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第35章 結婚指輪

 如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、手を繋いで、ヴァイシャリーの街を歩いていた。
「こっちの裏路地にある、宝石店だよ。ちょっと入り組んだところにあるから、絶対離れないでね」
「はい、離しません〜」
 日奈々はより強く、千百合の手を握りしめた。
 向かっている宝石店は、千百合がオーダーメイドで指輪を作った店だ。
 その指輪は今は、日奈々の指に嵌められている。
 ひと月前に、千百合は日奈々に指輪を贈り、プロポーズをしたのだ。
 もちろん、日奈々の答えはイエスだった。
 それから、挙式のことを考えたり、必要なものについて考えたり。
 特に気になったのは、これからずっと2人の指を飾ることになる、結婚指輪。
 日奈々は千百合がプレゼントしてくれた指輪と同じ指輪も良いかと考え、千百合にどこで購入したのか尋ねてみたのだ。
 その指輪が千百合がデザインしたオーダーメイドの指輪だと知って、ますます嬉しくなって。
 その店に行ってみたいと思った。
 千百合が注文をした際の図面等が残ってるかもしれないから。
 残って無くても……その店なら日奈々が嵌めている指輪とペアの指輪を作ってもらえるだろうから。
「到着。こんにちは〜」
 千百合が古風な建物のドアを開いた。
「ここ、ですかぁ〜。確かに……ちょっと、わかりづらいところに……あるんですねぇ……」
 口頭での説明じゃ、たどり着けなかったかもしれない。
 手を握りしめながら、千百合が一緒で本当に良かったと日奈々は思う。
「でも……こういうお店も、趣があって……いいかも……」
「結構いい雰囲気でしょ。あたしが見つけた時もこの雰囲気にひかれたんだ〜」
 千百合の言葉に、うんと日奈々は首を縦に振った。
「いらっしゃいませ」
「あ、前はお世話になりました〜」
 店主の壮年男性に、日奈々の手を引っ張って千百合は近づいた。
「今日は素敵な方をお連れですね」
「うん、この娘があたしの嫁だよ〜」
そんな……嫁って……
 日奈々はごにょごにょと言いながら、照れて赤くなっていく。
「ふふ、可愛いでしょ〜」
「ええ、お聞きしていた通り、とても可愛らしい方ですね」
 千百合の明るい声と、店主の落ち着いた声が響いてくる。
 日奈々は顔を赤く染めたまま、左手を店主へと向ける。
「あっ、初めまして、ですぅ〜」
 まずは、頭をぺこりと下げた後、本題に入る。
「えっと……千百合ちゃんが……頼んだ、この指輪の……図面なんですけど……残ってませんでしょうか……?」
「ええ、保管してあります」
 店主は名前や注文日を確認後、事務所の方へと向かっていき、すぐに1冊のファイルを持って戻って来た。
「こちらですね」
「うん、これで間違いないよ」
 千百合がそう言うと、日奈々は自分の指を、そのデザイン画の上に乗せて。
「このデザイン画で、もう一つ指輪を――千百合ちゃんの、指輪を……作ってほしいんですけれど……お願い、できますかぁ……?」
「ペアリングですか」
「うん、あたしの結婚指輪を頼みたいんだ。前と同じオーダーメイドでね。頼めるかな?」
 日奈々、千百合のお願いに、店主はもちろんというように、大きく頷いた。
「お任せください。よろしければ、互いのリングに、名前も彫らせていただきたいのですが」
「うん、お願い」
「お願いしますぅ」
 言った後、千百合と日奈々は顔を合わせて微笑み合った。

 貰った指輪はずっとしていたいから、預けることはしなかった。
 だけれど、この店なら。
 千百合が想いを込めて作ったデザイン画も残るこの店ならば、素敵な結婚指輪を作ってくれるだろうと確信して、2人は帰路につくことにした。
 帰りも勿論、手を繋いで。
「式はどうしようか、ケーキ入刀とか、指輪の交換とか……やっぱりやりたいかな」
「やりたい、ですぅ……」
 でも、千百合とこうして一緒にいれることが一番大切だから。
 誓いの言葉と、誓いのキスにも夢見ているけれど。
 指輪を作ったり、準備をしたり。
 こんな風に過ごす毎日がもう、特別な記念日のようだと。
 そう感じながら、互いの手を大切ににぎって歩いていく――。