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第27章 息抜き

「ん? 街がやけに浮ついてるね」
 大感謝祭が行われている通りに目を向けて、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)は怪訝そうに首を傾げた。
「ホワイトデー大感謝祭が行われているようだからね」
 隣を歩くルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が簡単に説明をする。
 通りには若者達のカップルの姿が多くみられる。
 道端には露店が立ち並び、バレンタインの時ほどではないが、木々や壁は飾り付けられており、見世物を行っている者達もいた。
「ホワイトデー? ああ、日本とかは、バレンタインの一カ月後にそういう日を設けてるんだっけ」
「……」
「ああ、ルドルフさんの答えは知ってるからいいよ」
 バレンタインにも、ヴィナはこうしてルドルフを誘って空京を訪れていた。
 その時に手作りのチョコレートをあげたのだけれど。既に告白に対しての答えはルドルフからもらっているから……。
「無理にそういうこと言う必要ないし、お返しが欲しくてあげたりもしてないしね」
 ホワイトデーのお返しや、良い返事を期待してはいなかった。
「さて、公園にもカップルが多いのかな」
 ヴィナは公園の方を指差した。そちらの方には、今の時間はさほど人の姿はないようだった。
 大感謝祭が行われている通りを横切って、2人は広い公園へと向かっていく。

 大きな池のある公園で、ベンチに腰かけてゆっくり時を過ごすことにする。
「花が綺麗だね。薔薇学で育てている花も美しいけれど、この花は際立って美しい」
 ルドルフが目を留めたのは、寒緋桜の木。それから、雪柳だった。
 両方、バラ科の花だ。
「人は見られることで美しくなるというけれど、花達もそうなのかもしれないね」
「そうだね」
 花々をのんびり眺めているルドルフに、ヴィナは穏やかな顔を向けた。
 彼の傍で、多くは語らずに温かな陽射しと、美しい花々と香りを浴びていく。
「……いいよとは言われたけれど」
 しばらくして、ルドルフは袋を一つ取り出した。
「皆へのお返しと一緒だけれど、よかったら貰ってくれないか?」
 差し出されたラッピングされた袋を、ヴィナは微笑みを浮かべて両手で受け取った。
「ありがとう。すごく嬉しい」
 彼の素直な喜びに、ルドルフが軽く戸惑いのような反応を見せる。
「……罪悪感のようなものを、感じてるのかな? 俺はね、ルドルフさんにこうして欲しいとかこうされたいっていう欲求はないんだよね」
 そう、ヴィナはルドルフに語り始める。
「ルドルフさんに、この前や今日みたいに息抜きしてほしい、とか、そういうのはあるんだけどね」
 穏やかにルドルフを見つめるヴィナのことを、ルドルフもまっすぐに見つめていた。
「求めるより与える感じかな。だから、他の皆と一緒でも、ルドルフさんが俺のこと、単なる一般学生としてしか見てなくても、俺は満たされているよ」
「一般、というわけではなく……友だと思っている」
「俺は、ルドルフさんを、目上だと思ってるよ。でも……」
 一旦言葉を切って、ヴィナは笑みを浮かべる。
「精神的な意味で頼りにしてもらえる対等な意味の友人なら、分不相応だけし、競争率も高そうだけど、立候補したいかな」
「友達に人数制限はないからね。歓迎するよ。……伴侶とは違って」
「うん」
 ニュアンスで、ルドルフの思いが伝わってくる。
 ヴィナが既婚者である以上、恋愛的に愛することはないというルドルフの気持ちに変わりはないようだけれど、友人としてヴィナに信頼感情を持っていることは、よくわかる。
 だからこそ、葛藤もあるのだろうと。
「それじゃ友人として、今度はルドルフさんから誘って。何も求めたりはしないけれど、あなたと話す時間が、何よりもの贈り物だから」
 そんなヴィナの言葉に、軽く笑みを浮かべてルドルフは首を縦に振った。