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第41章 未来の事は分からないから

「いらっしゃい! ミーナおねぇちゃんと、葉月おにぃちゃんが来るって聞いてたから、今日はご馳走頼んだんだよ!」
 ヴァイシャリー家の別荘の玄関で、レイル・ヴァイシャリー菅野 葉月(すがの・はづき)ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)を笑顔で迎え入れた。
「こんにちはー。元気そうだね」
「うん!」
 ミーナの言葉に、レイルは元気に返事をする。
「毎日どんなことをして過ごしてるのかな?」
 食堂に向かって歩きながら、葉月がレイルに問いかける。
「最近はね、社会の勉強をしてるんだよ。昔のこととか、どこにどんな街があるとか。あのね、ツァンダはあっちの方で、キマクはあっちの方にあるんだよ」
 北西と、北の方をレイルは指差した。
「魔法の勉強もちゃんとしてるよー」
 レイルの声は弾んでおり、彼は毎日楽しく過ごしているようにも見えた。
 だけれど、この家にはレイルの他に誰も子供はいない。
 そして……。戦争のことも、彼は良く知らないようだった。
 ヴァイシャリーが危険な状況にある時には、ヴァイシャリーから離れ、より安全な場所で生活を送っているようだ。
(ヴァイシャリー家の家督継承権を持つという立場は、大きな枷ではありますが、その枷も、物ともしないような人物になってほしいものです)
 葉月は優しくレイルを見ながら、彼の案内で食堂へと入っていく。
 シャンバラは今――というよりも、ずっと大変な状況ではあるが、久しぶりに会ったのだし、彼はまだ幼いことから湿っぽい話にならないよう注意しながら、日常生活の話をしていく。
 ツァンダで流行りの遊びのこととか、地球の日本ではホワイトデーの時期だということとか。
「ヴァイシャリー家では、百合園の皆や、離宮で頑張った人達が集まってパーティを開くんだって。今回は突然だったから、行けないけど、次は参加しよ? きっと楽しく過ごせると思うよ!」
 ミーナの言葉に、レイルは喜びと戸惑いが入り混じった顔を見せた。
 離宮のことは、レイルにとって怖い思い出だから……。
「アレナさんがお戻りになられたことは、知っていますか?」
 葉月が言うと、レイルは目を見開いた。
「ほ、ホント? 地上に!?」
「うん、戻って来たんだよ。皆で迎えに行ったの」
 ミーナが笑顔で答えた。
「離宮は誰が封印してるの?」
「……人が封印する必要はなくなったのです」
 葉月がそう言い、ミーナは頷いた。
 幼い彼に全てを話すことは出来ないし、今はまだ説明する必要もないだろうと考え、説明はそれだけにとどめた。
「お姉さんの、ラズィーヤ・ヴァイシャリーさんが進めてくださったんですよ」
「そっか……。ボクも会って、お礼言わなきゃ。ちょっと怖いお姉ちゃんにも」
 怖いお姉ちゃんとは、優子の事を言っているようだった。
「そうですね」
「うん!」
 葉月とミーナは微笑んだ。
 レイルも安心したような笑みを浮かべていく。
「葉月おにぃちゃんは、こっち。ミーナおねぇちゃんはここに座ってね。ボクは真ん中!」
「こっちですね」
「ワタシはこっち〜? 了解っ」
 レイルの希望通りの位置に、葉月とミーナは腰かけた。
 テーブルの上にはまだ食器とナプキンしか並べられていない。
「料理楽しみー! 今日はレイル君とも一緒だから余計楽しみだよっ」
「うん、ボクも。葉月おにぃちゃんと、ミーナおねぇちゃんと一緒だから、いつもよりごはん楽しみなんだっ」
 そう言うレイルは、本当に楽しそうだった。
(良かった、レイル君楽しそう。これからも、こんな一時を過ごせればいいな。……未来のことは分からないから、楽しめる時にはめいっぱい楽しまないとね)
 メイド達により、テーブルの上に、次々に料理が並べられていく。
 焼きたてのパンに、スープ。豚肉のロースト、リゾットに、フルーツまで。
 目を輝かせていくレイルとミーナの様子を、葉月は微笑ましげに眺めていた。
 次に会えるのはいつかわからないが……こんな時を、また過ごしたいと思いながら。