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第3章 お菓子をあなたに

 早朝の空京の公園には、人の姿はあまりない。
 だけれど、久途 侘助(くず・わびすけ)は今はまだ、一人だった。
「……ちょっと早くきすぎたかな」
 周りを見回しながら、侘助は大きく息をつく。
 何時もより心臓の音が大きくて早いことがわかる。
 どきどき。そしてわくわくしている。悪くない気分だった。
 吐く息はまだ白くて。
 どこまでも空気は澄んでいて。
 これも悪くはないと思う。
 ただ、こんな中でずっと待っていたと知られたら。
 待ち人に、風邪を引くのではないかと心配されてしまうだろうけれど。
 それでも、今日という日が待ちきれなくて、楽しみで、侘助は早く来てしまったのだ。
「お待たせ! 早かったな」
 数十分後に、待ち人――ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)の軽快な声が響いてきた。
「少し早く着きすぎたみたいだ。少しだけだけどな」
 本当は1時間以上待ったのだけれど、侘助はそう微笑んだ。
「おはよー」
「おはようございます」
 ソーマの他に、清泉 北都(いずみ・ほくと)クナイ・アヤシ(くない・あやし)の姿もあった。
「おはよう」
 そう挨拶を返した侘助に、ソーマは持ってきた箱を差し出した。
「どーぞ」
「えへへ……」
 顔を緩ませながら、侘助は差し出された箱を受け取る。
 バレンタインには何とか作ったハート型のチョコレートをソーマに渡せていた。
 だからちょっとだけ、お返しの期待はしていた。
「ん?」
 箱を開けてみると、中にはケーキが入っていた。変わった匂いがする。
「もしかして、これソーマの手作りか?」
「お前の為に作ったんだ。よく味わって食えよ」
 ソーマの説明によると、ブランデーの代わりに、日本酒を使って作った『酒ケーキ』らしい。
(酒以外にも……薔薇の香りがする? 絆、もっと深まるかな)
 そう思いながら、侘助はケーキを一切れ、手に取った。
「なんか、食べるのがもったいないな……けど、いただきます」
 そのケーキは、しっとりしていてふわふわで、すごく美味しかった。
 素直に美味しいとソーマに笑みを向けると、ソーマも微笑んで頷いた、けれど。
 どこかしら、彼の表情に侘助は違和感を感じていた。
「ちょっと飲み物買ってくるか。侘助、お前も来い」
「え? あ、うん」
 ちらりと北都達を見たソーマが、侘助を誘う。
 侘助は大切に蓋を閉めた後。箱を抱えたまま、ソーマと一緒に売店の方へ向かう。

(気を利かせてくれたのかな……。とにかく、今がチャンス!)
 ベンチに座っていた北都は心の中で強く頷いて、意を決する。
 北都もソーマと一緒に、お菓子を作ってきた。
 絆が深まるというお菓子をベースに作った、特別な品。
 胡麻とラムレーズンたっぷりのブラウニーズだ。
 バレンタインの時に彼――クナイにチョコをあげたのも北都の方だけれど、彼は味音痴だから、今回も自分の方からあげることにした。
「これ、どうぞ」
 北都はラッピングした箱を取り出して、隣に座るクナイへと差し出した。
「いただきます」
 クナイは軽く笑みを浮かべて、箱を受け取った。
 開けてみようかと思ったけれど、それよりも先に。
「目を瞑って」
 という、北都の声が響いた。
 彼の顔は、うっすらと赤い。
(もしかして北都からキス?)
 期待しながら、クナイは目を閉じた。
 そして、待っていると……。
 北都が触れてきたのは、唇ではなくて。
 腰、だった。
「……北都?」
 不思議に思って、目を開けて目線を下げると……自分に抱きついている北都の姿が目に飛び込んだ。
「キスして下さるのかと思ったのですが」
 素直に思ったことを言うと。
「今年の目標は『ぎゅっとする』なんだよ。文句ある?」
 北都からは怒ったような口調で、そんな言葉が返ってきて。
 顔を上げて、彼はクナイを上目遣いで睨んだ。
 その顔はすごく真っ赤に染まっていて、とても可愛らしい。
 クナイの心に愛しさがこみあげてくる。
「目標ですか。キスは来年、ですかね」
 そう苦笑をすると、北都は更に赤くなって……それを隠すかのように、またぎゅっとクナイに抱きついた。
(ソーマ達が戻ってくるまでは、こうしてるんだ)
 心に決めて、緊張で震えないよう体に力を込めてクナイを抱きしめる。
「ありがたく受け取らせてもらいますよ」
 お菓子、そして北都の気持ちを、クナイは心と体で受け取っていく。
 強く抱きしめ返して、気づかれないようそっと髪にキスをした。

「ソーマ、何考えてるんだ?」
 歩きながら、侘助はソーマに心配気な目を向けた。
 彼の目がなんだか遠くを見ている気がして。
 隣にいるのに、心はここには無い気がして……。
 ソーマには、失った大切な人がいるから。
 嫉妬、とは違う。
 こうして好きな人と一緒にいることが幸せで、幸せすぎて。
 侘助はとても切なくなっていた。
「どうした? 俺が考えてるのはお前のことだ」
「そう? ……それなら嬉しい。ケーキ本当にすごく美味しかった。ありがとな」
 言って、侘助はにっこり笑顔を浮かべた。
「ソーマ、愛してるぞ」
 そう続けると、ソーマの手が侘助の頭に伸びてきた。
 軽く引き寄せ彼の耳に口を近づけて、ソーマは囁く。
「俺がお前を酔わせたから、今夜は俺がお前に酔う番だな」
 途端、侘助は耳まで真っ赤になる。
「あ……え、と。あの……うん」
 ソーマの顔を直視することはできなくて。
 赤くなったまま、侘助は俯き……頷いた。
 楽しみにしている、と。
 ソーマの指が、侘助の首筋に触れた。
「ソ……ーマ……」
 侘助は眩暈がするほどの、酔いを感じていた――。