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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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 ■ 復讐を抱き続けた果てに ■
 
 
 
 龍杜神社を訪れた鬼崎 朔は思い詰めた表情をしていた。
「そんな状態で未来見をしても大丈夫?」
 過去と違い、未来では何が見えるのか分からない。ショックを受けるものを見る人もいるのだからと、龍杜 那由他(たつもり・なゆた)は朔を心配した。
「構わない。知りたいことがあるんだ」
「だけど……」
 那由他は納得出来ない様子で、未来見を迷っている。
 事情が分からないと未来見をしてくれそうも無いとみて、朔は自分が抱えている悩みを打ち明けた。
「……彼氏と結婚したい……そんな想いが止まらないんだ」
「だったら結婚すれば。なんて簡単な話ではないのよね?」
「ああ。汚れて子供が産めないかもしれない私が、本当に彼と結婚してもいいのだろうか。そう考えると、結婚はやめるべきだと思うんだ……もし、今のこの暗い想いを抱えたまま突き進んでいったらどんな未来になるのか……それが知りたい」
 だからそんなに悩んだ顔をしていたのねと、那由他は今度は腑に落ちたようだった。
「……分かったわ。あたしが見せられるのは未来のほんの一面だけだけど、それが役に立ちそうなら」
「出来れば、那由他にも一緒に見てもらいたい」
「見て構わないって言うなら見させてもらうわ。それもまた、龍杜の巫女としてのつとめ、ってね。さあ、ここに座って」
 那由他は朔を水盤の前に座らせると、未来見の準備をしていった。
 
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 2031年7月朔月の夜――。
 
 狭く暗い息苦しいような空間で、朔は息を潜めていた。
 もう身体が動かない。
 全身に鉛を詰めたようなこの感覚の理由は分かっている。契約という絆で結ばれたパートナーが死亡することによって発生する、甚大な影響――パートナーロストだ。
 アジトの中に敵が侵入したのを知っても、もう満足に戦うことも出来ない。ただこうして息を潜め、やり過ごせることを祈るだけだ。
 けれど運命は朔を見逃してくれるほど、温情深くはなかった。
 扉の隙間から煙が流れ込んでくる。
 どこからかパチパチという音も聞こえてくる。
 アジトに火をつけられたのだ。かつて自分の家が鏖殺寺院に襲われたのと同じように。
 
 
 ――9年前、朔は結局、こんな自分では彼を幸せに出来ないと、彼氏の前から姿を消した。
 その後、彼との間に出来た双子を妊娠していることが分かったが、今更彼の前に顔出しなど出来るはずないと、知らせることすらしなかった。
 産まれた子には彼の名前の文字をもらって『未月』『葉月』と名付けた。可愛くてたまらない我が子だけれど、だからこそ朔は子供たちの幸せを考えて、2人をブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)に託した。そして自分は本来の名前、『朔・アーティフ・アル・ムンタキム』を名乗り、他のパートナーたちと共に、過去の自分を苦しめた鏖殺寺院の残党狩りを行った。
 けれどそれは実を結ぶどころか、朔は花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)をはじめパートナーを次々と殺され、挙句には爆破テロの冤罪を被せられ、凶悪犯として追われる身となってしまった。
 
 どうしてこんなことになってしまったのか、どこからこんな道に入り込んでしまったのか、朔には分からない。
 朦朧とする意識の中で朔は思う。自分は幼少時の仇討ちのために今までずっと生きてきたけれど。
「何も果たせない……何も残せない……」
 それどころか、スカサハ、星也、エリヌース……他の皆もすべて巻き添えにしてしまった。
 結局、自分は何のために生きてきたのだろう。
 自分を不幸にし、周囲を不幸にし、そして誰も幸福に出来ず。
 こんな人生に何の意味があったというのだろう。
「もう……わからないよ……父さん……母さん……花琳……カリン……アテフェフ……葉月……未月……紗月……もう一度……会いたいよ……」
 掠れる声で朔はもう会えない人々の名を呼ぶ。
 一緒にいたかった。一緒に生きたかった。
 それさえ出来なくしたのは、一体誰?
「私、だ……」
 その事実が朔に突き刺さった……その時。
「いたぞ!」
 嬉々とした男の声と続く銃声。
 それが朔の聞いた最後の音だった――。
 
 
 
「ああ……朔ッチ、死んじまったのか」
 一度体験したことがあるだけに、カリンにはすぐにこの感覚がパートナーロストであることを察した。
 花琳の時と同じように、不思議と涙は出なかった。
 大好きだったが故に感覚がマヒしたのか……それともこれも後遺症なのか。
「……わかんねぇよ、朔ッチ……花琳……」
 重い身体を引きずってアテフェフの様子はどうかと見に行ってみれば、やはり彼女も倒れていた。
 大丈夫かと揺り動かすと、アテフェフは虚空に腕を彷徨わせ、
「朔、あたしの朔はどこなの……」
 呟きながら必死に空中を探った。もともと強化人間は不安定だ。パートナーを失ったショックはアテフェフを錯乱させ、心を破壊してしまったのだ。
 助けてやりたくとも、カリンにもその力は無い。
 ふと息を吐いて、カリンも意識を手放した。
 
 
 その後、倒れているアテフェフとカリンを発見した未月と葉月が救急車を呼び、2人は病院に運ばれた。
 精神的に病んでしまったアテフェフは、退院の目処もつかずに精神病院に入院することとなった。
 カリンも身体への影響は大きかったが、ベッドの上に起きあがれるようになるとすぐ、未月と葉月を入院している個室に呼んだ。
 
「カリンお母さん、もう大丈夫?」
 未月が心配そうにカリンの顔を覗き込む。父親似の金髪青眼の未月は、引っ込み思案なところがあるけれど、芯はしっかりしている女の子だ。今回もすぐに救急車を手配したのは未月だったと聞いている。
「びっくりしたぜ。母さんと叔母さんが両方一度に倒れるんだもんな」
 葉月は銀髪赤眼で朔によく似ている。元気な熱血漢だけれど、意外に繊細なところがある男の子で、今回も涙を浮かべておろおろと2人の様子を見守っていたと、看護士が言っていた。
「ああ、もう大丈夫だよ。少し寝ていれば治る」
 カリンはそう言って、テレビのニュース番組をつけた。
 燃え上がる建物、集まっている野次馬。厳重に白布がかけられて運び出される担架。
 レポーターが興奮を伝えるような早口で、凶悪犯が遂に射殺されたことを報じている。
「ああこいつ、とうとう死んだんだな」
 何も知らない葉月がニュースを見て呟いた。
 
 この子たちに、真実を告げねばならない。
 それが朔との最後の約束だから。

「いいか、良く聞けよ。お前たちの本当の母親は、朔・アーティフ・アル・ムンタキムだ」
「はあ? なんだよそれ」
 怪訝な顔になる葉月に、カリンはこれまでのことを包み隠さずに話した。
 朔が産んだ双子を、パートナーである自分とアテフェフが預かったこと。カリンを母、アテフェフを叔母と教えてきたが、どちらも朔のパートナーという存在であり、血の繋がりはないこと。今、2人が倒れたのは、朔を失ったパートナーロストによるものであることも。
「一度だけ、お前たちは朔と会ってる。ボクの友人として、3年前のお前たちの誕生日に来た女性、あれが朔、お前たちの本当の母親だ」
 
 突然伝えられた真実に、未月も葉月も困惑し、どうしたら良いのか分からないようだった。
 母、叔母だと思ってきた2人は何の血の繋がりもない他人で、凶悪犯として射殺された朔が本当の母親だと言われても、すぐには呑み込めないのだろう。
「俺は……俺は信じねぇぞ!」
 葉月は拒否をこめて強く首を横に振る。
「俺たちを捨てた薄情な奴より、傍にいてくれた母さんたちの方がずっと、俺たちの母親だ。大体、パートナーってそんなもんなのかよ! 昔聞いた契約者の話だと、ずっと一緒に助け合うのがパートナーって奴なんだろ? こんな……遠くで勝手に死んでパートナーに迷惑かける奴が……俺たちの本当の母親な訳ねぇよ……」
 信じられない、信じたくない。葉月は自分の手の平を拳で殴りつけた。
 
 未月はうつむいて、誕生日の日のことを思い出す。
(あの時に来てくれたカリンお母さんのお友達は、とても優しい目をしてた……)
 慈しみと愛しさを含んだ、けれどどこか儚い彼女の笑顔。あのときには気付かなかったけれど、今になって思えば、あれは母が子供を見る目だったんだろう。
 葉月はまだ信じられないようだけれど、未月はカリンの言葉を信じた。
 ……もう、自分たちの本当の母は死んだのだと。
「本当のお母さんが死んじゃったとしても……私たちには……カリンお母さんとアテフェフ叔母さんが居るから、心配ないよ。でも私……死ぬ前に……一目でよかったからもう一度……お母さんと会いたかったよ……」
 一度でいいから、母と知った上で朔と会いたかった。
 そう言う未月の目からとめどなく涙がこぼれる。
「未月……泣くなよ」
 葉月に言われて、未月は涙をぬぐった。
「あれ、おかしいな……泣かないって決めたはずなのに、涙が……止まらないよ……」
「くそっ、なんで俺も泣いてんだよ……あんな女……母親じゃねェのに……」
 あんなの、自分たちを産んだだけの知らない人だ。
 そう思うのに、涙は後から後から溢れてくる。
 
「お前たちの母親は世間では凶悪犯。ボクから見ても褒められた人生ではなかった……でも、お前たちのことを本当に愛してた……それだけは信じてやってくれ」
 泣く子供たちを見ながら、カリンは涙を堪える。ここで自分が泣くわけにはいかない。
「お前たちは復讐に生きた母親と同じになるな。……それが朔とボクたちの願いだ」
 
「畜生……なんで死にやがった……俺たちの傍にも居ないで……母さんと叔母さんがてめえの最期を見届けられねェ死に方しやがって……これじゃあ、復讐したくても出来ねェじゃねェか……バカ野郎……」
「ねぇ、どうして? どうして死んじゃったの……朔お母さん」
 未月と葉月は寄り添うようにして泣いた。
 その手にカリンは、朔から預かっていた2人分の三日月と蝶のイヤリングを載せてやる。今は朔の形見となってしまったその品物を。
(……復讐鬼になるべきじゃなかったんだ……朔ッチ……幸せになるべきだったんだ……)
 もし朔が復讐でなく幸せを求めていたら、家族4人の温かな家庭があったかも知れない。
 平凡だけど、笑顔の絶えない家。子供の誕生日にはもちろん家族全員でお祝いして。
 そんな幸せに背を向けてしまった朔の、これが未来の別れなのだった――。
 
 
 
 ■ ■ ■
 
 
 
 未来見を終えてからも、朔は顔が上げられなかった。
 復讐のために自分が碌な死に方をしないのは別にいい。それは自らが受けるべき報いなのだから。
 けれど朔の生き方は大事な人たちを不幸にして終わるのだ。
 復讐は朔の悲願だ。けれどそれは大事な人を犠牲にしてまで成すべきものなのだろうか。
「どうすれば……こんな未来を回避出来るんだ……?」
 朔は俯いたまま、那由他に救いを求めた。
「龍杜の秘術は見せるだけのもの。見えた未来の回避方法は分からないわ。……でも」
 そこで言葉を切って、那由他は朔のお腹に手を触れた。
「あなたにはもう分かってると思うけど?」
 
 この時――朔は椎堂 朔(しどう・さく)になることを決意したのだった。