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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



2


 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)がしている恰好を見て、
「ずいぶんとめかしこんでいるじゃないか、シャル?」
 呂布 奉先(りょふ・ほうせん)はからかうように言って笑った。
 いつもの、知的っぽさが際立つようなぱりっとした恰好ではなく、ふんわりとした女の子らしい恰好をしていたから。
「へ、変……ですか?」
 しかも、自信なさげに問いかけてくる。
「そんなことないぜ。とても似合ってる、可愛いよ」
 そう、可愛い。
 ――子猫ちゃんに対する気持ちが恋愛感情だってことに気付いたからかな?
 前よりも、ずっと。
「その恰好、気に入ってもらえるといいな」
「えっ、なんで、」
「子猫ちゃんとデートなんだろ?」
 こくん、と頬を赤くしながら頷いたシャーロットに微笑みかける。
「いってらっしゃい、気を付けて」
「頑張って、シャル」
 今日一日が、シャーロットにとって幸せなものになりますようにと、霧雪 六花(きりゆき・りっか)と二人で見送る。


 シェリル・マジェスティック(しぇりる・まじぇすてぃっく)は、この日奉先や六花と違って家に居なかった。
 けれど、偶然にも待ち合わせ場所に向かうシャーロットを見掛け、
「シャル」
 声をかけて呼び止めた。
「シェリル。お仕事ですか?」
「うん。でもその前に、シャルとお話がしたくて」
 にこり、微笑む。
「今日の恰好、可愛いね。シャル、すっごく女の子らしいよ」
「それじゃ、今までが女の子らしくないみたいじゃないですか」
「うん。だって、今まであまり気にしてなかったでしょ」
 探偵服に身を包んでいるシャーロットも可愛いといえば可愛いけれど、女の子らしいかと問われると首を捻ってしまう。
「ねえ、シャル。シャルに解き明かせない謎があらわれたら、私がカードで進むべき道を示すわ」
「解き明かせない謎、ですか?」
「そう。ピンと来ないかもね。シャルは優秀な探偵さんだもの。
 でもね。一人の少女として、シャルが迷った時。それが私の出番だよ」
 ――覚えておいてね。
 そう微笑んだら、手を振った。
「いってらっしゃい、気を付けて。
 今日は彼女と待ち合わせなんでしょう? 呼び止めた私が言うのもなんだけど、遅刻しないでね」


 パートナーたちに見送られ、待ち合わせ場所に着いたシャーロットは深く息を吐いた。それからめいっぱい、吸い込む。
 何度か繰り返し、気持ちが昂り過ぎないように努める。
 ――この恰好、気に入ってくれると嬉しいですね。
 奉先に言われた。『ずいぶんとめかしこんで』。
 シェリルに言われた。『今日の恰好、可愛いね』。
 言葉を思い出しながら、自分の恰好をガラス張りのショーウインドウに映し見る。
 黒い長袖ハイネック。白いボレロ。チョコレート色のスカート。首元にはスカートと同じ色のリボン。
 落ち着いた感じの服装であることは、いつもと同じ。
 だけど、想いは違う。
 この恰好を見てもらいたい。
 可愛いと言ってもらいたい。
 チョコレートを受け取ってもらいたい。
 友達ではなく、それ以上に――それ以上の相手として、見られたい。
 六花に言われた。『頑張って、シャル』。
 ――頑張りますよ。ええ。
 ――まずはどこに向かいましょうか。
 ――ヴァイシャリーに、有名な人形工房がありましたね。バレンタインフェアなんかもやっているのでしょうか。
 ――向かってみましょう。お揃いの人形を買うのも、良いかもしれませんし。
 ――ああ、急な任務が入りませんように、神様。
 指を絡めて目を閉じて、祈るようにしていると。
「まったく、寒そうな恰好で待ってるんじゃないわよ」
 聞き慣れた声。
 後ろから、肩を抱くようにコートの中に招き入れられた時に嗅いだ、彼女の甘い香り。
「……ふふ、こうして暖めてくれるなら、寒いのもそんなに悪くはないですよ」
 顔が赤くなるのを隠しもしないで、シャーロットは微笑んだ。
 この温もりを長く感じていたいと、さきほどよりも強く空に願いながら。


*...***...*


 2月14日、バレンタインデー。
 天海 北斗(あまみ・ほくと)が片想い相手にチョコを渡そうと、この日のために頑張っていたことを、天海 護(あまみ・まもる)は誰よりもよく知っている。
 機晶姫であり飲食ができず、人間の味覚を持たない北斗が護に師事を願い、精一杯、一生懸命チョコ作りを頑張っていた。
 だからこそ、台所の隅っこで小さくなってのの字を書いて落ち込む北斗を見ていられなかった。
「どうしたの?」
「……約束。取り付けるの忘れてた」
 相手は忙しい軍人さん。
 今日突然、会いたいと言っても無理なことは目に見えていた。
 渡すタイミングを逃したチョコは、行く先がない。
 練習用で作っていた大量のチョコも、もちろんのこと。
「美味しくできたんだけど、なぁ……」
 誰にも渡すことができずに、ただゴミとなるだけ?
 忘却の彼方に捨て去るだけ?
 ……そんなのって。
 護は北斗の肩にそっと手を添えた。
「ね、北斗。外行かない?」
「……外?」
「そう。ここ数日、チョコ作りに熱中しすぎなくらいに没頭していたでしょ? だから、気分転換も兼ねてさ。散歩しようよ」
 そして、優しく提案した。
 街に出て、新鮮な空気を吸えば北斗の気も少しは楽になるかもしれない。
 ――そうだ。
「それにさ、きっと街には北斗のように、チョコを渡しそびれた人や、チョコを貰えなかった人もそれなりに居るだろうし……ね、そういう人にチョコを渡したりしない?」
 気持ちを込めて作ったのは、本当だから。
 誰か一人でも、幸せな気持ちになってほしい。
「あー……、なるほどね」
 北斗は今までの沈んだ空気を少し払って、深く頷いた。
「捨てるのは勿体ないし……オレと似たような心境の奴らもきっと居るはずだもんな。
 渡せなかった人も、貰えなかった人も、オレたちが作ったチョコでほんの少しでも幸せになってくれたらいいな」
 護が思っていたことと似たような気持ちを持っていた北斗が、そう言って立ち上がる。
「よっしゃ! 行こうぜ兄貴!」
 そして率先して行くように護の先に歩いて行ったから、この子は強いなと、心から思うのだった。


 とはいえ、悲しい気持ちも強かった。
 ――チョコ作りに熱中していたとはいえ……肝心の連絡を忘れるなんてなぁ……。
 明るく振る舞っていても、心の中には澱のようにその思いが残っていた。
 うっかりした。やってはいけない類のうっかりだった。
 それでも、兄の気持ちまで暗くすることはないし。
 誰かが幸せな気持ちになってくれるなら、それもまあ、いいかと思って。
 人気の多い街角に立ち、
「チョコどうぞ」
「味は兄貴が保証するぜっ」
 肩を落とした残念そうな人達にチョコを手渡した。
 本当に渡したかったハート型のチョコは、未練がましくも鞄の中にしまったまま。
 ――これも、渡した方がいいのかな。
 ――いいのかもな。今日渡せないんじゃ、意味ないし。
 だけど渡すタイミングを掴めないまま、練習用のチョコを配り切ったあたりで。
「それってオレも貰えるのか?」
 聞き覚えのある声。
 まさか。いや、でも。
 振り返り、相手を見て。
「……今まで配ってたのと違うけど、いいか?」
 バレンタインに巡り会わせてくれた神様に感謝して。
 練習用じゃないそれを、渡したかった相手に渡した。 


*...***...*


 皆川 陽(みなかわ・よう)は考える。
 ぐるぐるぐるぐる、考える。
 考える内容はひとつだけ。
 あの、クリスマスにテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)から受けたプロポーズのこと。
 ――ボクは本当に好かれているの?
 ――ボクは本当に好きになってもらえたの?
 そうだと言うなら、教えてくれないか。
 どこが好きなのか、どう好きなのか。
 孤独で不安な自分の事を、救ってくれるのか。
 ――こんな気持ちを、理解してくれるの?
 ――理解して、もらえるの?
 プロポーズの返事を考えると、息が苦しくなった。
 喜びよりも、不安が多くて。
 だって、わかってしまったんだ。
 テディの気持ちが、恋だの愛だのとは違うところにあることに。
 気付いてしまったんだ。
「ヨメ? どーしたの」
 テディの声にはっとした。
 そうだ、今はお出かけ中。『デートしてくれ!』とテディに言われて連れてこられた先だった。考えすぎて忘れていた。
「クリスマスの日の返事……考えてくれた?」
 上目遣いにテディが問い掛けてくる。
 陽は、答えない。答えられない。
「……ヨメ?」
「……本当に、好きなの?」
「え、」
「本当に、ボクのことが、好きなの?」
「もちろん」
 即答だった。
 即答だったけど。
「……ボクの名前も呼んでくれないのに?」
 気になっていたことを、ぽそりと口にした。
「……僕は、ヨメに。陽に。我が主に――永遠の愛と忠誠を、誓ったよ?」
 ――それは、何?
 ――凄いことなの?
 ――ゴメンねテディ、ボクよくわからないや。
 それよりも欲しい言葉は、してほしい行動は、違くて。
 陽の心とは噛み合ってくれなくて。
 ……だからこんなにも、響かないんだ。
 悲しさだけが募るんだ。
「誓ったんだよ?」
 いっそ気付かなければ幸せだったのかもしれない。
 愚かだけど。
 それはとても愚かだけど。
 でも、今、これより苦しくはなかったかもしれない。
 気付いてしまったから、かもしれないなんて考えるだけ無駄だけど。
 それでもぐるぐる、考えてしまう。
 答えない陽に焦れたのか、テディが陽の手を取った。びく、と肩が跳ねる。
「お願いだよ。僕のものになってよ」
「……、」
「僕だけのものになってよ。僕は陽が欲しいんだよ。ね? お願いだよ――」
「やめてよ!」
「っ、」
 思わず叫んでいた。テディが息を飲んだのがわかる。
「本当はボクのことなんか好きでもなんでもないくせに!」
 本当は、本当は。
「契約して、肉体を与えてくれる人ならだれでも良かったんでしょ……?」
 気付いてしまった、辛い真実。
 テディは大昔に亡くなった人で。
 どんなに孤独で、どんなにひとりで生きているように思える人間でも誰しもが持っている、血縁や地縁と――『世界』と切り離されてしまった人間で。
 そんな彼が、『世界』と繋がっているのは、陽との契約しかない。
 ――だから、ボクに執着していたんだよね。
「ボクじゃなくても、良かったんだよね……そうでしょ? ……そうに決まってるんだ!」
 頷かないでほしい。
 頷いてほしい。
 なぜか、そんな相反する気持ちがぶつかった。
 何で、という目でテディが見ている。その目に突き動かされるように、言葉を続けた。
「だって、ボクは、いつも一人だ! いつも淋しい!
 ボクは……ボクをボクとしてちゃんと見てくれる人が、欲しい。……抱き締めてくれる手が欲しい。……ボクを必要としてくれる人が欲しい……」
 そして、テディはそれに当てはまらない。
 ……何一つ。
 悲しそうな目を、されている。
「僕じゃ、駄目なの……?」
 潤み、掠れた声で問われた。
 黙って頷く。
 少なくとも、今現在のテディがその相手になることはない。
 ――だから、期待させないで。
 ――テディはボクのこと、ホントは好きじゃないんだから。
 涙がぼろぼろ零れるのはどうしてだろう。
 利用、されたからだろうか。
 それとも、気持ちが本物じゃなかったからだろうか。
 わからないけれど。
 泣きながら、どうにも落ち着かない考えを落ち着けようと、この涙の原因を知ろうと、考え続けた。
 答えは、出なかった。