱里は眠るように、安らかに、召されていった――。 「朱里! 逝かないでくれ。君のいない世界で、僕はどう生きればいいんだ」 最期の息をついた朱里の身体を、アインは抱きしめる。 この世に朱里の魂をつなぎ止められる気がして。 けれどもう朱里は目を開けてはくれない。 「あああああああああああああああああああああああああああああ!」 気の狂わんばかりの慟哭が、アインの心を引き裂く。 結ばれた時から、こうなることは覚悟していたはずだった。 だがいざその時を迎えると、悲しみはとめどなく湧き上がり、堪えることなど到底出来なかった。 その後しばらく、アインは抜け殻のようになっていた。 心などなければ、機械のままでいられたのなら、こんな喪失を知らずに済んだのか。 心から愛する存在に出会わなければ、これほどの苦しみを味わうこともなかっただろうか。 二度とはい上がれないのではないかと思えるほどの悲しみに、アインが打ちのめされていた、そんなとき。 朱里の面影を宿す幼い瞳がアインを覗き込んだ。 「おじいちゃん……だいじょうぶ?」 それは朱里とアインがこの世に生きた証、生命を継いだ孫だった。 心配してくれるその孫を、その愛しい命をアインは抱きしめる。 (そうだ、僕はもう1人ではないんだ) あの日、朱里と出会ってから、ずっと共に歩んできた。 別の世界に朱里が旅立った今も、その残したものが途切れることはない。 だから。 朱里、ありがとう、そして愛してる……。 ■ ■ ■ 現実に戻ってくると、那由他の心配そうな顔があった。 「やっぱり見ない方が良かったんじゃない?」 アインがあまりに辛そうだったからと言う那由他に、そんなことはないとアインは首を振った。 「ありがとう、那由他」 別れがあることは変えられない。 だからこそ、日々の生活が、何気ない日常が貴重で大切なのだと知ったから。 「この未来を見れてよかった。僕は今まで以上に、朱里を、家族を守り続けるよ」 誓いを新たに、アインは朱里と寄り添うように帰ってゆくのだった。