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第35章 手紙じゃ足りなくて

「バレンタイン……か」
 2月14日の朝。ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は、空京の自室にいた。
 彼には婚約者がいる。
 その大切な婚約者――砕音・アントゥルースは、逮捕されシャンバラ刑務所に拘禁されていた。
 結局今年は、去年のようにデートをすることは出来なかったと、ラルクは深いため息をついた。
「仕方ないって言葉で纏めたくはねぇんだがな……」
 警察に捕まってしまったのだから、仕方がない、そうは思うけれど諦めたくはなかった。
 自分一人しかいない部屋で、携帯電話や時計が表示している2月14日の数字に、ラルクは寂しさを感じてしまう。
 会って、一緒に過ごしたかった。
 誰にも邪魔をされずに、2人だけで話したいこと、したいことが沢山ある。
「俺も寂しいがあいつは寂しがり屋だから、もっと寂しがってるだろうな」
 そんな愛する婚約者にしてあげられることはなんだろうと、ラルクは考えながら部屋の中を歩き回り……机の上の、筆立てとレポート用紙に目を留める。
「……手紙でも書くか」
 レポート用紙ではなく、購入しておいた便箋を取り出してラルクは椅子に腰かけた。
 メールが主流なこの時代だけれど、たまにはこういうのもいいだろうと、ラルクは便箋にペンを入らせていく。
 想いを込めて。
 彼にしか生み出せない、自らの字で。

 砕音へ

 砕音、元気にしてるか? 寂しがってないか心配だ。
 折角のバレンタインなのに手紙ですまねぇな。
 こっちは、まぁー色々と忙しい毎日だ。
 そっちはどんな感じだ?

 そういえば、丁度去年のバレンタインだっけか……
 お前に結婚したいって言ったのは
 あの時は本当に恥ずかしくてな。顔から火が出そうだったぜ。
 もし、刑務所から無事出られたら、その時は盛大に結婚式挙げようぜ。
 それとも、ジューンブライドに挙げた方がいいか?
 そういえば婚姻届もださねぇとな。
 ま、それを含めて話せたらいいと思ってる。

 俺は何時までもお前を待ってるからよ。
 安心しろよ。

 最後に、愛してるぜ。

              ラルク・クローディス


「こんなもんか?」
 書き上げた手紙を読み直し、ラルクは思わず苦笑する。
「ってか柄にもねぇな」
 結婚したいと伝えたあの時のように、顔が赤くなっていく。
「くそ……会って進めたいぜ」
 手紙を折りたたんで、封筒に入れて。
 それから昨晩作った、チョコレートを入れた箱と一緒に、袋に入れていく。
 そのチョコレートは、料理が全く出来ないラルクが一生分の料理をしたというくらい、気合をいれて、時間をかけて作ったチョコレートだ。
「味見もしたし、砕音の口にも合うとは思うが……割れたら残念だよな」
 一度袋に入れたチョコレートを取り出して、ラルクは緩衝材として、丸めた紙や新聞紙を詰めていく。
「これでよし、と。午前中の便に間に合うよな」
 送るために自室を出ようとしながら、ラルクは袋を開く婚約者の姿を思い浮かべる。
 嬉しい、だろうが。
 直接の方が、もっと嬉しいだろうな、と。
 それに、今から送ったのでは、今日中には届かない。
「うん、やっぱ、手渡しの方がいっかなー」
 そう思い直すと、ラルクはコートを纏い、鞄を引っ提げて自室を飛び出した。
 面会が出来るかどうかはわからないが、直接刑務所に届けに行くために。
「看守なり誰かに渡せば、今日中には届くだろ」
 航空機を手配すれば、受付時間に間に合うはずだ。
「本当に……恋は盲目ってか? いや、病だな病」
 自分自身の行動に、止められない感情にラルクは苦笑した。
 こればかりは、医者にかかっても治せそうになかった。