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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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【カナン再生記】 砂蝕の大地に挑む勇者たち (第2回/全3回)

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「出やがったな」
 ジバルラの言葉で判明した、あれが探し求めていた『産期を迎えた竜』であると。先ほどの竜よりも一回り小さいようにも思えるが、雄叫ぶ様は正に怒り狂う竜そのものだった―――って、あれ?
「あの竜…… どうして既に怒っているんでしょう?」
 の問いにジバルラは何でもない事のように応える。
「そりゃあオマエ、ガキに手ぇ出されりゃ親ならキレて当然だろ」
「ガキ……って、え? あれ、竜の子供ですか?」
 砂山から飛び出したポッチャリ体型な生き物。あれが竜の子供……? どう見たって肥大化したコアラか、まるまる太ったペンギンにしか見えない。
「安心しろ。生まれたてとは言っても、あんな姿をしてるのはあの種類だけだ」
 砂の中にすっぽりと身を隠し、砂の中で卵を産んで砂の中で一定期間子育てをする。親竜の翼がその巨体に比べて小さめに見えるのは砂の中での行動に適応した『種の進化』なのかもしれない。龍鱗を含め、肌が土色をしているのも同じ理由なのだろう。
「さぁて、始めるか」
 鞭を手に歩み始めたジバルラの前に立ったのはモニカ・レントン(もにか・れんとん)だったが、彼女の顔はどこか曇っていた。
「退け」
「イヤですわ」
「せめて出産が終わるまで待ってくれ。確かそう言ったなぁ」
「それは……」
 『親としての愛を持つ竜こそジバルラ様の相棒にふさわしいと思いますわ、でも産気づいた母親を無理に動かすとおなかの中の子供に支障がでるでしょうから』と道中、モニカは彼に訴えた。せめて出産が終わるまで待ってほしいと。しかし。
「出産を終えてからなら、と私も思っていました。ですが、生まれた子はまだあんなに小さいですし、それに―――」
「んな事言ってる場合か?」
 ジバルラが彼女の背後を顎でさした。
「来てるぞ」
「えっ?」
 地を這うように姿勢を低く、手を遠くに置いては引き寄せるようにして。そのまま歩み駆けるだけで轢かれ圧っされてしまうような、親竜のそんな歩み迫りを止めたのは、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)だった。
「『止まって!』」
 その言葉にモニカは圧された。『龍の咆哮』、力強く発せられたそれはもはや龍の雄叫びにも似ていた。龍との簡単な意志の疎通を可能にする魔法だが、玲奈はそこに自身で研究した竜語の成果を織り込んで竜にぶつけていた。
 それが功を奏したのか、竜の突進は一行の目の前で突然に止んだ。
「『子供には手出ししない! そんなつもりで来たんじゃないの!』」
 武器を捨てて両手を広げる。無限 大吾(むげん・だいご)を始め、その場の誰もが彼女を模してみせた。そうして微動だにしない中をオデブな子供たちが親竜の元へと歩み寄る。
「可能なら、補足してくれないか」
 親竜に向きながら大吾玲奈に言った。ドラゴンだって人間が話す言葉はある程度は理解できるはずだ、しかしより有効に伝えられるのなら。
「いきなりですまない! 俺の話を聞いてくれ!」
 警戒は解かれていない、当然だ。それでも竜の瞳に真っ直ぐに言った。
「この国は今、一人の男によって大変な状態になっている。このままじゃ全てが砂に埋まってしまう。人間だけじゃなく全ての生き物たちが…… その子供たちだって穏やかに生きてゆく事が難しくなるかもしれないんだ」
 俺は部外者だし、この国のこんな姿に変えたのも人間だ。それなのに竜の力を借りようなんて滑稽に映るかもしれない。それでも……。
「でも今のカナンを…… 人が、動物が、花や草木がそして大地が悲鳴を上げている姿をただ見ているなんて出来ないんだ! だから頼む! 俺たちに力を貸してくれ!」
 思いは伝わると信じて。大吾は地に伏して頭を下げた。どうにかしてこの国を、そしてみんなの命を救いたいとう想いの一つを心に込めて。
「『この国の異変には気付いていました』」
 返事が聞こえた。竜の言葉、それも人間の言葉で話していた。驚き、顔をあげた大吾に親竜は続けた。
「『大地を守るために立つべきなのかもしれないという事も分かりました。しかし私には出来ません』」
「どうして……」
「『この子たちを産むのに多くの力を失いました。回復するにはまだ時間がかかるでしょう。とても力になれるとは思えません』」
 大地を蹂躙するだけの力を持った相手と戦うにはそれなりの力が必要になる。静かな口調には冷静な分析が込められているようだった。
「『それに私にはこの子たちがいます』」
 こちらももう少し時間が必要だ、とそう言っているのだろう。なにより、優しい瞳で我が子を見つめる様を見せられては。これ以上に誘い立てするわけにもいかないだろう。
「行かせませんよ」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)が言い放った。誰もが竜の言葉を受け入れようとする中、ジバルラだけは一歩を歩み出していた、その手には、例の鞭が握られていた。
「聞こえなかったのですか? 私の言葉も…… 竜の言葉も」
「俺の耳はまだ腐ってねぇよ」
「でしたら、分かってますよね」
「あぁ。だが、それがどうした」
 背後から『トライアンフ』を彼の右頬に突きつけた。彼は今にも歩みだしそうに見えて、小次郎は剣を突きつけながらに彼の正面へと回り込んだ。
 歩み寄るほどに彼の顔が見えてきたが、大剣が放つ圧倒的な威圧感にも彼は少しも動じていないようだった。
「奴の言い分は分かった。が、だからって俺のすることは変わらねぇよ」
「力が戻っていないから満足に戦うことが
できないと、そう言ったのですよ」
「無くしたわけじゃない、なら叩き起こすだけの事だろうが」
「子供は! 彼女にはこんなにたくさんの子供たちが居るんですよ」
「一緒に戦うんなら連れていく。嫌だってんならここに置いてくまでだ。ネルガルを殺るまでの間なんだ、離れるったって別に―――」
 パンっ!
 殺気の無い冷たい平手。小次郎のそれを、ジバルラは手の甲で受け弾いた。
 追撃などない、ただただ冷たい目がジバルラを直視していた。
「独りよがりにも程があります」
 自分一人ではどうにもできない事は彼にも分かっているのでしょう、それでも自分が果たすと決めた目的のために手段を選ばずに突き進んでいる。一見して信念ある行動にも見えますが、想いを、命を蔑ろにするような道を選ぶ事だけは見逃すわけにはいかなかった。
「親も子も、無理に戦わせるにはあまりにも危険な状態です、それは。あなたにだって分かっているはずです」
「………………」
「それでもどうしてもと言うのであれば、。殺し合いになろうとも、ここであなたを止めてみせます」
 小次郎は大剣を体前に構えてみせた。
「命を守るための戦いをする者が、命を犠牲にするような手法を取るべきではありません」
 ジバルラは眉の一つも動かさない。
 2人の視線だけがぶつかり合う中、霜月大吾玲奈モニカ小次郎の傍らに並び立った。
 時間がないのは自分たちも同じだ、しかしだからといって弱った竜やその子供たちを戦場に駆り出すなんて事は到底に許すわけにはいかない。
 そうしてジバルラの前に立ち塞がった。並ぶ武器の数々よりも確固たる想いが込められた瞳の色を嫌ったのだろうか、先に共に視線を落としたのはジバルラだった。
 見るからに重そうなため息を一つ吐いて、彼は背を向けた。そして歩き出す、竜たちからはどんどんどんどん離れて行く彼に「どちらへ?」と声をかけたのは本郷 翔(ほんごう・かける)だった。
「少し休まれてはいかがですか?」
「あん?」
 睨みつけたジバルラに対し、はティーカップを掲げながらに笑みで応えた。
「旅も長くなって参りました。急がれるお気持ちは重々承知していますが、疲労が蓄積すれば心身のパフォーマンスは間違いなく低下致します」
「ちっ」
 好きにしろ、そう言っているように聞こえた。は以前にも彼にティーを勧めた事がある、その時にもそれから何度かも、彼はジバルラや生徒たちに茶を振る舞っている。の頑固さも、また彼が提案すれば不思議と皆が賛同して集まるという事も身をもって体験している。このお茶会の流れはもう止められない、そう感じたのかもしれない。
 ジバルラは誰よりも竜から離れた砂上にドカッと背を向けて腰を下ろした。彼に再びティーカップが差し出されるのは皆に振る舞った最後になるのだが、ここでも彼はカップを受け取らなかった。
 は『博識』を用いて竜の子供が好みそうな茶菓子の選別を始めた。ティーを口に運び、会話を弾ませる。竜の子供とジャレあうビビの姿がまた皆の頬を緩ませた。
 ジバルラはといえば相変わらずに背を向けたまま微動だにしていない。それでも彼の背後に置かれたカップからは先程まで沸く湯気が立ち上っていたのだが、時と共に気と共に、次第に細く弱く薄くなってゆくのであった。