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第42章 お礼の料理

「本当ならもっと早くにお礼を返したかったのだけれど……」
 14日の朝。橘 美咲(たちばな・みさき)は、ヴァイシャリーのはばたき広場で、ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)と会っていた。
 美咲は彼に助けられたことがある。そのお礼に手料理をご馳走すると約束をしてた。
 だけれど、互いに忙しくしていたことや、機会がなくてその約束を果たすことは出来ずにいた。
「手料理はこのチョコレートのみになってしまいましたけれど、その分はヴァイシャリーの有名デートスポット巡りで許してください!」
 美咲はチョコレートの入った紙袋をファビオに差し出す。
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ」
 紙袋を受け取ったファビオに、美咲はパンフレットを開いて見せる。
「この日の為に、ヴァイシャリーの観光マップで有名スポットを確認しておきました。昔とは違った顔を見せるヴァイシャリーの街に、私と一緒に繰り出しませんか?」
 美咲がパンフレットを手に、そう言って嬉しそうな笑みを見せると……ファビオは美咲を眩しそうに見て、首を縦に振った。
「……何故か、少し遠い目をしています、ね」
 傍にいるのに、美咲はファビオを少し遠くに感じた。
 でもそれは、自分が彼を遠い人だと思ってるのではなくて……。
「ファビオさんって昔の人って意識が強くて、今を生きる私たちを遠くに感じちゃっている気がするんです。……私の気のせいですか?」
「そんなことない、つもりだけど」
「なら良いんです」
 美咲はまたにっこり笑みを浮かべる。
「今日は一緒に遊んで、笑いましょう! 美味しいものを食べましょうッ!!」
 言って、ぐいぐい彼の手を引っ張って、カップルに人気の美味しい料理が食べられる店へと、ファビオを連れていく。

 美咲が調べてきたのは、有名スポットや、店の情報だけであり、店の選択やデートのコースはファビオに任せっきりだった。
 彼は自分から積極的にリードする方ではないようだが、美咲が迷っている時にはそっと助言を出して、導いてくれる。
 食事もガツガツ食べるようなことはなく、上品な物腰で、美咲を立てて、エスコートしてくれて。
 微笑みを向けてくれる。
 美咲の他愛もない話を、微笑みながら、頷いて聞いてくれているのに。
 彼も楽しんでいるように見えるけれど、だけれどやっぱりなんだか、距離を感じてしまう。
 食事を食べて、ゴンドラに乗って、景色を楽しんだり、散歩したり。
 それから美味しい紅茶が飲める喫茶店で、お茶にして。
 美咲がチェックしていた場所、全てを回った後。
 二人ははばたき広場に戻ってきていた。
「この塔のてっぺんからだと、ヴァイシャリーの街が見渡せそうですから。一気に登りますよー」
 展望台に続く階段を上ろうと、美咲はファビオを誘う。
 ヴァルキリーの彼が見てきた景色を、同じ目線で確認したくて。少しでも。
 どこか遠くではなく、同じものを見て、感じ取ってみたいから。
「この街なら、飽きるほどに見た」
 そう言ったかと思うと、ファビオは美咲の体に手を伸ばし、後ろから抱き上げて空へと飛び立った。
「えっ……」
 最初は風の音がうるさいくらいに、高スピードで。それから徐々に速度を落として上へ上へと飛んでいく。
「あ……うわ……っ」
 美咲は感動の声を上げる。
 自分が空を飛んでいること、そしてシャンバラで最も風光明媚な土地として知られている、湖上の街ヴァイシャリーの全てが目に飛び込んできて。
 しっかりと男性に抱きしめられいることも、ちょっと浮かんだ『重くないかな?』という気持ちもすっとんで、素敵な街に見惚れていた。
「人がとても小さく見える。美味い料理を出してくれた店も」
 美咲の耳に、ファビオの声が入ってくる。
「手を広げれば、街さえもつかめそうな気がしますね」
「だけれど、個人が出来ることはとても小さい。手を広げても……守りたいものを守るのは、難しいものだね。いつの時代も」
 塔より高く上がっていたファビオは、ゆっくりと高度を下げていき、美咲を塔の屋上へ下した。
「今日はありがとう。楽しかった」
 美咲から離れて向き合った彼は、太陽の光を背に微笑んでいた。
「私も楽しかったです。あの……チョコレート、甘さは控えめに作ってあります。食べてくださいね」
「うん。キミの笑顔を思い浮かべながら、いただくよ」
 そう言って、ファビオは美咲から離れて「それじゃ、また」と言葉を残して背を向けた。
「また、遊びましょう!」
 美咲は大きな声を、彼の背に投げかけた。
 ファビオは返事の代わりに、片手を空へと振り上げた。