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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第1回/全3回)
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第一章 願いと条件

 漆黒に輝く城の内。
 城の主である征服王ネルガルを眼前に、18名の生徒たちが立ち並んでいた。
 ネルガルの手に墜ちた砦を訪ねたり、北カナンとの国境を目指したり、神聖都キシュへの道中でネルガル軍兵への遭遇を果たしたり。経路は幾つかに異なるものの、『ネルガルに仕官したい』という目的の元に行動し、それを表明した途端にキシュへと連行された。
 そして今時に、集められた生徒たちは一様にネルガルとの謁見の場を与えられたのだった。
 部屋と言うよりはエントランスに近いだろうか。だだっ広くて開放的な室内中央には巨大な階段が居座っており、そこを今まさに『歌劇団のトップ』のような風格でこの城の主が降り来た所である。
 余裕たっぷりの笑顔で生徒たちの顔を眺めてから、まずは並びの端に居た五月葉 終夏(さつきば・おりが)に話を聞いたのだが、
「仕官する気はない、だと?」
 ネルガルはいきなりに眉を寄せる事に相成った。
「はい。私は、」終夏は頬が強ばっているのを感じた。思いとは裏腹に意識すればするほどに硬くなってゆく。
 瞳を閉じて呼吸をしてから続けた。
「イルミンスールのドルイドとして、世界樹に起きた異変をこの瞳で確かめたいのです。それにはあなたの許可が必要だと聞きました」
 正確にはネルガル兵はそのような回答はしていない。しかし有無を言わさずに連れ回され、この場に通された事を考えれば、小事の案件すらもネルガルが統括しているのだと仮定したに過ぎない。
 目的すら異なる者たちと立ち並んでいる事も含めて、終夏の足場は今にも崩れ落ちそうなほどに不安定だった。
「仕官はしない、敵対する意志もない」
 気付けばネルガルの声が鋭さを増していた。
「世界樹を見に行く間は、あくまで中立な立場で、だったか?」
「はい」
「言葉には気をつけよ。この国で余に逆らうは極刑への近き道となる。敵対せぬなど当然のこと」
「分かってます。ただ同校の者が敵対の動きをしているので、それを考慮して言ったまでです。私に、敵対の意志はありません」
「まぁよい。だが、世界樹は余の物だ。どこの馬の骨とも分からぬ者に易々と見せるわけにはいかん」
「世界樹イルミンスールがセフィロトと同じような状況になった時の為にも是非、一度見ておきたいのです。あなたを裏切るような真似は決してしません」
「口より出づる言葉に信の価値は無い」
 段位の始め、5つほどの所にある台段に降り立つと、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)を先頭に2頭のオルトロスが寄ってきた。先日の古代戦艦ルミナスヴァルキリー爆破の功績と、容易に獣類を手懐ける能力を買われ、謁見に先立ちソーマオルトロスたちの世話役を任されていた。
 2頭が背に乗せた王座が据えられると、ネルガルはおもむろに腰を下ろして続けた。
「余に仕え手柄をたてたなら、考えてやってもよい」
「それは……」
「反逆の意志を持たぬ証として、まずは人質を差し出すが良い。それが、我が国で信を得るための初行である」
 並び立つ列の端に立つ2名、椿 椎名(つばき・しいな)グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)に目を向けた。彼らも先日の戦艦爆破の実行犯であったが、彼らに対してもネルガルは、
「それは主らとて同じだ。分かっておるな」
 と告げた。
「はい」
「承知しております」
 手土産としては上等だった、しかし自分に仕える者の条件は一様に同じである、と。
「余の命に従い功績をあげて初めて、余は信を向ける。精進して働くがよい」
 頭を下げて了を示すと、グンツは自分の脇に並び立つ如月 和馬(きさらぎ・かずま)ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)の名を順に告げた。
「この者たちは、我が同志にございます」
 ネルガルに忠誠を誓う事はもちろんのこと、同じ志を持つ者として自分と同じように使って欲しいと願いあげた。
「俺たちも人質をだせば良いんだろ?」
「心得ておりますわ」
 和馬ファトラが次々と忠誠の意を示す中、村主 蛇々(すぐり・じゃじゃ)は慌てて一歩を踏み出したのだが……。
「あの私は……」
 見上げて言おうとして、怖じ気付いた。もともと臆病ではあるが、それだけでは無かった。
「……私もリュナも戦いとかは下手くそだから……その……侍女として働きたい……です」
「侍女……だと?」
「……えぇ。―――っと、違う! 『はい』です! わ、私たちはとっても掃除が得意なんです、だから……ねっ、ねぇリュナ?」
「え、えぇ、もっちろん!」
 蛇々が慌てふためいている分、リュナは落ち着いて言えば良かったのだが。なぜか彼女まで慌てていた。
「あたしはメイドさんだから特に、掃除は張り切って頑張れます!」
「掃除を頑張る侍女……? それを仕官と申すか」 
「もっ、もちろん掃除以外も頑張るよ、でも掃除は特に得意だから―――」
「フッフッフッフッフッ」
 突然に、気でも狂れたようにネルガルの声が大きく跳ね始めた。
「ハァーッハッハッハ。面白い、実に愉快だ」
「………………あの……」
「よかろう。『掃する侍女』として余に仕えるがよい」
「本当っ?」
 ――ちっ。
 再びに敬語を忘れて喜ぶ蛇々秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は苛立ちを覚えた。掃除をする侍女? そんなので取り入ろうなんて冗談じゃない! ネルガルの傍にお仕えするのはこの私、寝食のお供をするもの私なのよ!
 そう思ってから出た言葉は嫌味がたっぷり込もった言葉だった。
「まぁ意外ですわ! ネルガル様に幼女趣好がおありだなんて」
 『あんたも幼女だろ!』とツッコミが飛んできそうな出で立ちでつかさは言った。そして毒づいた。
「もっとも! 掃除をさせるだけなら幼子にも可能、とのご判断は流石ですわ。一生、掃除係として使ってやりましょう」
 何目線か分からない口振りだった。
「ネルガル様、どうか私をネルガル様の側室の一人にお加えくださいませ」
「ほぅ……主は側室と来たか」
「えぇ。戦う力はさほどしかございませんが、夜伽には自信がございます」
 深夜に駅前を歩いただけでお巡りさんが寄ってくるような童顔幼児体型の少女が言う『夜伽』という単語は、余計にアブナイ匂いがした。
「今も滾る情熱を全て受け止めて差し上げますわ」
 皆が冷や汗を滲ませている事さえも感じぬままにつかさは言い切った。『きっぱり断れネルガル! 王でも犯罪だぞ!』と誰が言ったか、否、みな心の中で言っただけだった。
 集まった面々は、こんな事で怒りを買うほど愚かではなかった。
「好色に溺れるほど愚かではないわ。どうしても余に尽したくば『侍女』として尽すがよい」
 ネルガルは薄く笑んだだけで視線を流すと、
「主も侍女希望か?」
 と東雲 いちる(しののめ・いちる)に問いた。比較的イヤらしく聞こえなかったのは彼の年輪の賜物だろうか。
「私は……」
 突然の暴言にも慌てる事なく、いちるは静かに応えた。
「私は、あなたに興味があります」
「ほぅ」
「『征服王』などと名乗れば国民の反感を買う事は容易に予想できたはずです。それなのに、あなたはそうした」
 愛の告白……と思いきや、それ以上に面白い事を言ってきたとネルガルは眼に鋭さを宿した。
「腑に落ちぬか?」
「はい。行動を起こすには必ず理由があります。それを知る意味も込めて、私はあなたという人物を知りたいのです」
 そのためにネルガルに仕官する。それが自国をも裏切る事だと分かっていても。
「しかし余に仕えるという事は、主の近しい者を人質に出す事を意味する。それでも知りたいと申すか?」
「人質には俺が」
 ギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)が前に出た。
 『仕官の条件として『近しい者、愛する者を人質に差し出す』と聞いた時、いちるは自分に伺ってきた「人質に、なっていただけますか?」と。俺にはそれだけで十分だ』
 彼がそう言っていた事を、同じ主人を持つノグリエ・オルストロ(のぐりえ・おるすとろ)は思い出していた。いちるの仕官にも驚いたけど、ギルベルトがそれを了承したのも驚きだった。『きまぐれのくせに融通が利かない』そんな印象が彼にはあったからだ。
「良い目だ。覚悟を決めた者の目をしている」
「そいつは光栄だね」
 真っ向からギルベルトの視線に己のそれをぶつけてから、ネルガルいちるに笑みかけた。
「己が知識欲を満たすために愛する者を差し出すか。実に純粋だ、それでいて強欲でもある。嫌いではないぞ」
「覚悟はできています」
「しかし、そのような者が最も危険だ。こちらの内情を探り尽くしたところで裏切る可能性もある」
「だから俺が人質になると―――」
「恐れながら、一つ」
 ギルベルトの言葉を遮って白鋭 切人(はくえい・きりひと)が提言した。
「オレはファトラの人質となる身。しかし全ての人質を『人質を差し出す側の自由』とするのは如何なものかと思います」
 その意を訊くネルガルに、特に気をつけるべきは『悪魔』を人質にする時だ、と切人は説いた。
「『召喚』というスキルは一方通行であれ、距離、移動手段に関係なく一瞬にして契約者の元にワープすることできる」
「なるほど」
 知識としては持っていた、しかし確かに考慮してはいない点だったようだ。
「この中で『悪魔』なる者は名乗り出よ」
 ネルガルの問いに名乗り出た悪魔は2名。いちるのパートナーであるノグリエと、椿のパートナーであるナギ・ラザフォード(なぎ・らざふぉーど)だった。
 ネルガルいちるに目線を戻すと、「試してみるか」と黒水晶を取り出した。
 黒き水晶をノグリエに向け、次にネルガルが眼を剥くと、水晶からまばゆい光りが照射された。
「なっ!!」
 光りがノグリエの全身を包み過ぎると、瞬く間に体は硬直し、色合いを失ってゆく。
 いちるが駆け寄った時、その変化はすでに終わりを迎えていた。彼の体は硬く冷たくザラついていた。
「ノグリエっ!!」
 駆け寄るギルベルトに、いちるは力なく首を振った。
「石化……しています」
「そんな……」
 石化という現象はもちろん知っている、カナンの極刑が石化刑だという事も知っている、しかし! 
「なぜノグリエを! なぜ石化した!」
 奴は何を言っていた? 悪魔、人質、仕官。それがなぜノグリエの石化に繋がるというのか。
「人質には俺がなると言っただろう!」
「ほぅ、それが主の願いか」
 黒水晶が目の前に。最後に見えた映像は『人を見下したネルガルの笑み』だった。光りを受けたギルベルトも石化してしまった。
「ギルベルト……」
「望みを叶えてやる事も、王の役目であるからのう」
 いちるギルベルトの手に触れて、硬く冷たくなったその手を両手で強く握りしめた。
「従なる者へは寛大である、これも余の一面であるぞ」
 ギルベルトだけでない、いちるの願いをも叶えてやったのだと。言葉は違えど間違いなく、ネルガルはそう言っていた。
「さて、問題の悪魔の石化像が出来たのだ、早速その『召喚』とやらをやってみせるがよい」
 いちるは言われた通りに『召喚』を唱えた。ノグリエが生身の体であったならば、それで傍らに現れるはずだった、そうなるように唱えた。しかし、ノグリエの石躰はピクリとも動かなかった。
「……できません」
「なるほど」
 うつむいたままのいちるを、彼はしばし懐疑的に見つめていたが、
「ごくろうだった。余に仕え、存分に己が知識欲を深めるが良い」
 そう言ってすぐに視界から捨てた。
 次に彼がしたのは、黒水晶を向けては光りを放つ作業だった。
 グンツのパートナーであるプルクシュタール・ハイブリット(ぷるくしゅたーる・はいぶりっと)
 和馬のパートナーであるエトワール・ファウスベルリンク(えとわーる・ふぁうすべりんく)
 ファトラのパートナーである白鋭 切人(はくえい・きりひと)
 の3名がまず石化させられた。
 そして『掃する侍女』として彼に仕えると言った蛇々秋葉 つかさ(あきば・つかさ)でさえも同じようにパートナーを石化させられてしまった
 『両手を広げ、爽やかに顔をキメた』状態で石化に臨んだのは終夏のパートナーであるセオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)だった。ただ一人、ポーズを取った彼の石像はリュナ・ヴェクター(りゅな・う゛ぇくたー)、そしてヴァレリー・ウェイン(う゛ぁれりー・うぇいん)の像の間に並び立てられた事で、よりイキイキと輝いているようだった。
 最後に椿 椎名(つばき・しいな)のパートナーであるナギ・ラザフォード(なぎ・らざふぉーど)の前に立ったネルガルは、ふと思い出したように言った。
「主のパートナーは、もう一人おったな」
「??? はい」
 呼べと言われているように思えて、椿はとりあえずソーマに声を投げた。少し離れた所で、彼女はオルトロスたちとジャレあっていた。
「はいはーい、呼んだかニ゛ャッ!!」
 跳ねるように寄り来たソーマが、石と化した
 瞳を見開いて振り向く椿に、ネルガルは「念のためだ」とだけ言って黒水晶を持つ手を下ろした。椿が小さく強く自らの拳を握り潰した事には、ネルガルは気付いていないようだった。
「さて、余はこれからある集落の巡察に向かわねばならん。全員、同行するがよい」
 頭を下げる一行。その中の椿ネルガルは再びに視線を向けた。
「椿よ、傷はまだ癒えぬか」
「はい、申し訳ありません」
 先日の戦艦爆破の際に負った傷がまだ完治していなかった。あと数日あれば完治するとも聞いた所でネルガルは彼女に命を告げた。
「ならば余の留守の間、石像の見張りをしていると良い。見事に務めを果たし、それを成果とするが良い」
「はい」
 9体の石像と椿を残し、ネルガルは神殿を後にした。
 本日の巡察地は西カナン北部の『谷間の集落』。
 ワイバーンとオルトロスの群れ、そして7名の仕官生徒たちという何とも大所帯を引き連れて、征服王ネルガルの本日の巡察は始まったのである。